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 その後、簡単な事情聴取のみで護衛によってジョスティーヌの元に連れてこられたクロエ。その傍らにはテオンもいた。

 母娘の対面は五年近くぶり。相変わらず眩く輝く母を前に、クロエは少し気まずそうに視線を逸らす。だが、ジョスティーヌはクロエが無事な姿を確認すると肩を震わせ、涙をこぼした。

 クロエはまさか泣かれるほど心配されていたことにいたく驚いた。

「クロエ……無事でよかった……」
「お母さん……どういうことか説明してくれる?」
「ええ。……テオン・フォンセカも一緒に座りなさい。あなたも当事者の一人になったから聞く権利があるわ」

 クロエとテオンはぎくしゃくしたまま、隣同士でソファに腰を下ろした。マルティンが優雅にカモミールティーを用意するのを横目に、ジョスティーヌは事の真相をぽつりぽつりと口にし出す。

「クロエ。あなたの父親は生きているの。神聖国の王弟に仕える側近の一人よ。そうね……どこから話したらいいか……まずは神聖国からかしら」

 ジョスティーヌはカップを手にとると、その香りを嗅ぎながら小さく息を吐いた。

「オラクルム王国に神聖力を持つ者が稀に誕生することは知っているかしら。その中でも強い力を持つ聖女は神聖国の中でも崇められる存在として長く強い権力を持っているの。
 奇跡の力を持つ聖女。その治癒の力が多くの民の病を癒すのだから、絶対的な存在として君臨するのは想像できるでしょう?」

 クロエとテオンが小さく頷いたのを確認し、ジョスティーヌは続ける。

「だけど、それは表向きの姿。実際は、聖女は神殿の奥深くに幽閉され、その血が奇跡の秘薬として神殿商売に使われているの。牢屋のような暗い地下に一生涯幽閉され、毎日のように血を抜かれる……。長生きをすることも叶わない、搾取され続ける聖女の実態を知る者は、かの国ではごくわずか」

 クロエは背筋がゾッとした。

「……聖者たちは私のことを聖女だと……」

 ジョスティーヌが頷く。

「クロエの父親は聖女を多く排出する家系なの。今代の聖女が見当たらないということであちらの国で捜索が始まって……とうとうあなたが開花前の聖女だろうということがわかって」

 ふぅっと息を吐いたジョスティーヌは、クロエの瞳をじっと見つめた。

「純潔でなければ聖女にはなれない。だからあなたが一日も早く処女じゃなくなってくれればと思ったんだけど……なかなか恋人もできないし、焦れてしまって。あんな風に言ってごめんね」
「そうだったんだ……それならそうと言ってくれれば良かったのに」
「言えない事情があったの。この一件にはクーデターも絡んでいたし」
「……クーデター?」

「神聖国からの使節団は保守派の一行よ。つまり、聖女推進派で、クロエを聖女として旗頭にし、実権を握るつもりでいたの。だけど、今回この国でクロエを誘拐し、拉致監禁容疑で捕まった。それと同時に、今頃あちらではクーデターが起こって無能な国王が強制譲位させられているはずよ」

 天を見上げるようにマダムは目をすがめた。

「長かったわ……王族と教会との癒着が招いた結果、あの国は汚職や暗殺がはびこっていたの。それに対抗するために貴族派が一丸となって戦い続け、長年不穏な空気が漂っていたわ。このままでは国自体の存続が危ぶまれるっていうことで、ずっとクーデターが計画されていたの」

 つまりね、とマダムジョスティーヌは微笑みながら首を傾げる。

「私は何年も前から、ずっとこの日のために準備してきたの。このサロンを作った目的がとうとう果たされたのよ」
「え? サロンがクーデターにどう関係あるの?」

 クロエが尋ねると、ジョスティーヌは柔らかく微笑んだ。

「私はね、未来視を持っているの。その人の瞳を見ると未来を切り取って視ることができる能力よ。あなたの父親の未来にクーデターに関わることが暗示されていた。だから二人で話し合いをして、私はこの国に移住してきたの」
「お父さんが……」
「ごめんね、クロエ。クーデターにこんなに長い時間が掛かるとは予想していなかったのよ……あなたの父親はね、私のお腹の中にいる子が巻き込まれないようにってこの国に送り出してくれたわ。それがあなたよ」

 クロエはきゅっと唇を結んだ。

「私はこの国に来て、クーデターを外から支援しようと思ったの。良くも悪くも私には未来視がある。だからこのサロンを作って、この国の上層部との繋がりを得ることに力を尽くしたわ。未来視を使って彼らの仕事を成功へ導く見返りに、クーデターに助力してもらえるように十数年をかけて取り付けていたってこと」
「そうだったんだ……」

 俯くクロエに、ジョスティーヌがためらいがちに声を掛ける。

「クロエ、ごめんね。未来視は内容を明かせない不文律があるから、なぜ処女を失って欲しいのか言えなくて。あなたを傷つけて悪かったわ。テオン・フォンセカをあなたのもとへ送ったこともごめんなさい」
「「……」」

 クロエはちらっとテオンの靴に目を落とした。

「自分で相手を選ばないし困り果てたところにテオンとあなたとの幸せな未来が見えるじゃない? だから神聖国から使節団と称して保守派が乗り込んで来る前に、聖女としての資格を失って欲しかったの」

「幸せな未来、ですか」
「そうよ、テオン・フォンセカ」

 にんまりとするジョスティーヌにテオンははぁっと小さくため息をついた。

「でも、……お母さんは私の純潔の対価にテオン様を愛人にしようとしていたんじゃないの?」
「なっ! 違う、クロエ! マダムとそんな約束はしていない!」

 テオンが慌ててクロエに取り繕う。

 あら、と言うと、ジョスティーヌは大輪の薔薇が咲くように美しく微笑んだ。

「クロエ、そもそもテオンは私を選ばないし、私もテオンを選ばないわ。それに、私こう見えてもあなたの父親にしか体を捧げたことがないのよ?」
「え? サロンにくる偉い人たちはお母さんの愛人なんじゃなかったの?」
「あら、そんな風に思ってたの? 彼らは私の未来視を知る人たちであり、神聖国のクーデターを長年にわたって支援してくれた人達よ」

「……そうだったんだ。私、何も知らなかったんだね」

 ジョスティーヌは眉を下げながら、クロエの顔色を窺う。
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