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ハッと目を開けたクロエだったが、部屋の中はすっかり明るい。太陽が昇り、朝を迎えていた。
(あ……、あのまま泣きながら寝ちゃったんだ……)
ベッドから体を起こすと、身に付けていたワンピースはしわだらけ。それよりも、全身の筋肉痛がひどく、なんだかボロボロの状態だ。
足の間にもまだ何かが挟まっているような気がしたクロエだったが、お腹が空いていることに気づいた。
(そういえば、昨日は夕飯を食べ損ねちゃったんだ……)
すでに日は高く、時計を見るとちょうどブランチの頃だ。
「うん。こういうときはおいしいものを食べて元気出そう」
お気に入りのパン屋でバケットを買って、サンドイッチを作って食べよう。まだお昼前だけどワインを飲んで自分を慰めるのもいいかもしれない。
着替えを済ませるとクロエは家を出た。
アパートメントを出て少し歩いた時だった。
「あの、すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが」
突然話しかけてきた四十、五十代の男性は、聖者の衣を身にまとっている。ひょろりと背が高く、黒い髪をした男性は、人が良さそうな雰囲気だ。
(あ、神聖国の使節団の……? 道に迷ったのかしら。ここは西エリアだから王城のある中央エリアからは少し距離があるのに)
「はい、どうされましたか?」
「つかぬことをお伺いしますが、あなたはもしかしてガルシアさんでは? イサク・ガルシアの娘さんですよね?」
「え? イサク・ガルシアという方は知りませんが……確かに、私はガルシアです」
目を見開いて満面の笑みになった男は歓喜した。
「ああっ! お会いしたかったです! まさかヴェルシャンティール王国にいらっしゃったとは!」
「え? んんっ!」
背後から伸びてきた手によって、布に染みこんだ何かを嗅がされる。意識が遠のく中、黒髪の男の意味不明な喜色を孕んだ声が聞こえた。
「聖女様、封印されていた力を今こそ解放いたしましょう!」
◇ ◇ ◇
テオンは報告に来たガストンという名の護衛を追いかけると、共に見張りをしていた者からの話を聞いた。
アパートから出てすぐのことだったらしい。待ち伏せをしていたようだ。
見張り役の怪我は軽傷のようだが、大人数で数に太刀打ちできなかったとのこと。クロエを連れ去った馬車の特徴や覚えている限りの人相を共有し、王都でのしらみつぶしの捜索が始まった。
静かに、だが水面下で大人数が投入されたクロエの捜索は、王族や高位貴族が誘拐される時に値するほどの規模だ。クロエがマダムジョスティーヌの娘であることはこれまで公にされていなかったようだが、やはり誘拐ともなると有名人の娘として破格の待遇を受けるものなのだろうか。
(それよりも、クロエは怖い思いをしていないだろうか。身代金目的の誘拐なら無傷だと思うが、乱暴に扱われて怪我をしている可能性もなくはない……)
テオンの背中を嫌な汗がびっしょりと濡らし、連れ去りを聞いてからはドクドクと動悸が鳴りやまない。
(もしも、クロエに何かあったら……昨日泊まっていれば阻止できたんだろうか)
考えてもきりがない。
その時、廃屋となった古い教会に潜伏しているようだとの情報がもたらされた。テオンたちがいる場所からさほど遠くない。
取り逃がすことがないよう四方から一斉に突入する作戦が取られ、各隊が静かにポジションについた。テオンはガストンたちマダムの護衛たちと一緒に息をひそめる。
第一騎士団の副団長の指揮で、廃屋へ一斉に突入した。
「何人たりとも動くなっ! ヴェルシャンテール王国第一騎士団だっ!」
「動くなっ! 止まれっ!」
扉の近くにいた見張り役の下っ端から次々と拘束されるが、激しく抵抗されあちこちから悲鳴が聞こえる。
敵を排除しながら徐々に奥へと侵入していくと、広い礼拝堂へ辿り着いた。
椅子や机は端に避けられ、床に描かれた魔法陣の周りに白いローブを着た者たちが跪いて祈りを捧げていた。十三人の男が魔法陣を取り囲み、その他にも高官らしき者たちが数名いる。
テオンは自分の目を疑った。描かれた魔法陣の中央にクロエが横たわっているのだ。
わあわあと阿鼻叫喚の騒ぎになるなか、ブツブツと神聖語を呟く者たちを第一騎士団が次々と拘束していく。
「離せっ! 聖女様ー! 目をお覚ましくださいっ!」
「ああっ! 聖女様! 聖女様!」
逃げる者や抵抗する者、四方からなだれ込んだ騎士団やマダムの護衛で室内はごった返す。
魔法陣に近づこうとテオンは人の波をかき分け、救出にあたっていた騎士たちを押しのけた。
そこにいたクロエは、なぜか金糸の刺繍が入った制服を着せられている。神聖国の聖職者が着る白の制服だ。目を瞑ったまま、ぴくりとも動かないクロエに、テオンは青ざめた。
「クロエっ! クロエっ! 目を覚ましてくれっ! クロエっ!」
テオンの尋常じゃない様子に、騎士たちが場所を開ける。テオンは横たわるクロエの元に跪く。地面からその体をそっと抱き上げると、床に膝をついたまま優しく包んだ。
「クロエ、クロエ……お願いだ、目を覚ましてくれ……クロエ……」
(あ……、あのまま泣きながら寝ちゃったんだ……)
ベッドから体を起こすと、身に付けていたワンピースはしわだらけ。それよりも、全身の筋肉痛がひどく、なんだかボロボロの状態だ。
足の間にもまだ何かが挟まっているような気がしたクロエだったが、お腹が空いていることに気づいた。
(そういえば、昨日は夕飯を食べ損ねちゃったんだ……)
すでに日は高く、時計を見るとちょうどブランチの頃だ。
「うん。こういうときはおいしいものを食べて元気出そう」
お気に入りのパン屋でバケットを買って、サンドイッチを作って食べよう。まだお昼前だけどワインを飲んで自分を慰めるのもいいかもしれない。
着替えを済ませるとクロエは家を出た。
アパートメントを出て少し歩いた時だった。
「あの、すみません。ちょっとお尋ねしたいのですが」
突然話しかけてきた四十、五十代の男性は、聖者の衣を身にまとっている。ひょろりと背が高く、黒い髪をした男性は、人が良さそうな雰囲気だ。
(あ、神聖国の使節団の……? 道に迷ったのかしら。ここは西エリアだから王城のある中央エリアからは少し距離があるのに)
「はい、どうされましたか?」
「つかぬことをお伺いしますが、あなたはもしかしてガルシアさんでは? イサク・ガルシアの娘さんですよね?」
「え? イサク・ガルシアという方は知りませんが……確かに、私はガルシアです」
目を見開いて満面の笑みになった男は歓喜した。
「ああっ! お会いしたかったです! まさかヴェルシャンティール王国にいらっしゃったとは!」
「え? んんっ!」
背後から伸びてきた手によって、布に染みこんだ何かを嗅がされる。意識が遠のく中、黒髪の男の意味不明な喜色を孕んだ声が聞こえた。
「聖女様、封印されていた力を今こそ解放いたしましょう!」
◇ ◇ ◇
テオンは報告に来たガストンという名の護衛を追いかけると、共に見張りをしていた者からの話を聞いた。
アパートから出てすぐのことだったらしい。待ち伏せをしていたようだ。
見張り役の怪我は軽傷のようだが、大人数で数に太刀打ちできなかったとのこと。クロエを連れ去った馬車の特徴や覚えている限りの人相を共有し、王都でのしらみつぶしの捜索が始まった。
静かに、だが水面下で大人数が投入されたクロエの捜索は、王族や高位貴族が誘拐される時に値するほどの規模だ。クロエがマダムジョスティーヌの娘であることはこれまで公にされていなかったようだが、やはり誘拐ともなると有名人の娘として破格の待遇を受けるものなのだろうか。
(それよりも、クロエは怖い思いをしていないだろうか。身代金目的の誘拐なら無傷だと思うが、乱暴に扱われて怪我をしている可能性もなくはない……)
テオンの背中を嫌な汗がびっしょりと濡らし、連れ去りを聞いてからはドクドクと動悸が鳴りやまない。
(もしも、クロエに何かあったら……昨日泊まっていれば阻止できたんだろうか)
考えてもきりがない。
その時、廃屋となった古い教会に潜伏しているようだとの情報がもたらされた。テオンたちがいる場所からさほど遠くない。
取り逃がすことがないよう四方から一斉に突入する作戦が取られ、各隊が静かにポジションについた。テオンはガストンたちマダムの護衛たちと一緒に息をひそめる。
第一騎士団の副団長の指揮で、廃屋へ一斉に突入した。
「何人たりとも動くなっ! ヴェルシャンテール王国第一騎士団だっ!」
「動くなっ! 止まれっ!」
扉の近くにいた見張り役の下っ端から次々と拘束されるが、激しく抵抗されあちこちから悲鳴が聞こえる。
敵を排除しながら徐々に奥へと侵入していくと、広い礼拝堂へ辿り着いた。
椅子や机は端に避けられ、床に描かれた魔法陣の周りに白いローブを着た者たちが跪いて祈りを捧げていた。十三人の男が魔法陣を取り囲み、その他にも高官らしき者たちが数名いる。
テオンは自分の目を疑った。描かれた魔法陣の中央にクロエが横たわっているのだ。
わあわあと阿鼻叫喚の騒ぎになるなか、ブツブツと神聖語を呟く者たちを第一騎士団が次々と拘束していく。
「離せっ! 聖女様ー! 目をお覚ましくださいっ!」
「ああっ! 聖女様! 聖女様!」
逃げる者や抵抗する者、四方からなだれ込んだ騎士団やマダムの護衛で室内はごった返す。
魔法陣に近づこうとテオンは人の波をかき分け、救出にあたっていた騎士たちを押しのけた。
そこにいたクロエは、なぜか金糸の刺繍が入った制服を着せられている。神聖国の聖職者が着る白の制服だ。目を瞑ったまま、ぴくりとも動かないクロエに、テオンは青ざめた。
「クロエっ! クロエっ! 目を覚ましてくれっ! クロエっ!」
テオンの尋常じゃない様子に、騎士たちが場所を開ける。テオンは横たわるクロエの元に跪く。地面からその体をそっと抱き上げると、床に膝をついたまま優しく包んだ。
「クロエ、クロエ……お願いだ、目を覚ましてくれ……クロエ……」
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