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 二度目のおうちデートの日がやってきた。今日も朝から、クロエは身支度と料理に忙しい。

 アレクサンドラに教わったハーフアップのアレンジに、これまたアレクサンドラおすすめのアップルグリーンの軽やかなワンピースに白いエプロンをつけ、手際よく料理を盛りつけていく。

「そういえば、テオン様って好き嫌いあるのかな? なんでもおいしく食べてくださるけど、後で聞いてみよう」

 ハーブオイルで漬け込んだハーブチキンのグリルマリネにフレッシュなブリュッセルスプラウトのサラダ、色とりどりの季節野菜をオーブンでローストした季節野菜、それにシナモンとバニラビーンズのクレームブリュレ。もちろん、お気に入りのバケットも忘れない。

 お皿のセッティングが終わったところで、テオンがやってきた。

「いらっしゃいませ、テオン様」
「クロエ、昨日ぶりだね」

 今回もテオンの手には小さなブーケとワインがある。濃いピンク色のミニローズにクロエの表情が和らぐ。

 少し早めのディナータイム、さっそく二人はクロエの手料理に舌鼓を打つ。

 テオンは料理を褒めながらアルコールを進め、クロエの緊張がほどよくほぐれた頃に切り出した。

「クロエ、前に母親とあまり仲が良くないと言ってただろう? 最近も連絡はとっていないのか?」
「はい、もう四年……もうすぐ五年になりますけど、ずっととってませんね~」
「へえ。何か理由があったからなのか? 言いたくない?」

 ん~、と目を瞑るクロエ。珍しくほろ酔いになっているようだ。

「誰にも言ったことないんですけど、聞いてほしい気もするし、テオン様だから言っちゃおうかな」
「ああ、誰にも言わないよ」
「えへへ」

 にこにこと笑うクロエにほんの少し罪悪感を持ちながら、テオンは優しくアンバーの瞳を見つめた。
 クロエは寂しそうな顔をしながらグラスをゆらゆらと回す。

「なぜかはわからないんです。でも、十六歳の誕生日を迎えたときに今すぐ処女を喪失してくれって言われて。なんで?ってなるじゃないですか。相手も用意するからなんて言い出して……」

 口をぎゅっと結び、クロエの目に涙が浮かぶ。

「仲良し母娘だと思ってたのに、少し前から彼氏はできたか、できないのか、紹介するってしつこく言われてたし。きっとお母さんは、どっかのお金持ちに私の純潔を売ろうと……。だから、私はここを借りて、家を出たんです」
「そんなことがあったんだ。つらかったね……でも、娘の純潔を売るほど金に不自由されていたわけではなさそうだし、何なら、逆鱗に触れでもしたら人知れず抹殺できるだけの人脈があるのに……不思議だな」
「え? すみません、聞き取れませんでした。何ておっしゃったんですか?」

 何でもないよ、と言いながらテオンは部屋の中を見渡す。

「古びたアパートメントと言えど、当時学生だったクロエがひとりで借りたとはねえ……。それじゃあ、家出してここに住み出したんだね。誰か保証人になってくれる人はいたの?」

 ふるふると首を左右に振るクロエ。

「いいえ? とっても優しい不動産屋さんで、事情があってひとりで暮らさないといけないって切々と訴えたら、親身になってくださって」
「へえ、世の中にはいい人もいるものだね。……なんて、あるわけないじゃないか。いやいや、どこの世界に支払い能力がなさそうな学生に家を貸すんだ? クロエがよほど個人資産を持ってる? いや、それならこのアパートメントよりもっと治安がいい部屋を借りるはず。なんだ、この違和感……?」
「テオン様、お声が小さくて……何かおっしゃいました?」

 それにしても。

「ひとり言だから気にしないで。それよりクロエ、今日はなんだかお酒に酔ったみたいだね。大丈夫?」
「はい、大丈夫れす」
「まあ、ちょっと酔っているくらいの方がいいかもね」
「いえ、酔ってませんよ? デザート食べましょう。取ってきますね」

 クロエはキッチンへ行き、食品庫からクレームブリュレを取り出す。

 ふっと影が掛かったと思ったら、クロエの背後からテオンがふんわりと抱き締めた。

「テオン様?」
「クロエの家には魔道具の食品庫もあるんだね。これ、かなりするんじゃない? 買ったの?」
「これはですね、契約して、入居してみたらあったんですよ~。大家さんが入れてくれたって不動産屋さんが言ってました」
「はぁ、クロエ……。だいたいの事情がわかってきた気がするよ……、親心ってやつか」
「へ? なんのこと……んぐっ、おいひぃ」

 テオンが背後からスプーンでクリームブリュレを食べさせる。テオンが次々と口へ運び、おいしいおいしいと平らげたクロエは、振り返るとココットとスプーンを手にした。

「テオン様にも食べてほしいです。おいしくできたので、ぜひ食べてください」

 クロエがスプーンでテオンの口元へ運ぶ。楽しそうなクロエに付き合い、テオンは最後のひと口までクロエが運ぶスプーンから食べきった。

「おいしかったよ、ありがとう。クロエ」

 そう言うとテオンはクロエに口づけた。舌を出すように唇をつつき、差し出された舌を撫でるように絡めていく。
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