【完結】【R18】この国で一番美しい母が、地味で平凡な私の処女をこの国で最も美しい男に奪わせようとしているらしい

魯恒凛

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 指折り数え、いよいよテオンと会えるという日の前日。

 王城ではクロエがおつかいを任せられ、魔道具課を訪ねるために中央エリアにある執務棟を訪ねていた。
 死角の多い備品管理課に設置した警報鳥に、覚えさせたい禁句が増えたためだ。

 先日、先輩女官がしつこい文官にネチネチと嫌味を言われ、大変苦労したらしい。しかも備品管理課の人気のない死角で。きっと日頃の鬱憤をぶつけられたのだろう。この部署にいる女官は誰もが経験していることで、珍しいことではない。

 今までは泣き寝入りするか、ひたすら耐えるしかなかったのに、警報鳥で攻撃するという選択肢が加わったのだ。爆音が鳴り響けば、あちらが恥をかくことは間違いない。何かしら、文官としてこの場でするべきではない発言をしたという証拠になるのだ。

「あいつ、次に来た時は絶対に警報鳥の餌食にしてやる……」

 怒りが収まらない先輩からのメモと警報鳥を片手に、クロエは魔道具課の扉をノックした。

「備品管理課のガルシアです。警報鳥に追加ワードの設定をお願いしたいのですが」
「ああ、こちらへどうぞ」

 室内には黒いローブを羽織った魔法使いたちが忙しそうに仕事をしている。彼らは隣国のアルカニア王国の出身で、高給を条件にスカウトされたいわばエリートたちだ。

 ここ、ヴェルシャンテール王国に魔力を持つ者はいない。だが、隣のアルカニア王国には魔力を持つ者が、そのまた隣のオラクルム王国には神聖力を持つ者が生まれるのだとか。

 どちらも陸続きの国なのに、先祖の血筋ではないかと言われている。

 そして、ここ王城にいる魔法使いたちは、主に魔力を電動力とする一風変わった道具の開発に力を注いでいる。高級品である魔道具は持つこと自体がステータスであり、王族や高位貴族用に作られている物が多い。

 クロエが持ち込んだ警報鳥も高価な物なのだが、王城内の警備のためという名目で備品管理課にも使用が許可されたようだ。

(そういえば、それってテオン様の働きかけだったような……)

 目の前の魔法使いが警報鳥に設定を行う様子をぼーっと見ながら、クロエは明日のデートに想いを馳せていた。

(明日、何着よう……! 髪型は何がいいかな。テオン様の好みってあるのかな)

「……さん、……ガルシアさん、終わりましたよ」
「はっ! す、すみません、ぼーっとしてました」

 マンダリンオレンジの髪色をしたつり目の男、アリスタ・レインウッドがそうですか、と警報鳥の説明を始める。

「ご要望どおり、“メロン乳”、“喉奥”、“ケツ穴”を追加で登録しました」
「くっ……あ、ありがとうございます」

 真顔で卑猥な言葉を発する魔法使いを前に、依頼したクロエが恥じらうわけにはいかない。

 平常心、平常心と唱えながら、赤い顔で背中にゼンマイがついた青と黄色の警報鳥を受け取る。男の指がクロエの手の甲にほんの少し触れた時だった。

 バチンっとした衝撃が走り、その瞬間、アリスタは驚きのあまり後ろへ飛びはねた。背後にあった机にぶつかり、上に載っていた物がガシャン、パリンと大惨事に陥る。

 乱雑に置かれてはいたが、魔道具やグラスはどう見ても高級品。呆気にとられていたクロエだったが、周囲は一瞬彼を見たものの、すぐに作業中の自分の手元に視線を落としている。よくあることなのだろうか?

「だ、大丈夫ですか!?」
「す、すみません……!」

 よろけたアリスタは頭を抱えながらカウンターに戻ってくると、クロエをじっと見つめた。

「……あの、変な意味ではなく、……少しだけ手に触れても?」
「へ? え? ……い、いいですけど……?」

 静電気をもう一度体験したいのだろうか?とそろそろと伸ばしたクロエの手に、アリスタが眉根を寄せてそ~っと触ろうとした時だった。

 アリスタの手はパシッと叩き落とされ、クロエの手が宙に浮いたまま行き場を失う。

「え?」

 クロエが横を向くと、そこにはペールブルーの瞳でアリスタをじっとり見る、テオンの姿があった。

「テ、テオン様!? どうしてここに?」
「ちょうどこの課に用事があったんだ。備品管理課にも用事があるから送っていくよ」
「え? は、はい……あの、それではレインウッドさん、ありがとうございました、失礼します」


 クロエとテオンが去った後、魔道具課ではアリスタが二人が出て行った扉を見つめていた。同僚の魔法使いたちがアリスタを揶揄う。

「おい、アリスタ。まさかあんな普通の子に一目惚れか?」
「意外だな。アリスタが人に興味を持つこと自体、珍しくないか?」

 腕を組みながら顎に手をあて、アリスタは首を傾げる。

「……ああ、そうだな。だけど、あの子……いや、確信は持てないんだが……」

 ぶつぶつ何かを呟くアリスタに周囲は肩をすくめ、皆自分の作業に戻っていった。

 自分のせいで歪んでしまった魔道具や割れたグラスを魔法で集めながら、アリスタは独り言ちた。

「あの子にわずかだけど貴重な神聖力が流れていたような……神聖国に血縁がいるのか? もし本当に彼女が神聖力持ちなら研究させてもらいたいんだが。でもテオン・ファンセカと知り合いなら……遅かれ早かれか……」

 アリスタはため息をつくと、溜まっている魔道具の修理を始めることにした。

 ◇ ◇ ◇

 テオンはまっすぐクロエを送っていくと、そのまま中央エリアへ戻ってきた。

 クロエをまたあの秘密のテラスへ連れ込んでも良かったが、明日はクロエの家に行く約束をしている日だ。

(明日イケるか……いや、様子を見ながらだな)

 テオンがじっと見つめると、クロエは未だに耐え切れず、アンバーの瞳をすっと逸らす。化粧をするようになって、真っ赤に染まる顔も幾分控えめな赤さに落ち着いたが、相変わらず初心なままだ。

(明日で残り四十四日。余裕じゃないか)

 大した仕事もないが早めに終わらせてとっとと帰ろう、と仕事場へ向かう。

 多くの課が入る執務棟を目指して歩いていると、王太子とその側近たちが忙しそうに会話しながら移動しているのが目に入った。側近の一人には幼馴染みのルカスもいる。

『ああ、今日も彼らってかっこいいわ』
『仕事ができるエリート集団って感じよね』
『顔も良いし、仕事もできるなんて最高だわ』

(……俺がもし側近になれていたら……いや、たらればなんて考えても仕方がない。顔で落とされたなんて言われているが、実際は王女の誘いを袖にしたから殿下たちの側近にはなれないのだろう)

「王命だ!」と無理やり婚約を結ばされることはないものの、かと言って小さな嫌がらせはある。

 六つ年下の第一王女には長い間恋慕の情を寄せられていたようだが、彼女こそがテオンを騎士科から文官科へ追いやった張本人。良かれと思って次々と打ってくる王女殿下のおせっかいで、テオンの被った被害は数知れない。

 テオンを側に置くことでまた被害を受けないよう、王子殿下たちは気を遣ってくださったんだろう。だが、文官の中で最大の出世コースから暗に外されたのだ。

(チッ。忖度だらけの人事はもうたくさんだ。俺は別ルート、マダムジョスティーヌの力を借りてのし上がってやる)

 そのためにも、クロエだ。

 周囲から“愛人”といわれる体だけの相手とは全くタイプが違う。

 性に対する知識も積極性もなく、毎回真っ赤になってはヒイヒイ啼いて、それでも一生懸命応えようとするクロエ。

 健気で初心で、目的のために利用していることに少なからず良心が痛むものの、長い一生の中で“二~三か月ほど悪い男に振り回された”だけのこと。後々、ただそれだけの出来事になるのだ。

(それにしても、娘の純潔を散らすのが条件なんてマダムも大概だよな。どんな性格が悪いやつかと思えば、クロエは初心で素直なだけなのに……。一体何のためにあの子の純潔を奪わせたいんだ?)


(約束の日まで残り四十五日)
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