上 下
26 / 50

26.

しおりを挟む
 その日の夜、ルカスの屋敷ではルカスとテオンがワインを楽しんでいた。

 ルカスはチラチラと幼馴染みの顔色を窺いながら、アンティパストを口に運ぶ。

「ルカス、何か言いたいことでも?」
「……クロエちゃん」
「クロエが何?」

 その言葉を聞き、ルカスは眉を上げ興味深そうにテオンに尋ねる。

「絶世の美女マダムジョスティーヌに俺は会ったことがないけどさ、なんていうか……。クロエちゃんって、なんか印象に残らないよね。普通過ぎるのかな」

 国一番の美人の娘。それがクロエ・ガルシアなわけだが、確かに全く似ていない。強いて似ている箇所を探すなら、金色がかったアンバーの瞳くらいだろうか。顔の造りはどのパーツも小さめだし、スタイルだってメリハリのある体型ではなく、ふわふわとしている。

 華奢な儚い美女というわけでもなく健康的。だからと言って運動神経もない。そして食欲は旺盛。そう考えるとクロエの女性としての長所はどこなのだろう、とテオンは眉根を寄せる。

「……なあ、テオン。おまえ、クロエちゃんの純潔をもらった後、どうすんの? 用は済んだからじゃあサヨウナラって、ちょっとひどくないか?」
「男と女なんてそんなもんだろう。それにこれは目的のためだ」

(そういえば、クロエは母親と連絡を取っていないと言っていたし、マダムジョスティーヌとはあまり仲が良いとはいえないようだ。それこそ、比較されるのを嫌がって家を出たんだろうか)

 それにしても、テオンだって娘と付き合った後にその母親が後ろ盾になるなんて、さすがに悪い噂が流れてもおかしくない。

 だけど、そもそもテオンとクロエとの噂が立たないから、実のところ問題にすらならないだろう。

 あれだけ堂々とクロエを誘っているし、一緒にいる姿だって目撃されているのに、全く噂が流れないのだ。

 誰もかれも、テオンとクロエが本気で付き合っているとは思っておらず、王城内で一緒にいてもなぜかクロエは部下だと思われている。しかも、クロエに至っては周囲に顔すらも覚えられていない。

「クロエは影が薄すぎるな……」
「おまえの隣にいたら大抵そうなるさ。俺を見ろよ。こんだけ派手な赤い髪をしているからなんとか認識してもらってるんだぞ? だから俺が唯一の親友としておまえのそばに残れたんじゃないか」
「よく言うよ。おまえの存在が俺で霞むわけがない」

 国内屈指の資産家であるヴァンターブルック侯爵家の三男で、王太子の複数名いる執務官のひとり。上からの覚えも良く出世街道まっしぐら。顔ヨシ、性格ヨシ、家柄ヨシの全てを兼ね揃えている男だ。

 テオンから見れば国一番の美男子の称号を与えられるより、よほどルカスが羨ましい。

「なあテオン。おまえはクロエちゃんのこと、本当はどう思ってんの?」
「クロエ? そうだな……おどおどしていて自分に自信がなくて、……流されやすい女?」

 ルカスはそうじゃなくて、と呆れる。

「クロエちゃんの性格じゃなくてさ、おまえがどう思っているのかってことだよ。好きなの? 嫌いなの? なんとも思っていないのかって聞いてるんだよ」
「好きか嫌いかで言ったら、嫌いではない。人畜無害だからな」
「確かに。話を聞く限り、クロエちゃんは無害だな。控えめで常識があって、初心で……。じゃあ冷たいテオンに捨てられたクロエちゃんは、俺が慰めてあげるしかないか」
「は?」

 テオンは楽しそうに考え込む幼馴染みの顔をじっと見つめる。

「裏表のある女やヴァンターブルック目当ての女、王太子と繋がりを持ちたくて近寄ってくる女とか、もううんざりなんだよ。その点、クロエちゃんは今どき珍しいくらい初心。いないよ、そんな純情な子。癒し系だな」

 いつものクールな顔を崩さないテオンにルカスがにっこり笑う。

「だから、クロエちゃんの処女をもらってバイバイしたら、そのあと俺が誘っても問題ないよな?」
「問題ないというか……」
「傷心のクロエちゃんを慰める役は俺に任せてくれ。だからテオン。早く済ませてとっととマダムの元へ行け」
「……」

(クロエは確かにいい子だ。だけど、俺はこれからの人生をマダムにかけて出世してやる。リミットまで五十日を切ったし、そろそろ本気を出さないとな)

 今までもたくさんの女を相手にしてきた。だけど心よりも体メインでの付き合いをしてきたから、後腐れももめ事もなかった。ひどく縋られることもなく、断ればただ惜しまれるだけだった。

 だけど、クロエには恋心を利用している自覚はある。

 だからだろうか。

(罪悪感ってやつか……胸がチクっとするし、すっきりしない。ルカスのやつ、冗談なのかわかりづらいが……まあ、ああ言ってるが、クロエを相手にすることはないだろう)

 今までにいなかったタイプのクロエが気にならないかといえば嘘になるが、かと言って恋愛対象になるほど何かに惹かれるわけでもない。

 マダムジョスティーヌの条件がなければ近づくこともなかっただろう。

(きっと、柄にもなくいつもとは違って優男な対応をしているせいだ)

 苦労してクロエに合わせているから、彼女が気になるのだと、テオンは自分に言い聞かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました

ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。 リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』 R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

ハズレ令嬢の私を腹黒貴公子が毎夜求めて離さない

扇 レンナ
恋愛
旧題:買われた娘は毎晩飛ぶほど愛されています!? セレニアは由緒あるライアンズ侯爵家の次女。 姉アビゲイルは才色兼備と称され、周囲からの期待を一身に受けてきたものの、セレニアは実の両親からも放置気味。将来に期待されることなどなかった。 だが、そんな日々が変わったのは父親が投資詐欺に引っ掛かり多額の借金を作ってきたことがきっかけだった。 ――このままでは、アビゲイルの将来が危うい。 そう思った父はセレニアに「成金男爵家に嫁いで来い」と命じた。曰く、相手の男爵家は爵位が上の貴族とのつながりを求めていると。コネをつなぐ代わりに借金を肩代わりしてもらうと。 その結果、セレニアは新進気鋭の男爵家メイウェザー家の若き当主ジュードと結婚することになる。 ジュードは一代で巨大な富を築き爵位を買った男性。セレニアは彼を仕事人間だとイメージしたものの、実際のジュードはほんわかとした真逆のタイプ。しかし、彼が求めているのは所詮コネ。 そう決めつけ、セレニアはジュードとかかわる際は一線を引こうとしていたのだが、彼はセレニアを強く求め毎日のように抱いてくる。 しかも、彼との行為はいつも一度では済まず、セレニアは毎晩のように意識が飛ぶほど愛されてしまって――……!? おっとりとした絶倫実業家と見放されてきた令嬢の新婚ラブ! ◇hotランキング 3位ありがとうございます! ―― ◇掲載先→アルファポリス(先行公開)、ムーンライトノベルズ

【R18】国王陛下に婚活を命じられたら、宰相閣下の様子がおかしくなった

ほづみ
恋愛
国王から「平和になったので婚活しておいで」と言われた月の女神シアに仕える女神官ロイシュネリア。彼女の持つ未来を視る力は、処女喪失とともに失われる。先視の力をほかの人間に利用されることを恐れた国王からの命令だった。好きな人がいるけどその人には好かれていないし、命令だからしかたがないね、と婚活を始めるロイシュネリアと、彼女のことをひそかに想っていた宰相リフェウスとのあれこれ。両片思いがこじらせています。 あいかわらずゆるふわです。雰囲気重視。 細かいことは気にしないでください! 他サイトにも掲載しています。 注意 ヒロインが腕を切る描写が出てきます。苦手な方はご自衛をお願いします。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...