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(へ? な、なんでこんなことに……!?)
初めてづくしだったテオンとのデート。いや、テオンとのどころか人生初デートだったのだ。
自己流のメイクとファッションセンスは大失敗したものの、テオンのおかげでかわいらしい装いを楽しめた。その上、国で最も美しい男と食事をして劇を鑑賞するという夢のような王道デートの経験付き。
思いがけず訪れた貴重な機会。自分には縁がないと思っていたデートを体験できた。もはや思い残すことはない。
クロエの目標は目立たず平和に生きていくことで、今からコツコツ貯金をすることが目下の関心事。テオンとの思い出を胸に仕事に邁進しながら、備品管理課の隅で骨をうずめようと思っていたのに。
デートからわずか三日後、倉庫で検品をしていたクロエの前に現れたのは、今日も今日とて麗しいテオン・フォンセカだった。
文官の割には背が高く体格のいいテオン。黒い制服の上下に煉瓦色のマントを纏い、隠し切れないオーラが漏れ出している。
そんな麗しい男がおさげ髪、黒ぶち眼鏡のクロエを壁際にじりじりと追い詰める。
「テ、テテテテオン様っ、な、何かお探しでしょうか?」
テオンがクロエをじっと見下ろし近づいてくるから、クロエもじりじりと後退する。
(いい香りすぎる……! グリーンティー? ハーブ? 香水だと思うけど、まさか、フェロモン!? いい男は匂いまでいいだなんて……)
とうとうクロエの背中が壁にぴったり張り付き、これ以上後退できなくなってしまう。
『神が本気で造った』と噂される美貌が近づき、クロエの顔を覗き込んだ。
「クロエ嬢。お化粧してないね。それにこの黒ぶち眼鏡、かけるなって言われてなかった? アレクサンドラに怒られるよ?」
「ひえっ! と、取らないでください! お、お返しください!」
テオンはひょいと取り上げた眼鏡が届かないように腕を高く上げる。クロエがぎょっとして取り返そうとジャンプしたが、残念ながらクロエに運動神経はない。
万年運動不足の体はちょっとした動きにもついていけず、着地の際にバランスを崩し、足首がおかしな方に捻られた。
「ぎゃっ!」
(顔面から床に激突っ……!)
ぎゅっと目を瞑ったクロエだったが、……痛くない。
どうやら、お腹の辺りを抱きかかえられているようだ。そのうち体勢を立て直され、地面に足から降ろされた。
「足首捻っていない? 大丈夫?」
「は、はい! だ、大丈夫です」
(……テオン様の声がおでこの辺りから聞こえるのは空耳? 近過ぎない?)
「……いつまで目を瞑っているの?」
「……えっと、なんだか眩しくて……」
「へえ、そう。ところでクロエ嬢。三日後って空いている?」
「三日後ですか。はい、特に予定はないですが、どうされまし、ひぁっ!」
テオンの手がクロエの頬に添えられたのだ。びっくりして目を見開く。
「この間のデート、一か所行けなかった場所があるから仕切り直しね。三日後は夕方の六ツの鐘に迎えに行くから家で待ってて」
え?え?と言って真っ赤なクロエを置いたまま、テオンはその場を後にする。
「あ、そうだ」
顔だけ振り返ったテオンが微笑む。
「着てきてほしい服、贈っておくから。楽しみにしてる」
◇ ◇ ◇
そして三日後──。
クロエの目の前には白シャツに黒いベスト姿のラフなテオン。シンプルな装いで、おそらく身支度といえば顔を洗って髪を梳いたくらいだろう。
それなのに、日の出と同時に起きてからずっと身支度をしていたクロエではその美貌の足元にも及ばないのだから、人生とは不公平である。
「チェスナットブラウンの髪にアーモンドグリーンのワンピースがよく似合うね」
「あ、ありがとうございます……」
(チェ、チェスナットブラウン? こげ茶色もテオン様が口にするとなんともおしゃれね……)
テオンから贈られたオフショルダーのワンピースはアレクサンドラが作ったものらしい。今の流行りはデコルテを大きく見せるデザイン。クロエでは絶対に選ぶことのない、異次元のワンピースである。
クロエに合わせて作られたのだから胸元の開きもいやらしくないのだが、流行なんてものとは今まで接点がなかったのだ。これまた初体験であるイマドキのワンピースは、ウエストがキュッとしまっているのにスカート部分はふんわり広がっている。今日はなんだか自分まで少し大人になった気がしてクロエは心が浮ついた。
「ちゃんと化粧もしたんだね。この間アレクサンドラが教えた通りにできているよ。さあ、黒ぶち眼鏡はそこに置いて。行こう」
テオンが差し出した手におずおずと自分の手を重ねる。
その手をぎゅっと握ったテオンは自分に引き寄せた。
「あっ」
クロエの体が引っ張られ、前につんのめる。テオンはその体を受け止めると耳元で囁いた。
「言い忘れてた。……クロエ、かわいいよ」
「ひゃあ! あ、ありがとうございます……」
ふふっと笑ったテオンの姿に、クロエの顔が火照る。
(からかわれてる……! 絶対、面白がっている……! テオン様は、余裕のある女性とお付き合いされているから、オドオドする私が新鮮なのかしら……? それに今、クロエって呼び捨てにされた気が……???)
テオンといえば、毎晩違う女性と過ごすことで知られる『青き夜想曲の貴公子』。女性を褒めることなど、息を吐くようにすらすらと出てくるのだろう。
だけど、クロエはなぜか心がずきっとした。
(あれ? 変なの……私は珍獣枠なんだから、胸がずきっとするなんて変だよ……)
頭を小さく振り、今日を楽しもうと前を向く。
手をつながれレストランへ向かい、ワインを飲みながら楽しいひと時を過ごし。
意外とクロエがお酒が飲めることが判明すると二軒目は少し砕けた店へ行こうとカジュアルな酒場でエールを。
テオンは沈黙の中で飲むことを全く気にしないタイプだが、クロエは場を持たせようと一生懸命話をする。その姿を、テオンは微笑みながら眺めていた。
「そろそろ良い時間かな。綺麗な夜景が見える場所があるから行ってみよう」
初めてづくしだったテオンとのデート。いや、テオンとのどころか人生初デートだったのだ。
自己流のメイクとファッションセンスは大失敗したものの、テオンのおかげでかわいらしい装いを楽しめた。その上、国で最も美しい男と食事をして劇を鑑賞するという夢のような王道デートの経験付き。
思いがけず訪れた貴重な機会。自分には縁がないと思っていたデートを体験できた。もはや思い残すことはない。
クロエの目標は目立たず平和に生きていくことで、今からコツコツ貯金をすることが目下の関心事。テオンとの思い出を胸に仕事に邁進しながら、備品管理課の隅で骨をうずめようと思っていたのに。
デートからわずか三日後、倉庫で検品をしていたクロエの前に現れたのは、今日も今日とて麗しいテオン・フォンセカだった。
文官の割には背が高く体格のいいテオン。黒い制服の上下に煉瓦色のマントを纏い、隠し切れないオーラが漏れ出している。
そんな麗しい男がおさげ髪、黒ぶち眼鏡のクロエを壁際にじりじりと追い詰める。
「テ、テテテテオン様っ、な、何かお探しでしょうか?」
テオンがクロエをじっと見下ろし近づいてくるから、クロエもじりじりと後退する。
(いい香りすぎる……! グリーンティー? ハーブ? 香水だと思うけど、まさか、フェロモン!? いい男は匂いまでいいだなんて……)
とうとうクロエの背中が壁にぴったり張り付き、これ以上後退できなくなってしまう。
『神が本気で造った』と噂される美貌が近づき、クロエの顔を覗き込んだ。
「クロエ嬢。お化粧してないね。それにこの黒ぶち眼鏡、かけるなって言われてなかった? アレクサンドラに怒られるよ?」
「ひえっ! と、取らないでください! お、お返しください!」
テオンはひょいと取り上げた眼鏡が届かないように腕を高く上げる。クロエがぎょっとして取り返そうとジャンプしたが、残念ながらクロエに運動神経はない。
万年運動不足の体はちょっとした動きにもついていけず、着地の際にバランスを崩し、足首がおかしな方に捻られた。
「ぎゃっ!」
(顔面から床に激突っ……!)
ぎゅっと目を瞑ったクロエだったが、……痛くない。
どうやら、お腹の辺りを抱きかかえられているようだ。そのうち体勢を立て直され、地面に足から降ろされた。
「足首捻っていない? 大丈夫?」
「は、はい! だ、大丈夫です」
(……テオン様の声がおでこの辺りから聞こえるのは空耳? 近過ぎない?)
「……いつまで目を瞑っているの?」
「……えっと、なんだか眩しくて……」
「へえ、そう。ところでクロエ嬢。三日後って空いている?」
「三日後ですか。はい、特に予定はないですが、どうされまし、ひぁっ!」
テオンの手がクロエの頬に添えられたのだ。びっくりして目を見開く。
「この間のデート、一か所行けなかった場所があるから仕切り直しね。三日後は夕方の六ツの鐘に迎えに行くから家で待ってて」
え?え?と言って真っ赤なクロエを置いたまま、テオンはその場を後にする。
「あ、そうだ」
顔だけ振り返ったテオンが微笑む。
「着てきてほしい服、贈っておくから。楽しみにしてる」
◇ ◇ ◇
そして三日後──。
クロエの目の前には白シャツに黒いベスト姿のラフなテオン。シンプルな装いで、おそらく身支度といえば顔を洗って髪を梳いたくらいだろう。
それなのに、日の出と同時に起きてからずっと身支度をしていたクロエではその美貌の足元にも及ばないのだから、人生とは不公平である。
「チェスナットブラウンの髪にアーモンドグリーンのワンピースがよく似合うね」
「あ、ありがとうございます……」
(チェ、チェスナットブラウン? こげ茶色もテオン様が口にするとなんともおしゃれね……)
テオンから贈られたオフショルダーのワンピースはアレクサンドラが作ったものらしい。今の流行りはデコルテを大きく見せるデザイン。クロエでは絶対に選ぶことのない、異次元のワンピースである。
クロエに合わせて作られたのだから胸元の開きもいやらしくないのだが、流行なんてものとは今まで接点がなかったのだ。これまた初体験であるイマドキのワンピースは、ウエストがキュッとしまっているのにスカート部分はふんわり広がっている。今日はなんだか自分まで少し大人になった気がしてクロエは心が浮ついた。
「ちゃんと化粧もしたんだね。この間アレクサンドラが教えた通りにできているよ。さあ、黒ぶち眼鏡はそこに置いて。行こう」
テオンが差し出した手におずおずと自分の手を重ねる。
その手をぎゅっと握ったテオンは自分に引き寄せた。
「あっ」
クロエの体が引っ張られ、前につんのめる。テオンはその体を受け止めると耳元で囁いた。
「言い忘れてた。……クロエ、かわいいよ」
「ひゃあ! あ、ありがとうございます……」
ふふっと笑ったテオンの姿に、クロエの顔が火照る。
(からかわれてる……! 絶対、面白がっている……! テオン様は、余裕のある女性とお付き合いされているから、オドオドする私が新鮮なのかしら……? それに今、クロエって呼び捨てにされた気が……???)
テオンといえば、毎晩違う女性と過ごすことで知られる『青き夜想曲の貴公子』。女性を褒めることなど、息を吐くようにすらすらと出てくるのだろう。
だけど、クロエはなぜか心がずきっとした。
(あれ? 変なの……私は珍獣枠なんだから、胸がずきっとするなんて変だよ……)
頭を小さく振り、今日を楽しもうと前を向く。
手をつながれレストランへ向かい、ワインを飲みながら楽しいひと時を過ごし。
意外とクロエがお酒が飲めることが判明すると二軒目は少し砕けた店へ行こうとカジュアルな酒場でエールを。
テオンは沈黙の中で飲むことを全く気にしないタイプだが、クロエは場を持たせようと一生懸命話をする。その姿を、テオンは微笑みながら眺めていた。
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