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「テオン。クロエ嬢とのデート、どうだった?」

 クロエとデートをした帰り、テオンはその足でルカスの元へ向かった。

 王都にあるルカスの邸宅では、赤髪の幼馴染みがテオンの到着を待ちわびていた。応接室に案内すると軽食を用意させ、二人は向かい合ってブランデーを開ける。よく熟成された香りがふわっと香り、ルカスはキャビネットからシガーの箱も取り出した。

 シャツの胸元をくつろげたテオンは色気が駄々洩れで、ルカスは邸宅の執事に「女性の使用人は入室させるな」とこっそり伝える。

 二人きりの室内、ルカスも貴族らしい仮面を取り外し、首元を緩めながらドサッとソファへ体を沈めた。

「で? さすがに今日は純潔を奪えなかったか。どこまでヤッた?」
「……下品なことを聞くな」

 むすっとした顔の美人に、ルカスはおやっと眉を上げる。

「下品もなにも、おまえがやろうとしていること自体が下品じゃないか。どこの世界に母親からの依頼で娘の純潔を奪うやつがいるんだよ? まったく、おまえってやつはサイテーだよ」
「うるさい。この国は貞操観念なんかないんだから関係ない」
「その通りではあるんだが、罪悪感がすごすぎるぞ……」

 ルカスはテオンのグラスにブランデーをつぎ足しながら、自分はオリーブとチーズのピクルスを口に入れる。

「なあ、確かあの日から九十九日って言うとオリアの月の一日だよな? 一体何の日なんだ?」
「……クロエの誕生日はもう過ぎたらしいし、調べたけどイベントも特になかった。占星術の類か、マダムの中の俺に対するリミットかも……」
「百日後には権利が他の男に移るってか? それ、あり得るな。おまえみたいなやつに百日ずつ挑戦権を与えているのかもしれないな」

 テオンもその線が有力のような気がしている。

 おそらく、そこそこ見目のいい男に交換条件を出しながら、娘の処女を奪うように吹っ掛けているのかもしれない。マダムは特殊な性癖を持っているのか、それともクロエが処女じゃなくなることで何かがあるのか。

 ブランデーが入ったグラスをくるくると回すテオンに、ルカスはおまえは無駄にかっこいいなと、呟く。

「それよりも、一度目は偶然、二度目は奇跡、三度目は運命だったか? おまえってやつは、よく言うよ。全部仕組んだくせに」

 一度目は確かに偶然だったのだが、二度目、三度目はテオンの仕込み。テオンは接点を作るために、クロエの習性を調べ上げていた。

 一日のタイムスケジュールを掴むため、出勤時間や備品管理課の仕事の流れ、ランチはどこで何を食べているのか、仕事帰りにはどんな店によく立ち寄るのか。

 その結果、おおよそどの店の常連なのか、お昼は決まって手作りのサンドイッチを持参することなどが判明した。

 そうとわかれば、だ。

『一度目の偶然』は本当に偶然だった。

 次は『二度目の奇跡』を作ればいい。

 テオンはクロエが買い物に立ち寄りそうな場所へ張り込みを続け、ようやく出会えたのが五日目。しかも、よりにもよって備品管理課で遭遇したユリシーズ・バーニーに絡まれている場面。まるでヒーローのように登場するという、シナリオ以上の再会ができたのだ。

 重い荷物を持っていればそれもありとは思っていたが、「ユリシーズから守るため」という理由が追加。無事にクロエの自宅もわかった。

 押し倒してしまっても良かったが、テオンにもプライドがある。無理やり女性を抱いたことがなく、自分から手を出したことはない。いつだって女性のお誘いを受け入れる形なのだ。

 まだまだ期限まで時間もあるし、クロエが自分に向かって「抱いてください」と口にするよう、仕向ければいいだけ。ようはクロエが自分に惚れる、もしくは体を求めてくれればいいのだ。

 だから、家まで上がったものの、さっと帰ることにした。そのおかげもあって、クロエの信頼を得ることに成功した。

『三度目の運命』は、クロエにお気に入りのバケットを買わせないために、これまた地味な作戦を遂行した。

 毎日先回りして、バケットを買い占めるのだ。運よく閑職についているわけで、繁忙期以外は時間に余裕のある職場。クロエの先回りをしてバケットを購入することは、大して難しいことではなかった。

 この作戦も功を奏し、「サンドイッチが作れないなら売店にくるはず」という予想が大当たり。

 偶然を装って人気のないテラスへ連れ出し、デートへ誘う口実もできた。

(三回もあったのだし、気を許してくれたはず。デートで仕掛けよう)

 テオンにしてはだいぶ譲歩した。女性から誘いがあった場合、食事や酒もすっとばして、待ち合わせてすぐにベッドということも珍しくないのだ。

 だが、処女だというから段階を踏むことにした。

 怖がらせないように徐々に心を開かせ、体を開かせるつもりでここまで来た。次に会うのは四回目。それ以外にも、クロエのために調査や張り込みなど散々時間を使ったのだ。そろそろ「帰りたくない」なんて目を潤ませて見上げてくるんじゃないだろうか?

 そう思って向かった待ち合わせ場所。そこで見たクロエのことを、二度見するほどには困惑した。
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