8 / 50
8.
しおりを挟む
「クロエ、いい加減折れたらどうだ? おまえみたいな野暮ったい女、誰にも相手にされないだろうからデートしてやるって言ってるんだよ」
(そ、そんなこと言われても、バーニー卿とデートなんてしたくない……)
一緒に街歩きをしてもいちいち詰られそうだ。完全に上から目線のこの男。そんな人の横で、楽しく談笑するイメージがわかない。
「お、お断りしたはずですし、今は業務中です。……そこを、ど、どいてください」
とにかくこの死角から出たい。人がいる場所へ行った方がいいと頭の中で警鐘が鳴る。それなのに、この男はクロエの逃げようとする態度が気に入らないのだろう。行く手を阻んで立ち塞がった。
「はっ! お高く留まりやがって。俺が相手してやろうって言ってるのに何様だよ」
両手を掴まれたまま壁際に追い込まれ、バンザイをさせられる。手にしていた書類がバサッと音を立て落ちた。
腐っても騎士。この男に腕力で適うわけがない。足元からぞくぞくとしたものが這い上がってくる。
「きゃっ、や、やめてください……!」
「大声出していいのか? ……同僚に見られても知らないぞ」
荒い息を吐きながら顔が近づいてくる。
(口づけしようとしている? え? 首? 首に向かっているの? どっちにしても嫌すぎる! やだやだやだ! 気持ち悪い! 触らないで!!)
ぎゅっと目を瞑って大声を出そうと思っても、まるで喉の奥に何かが詰まったように声が出ない。緊張と恐怖で頭が真っ白になったところに、冷ややかな声が聞こえた。
「嫌がる女性を無理やりというのは感心しないな」
人の気配なんて全くなかったのに。
目の前の男もあまりの驚きで慌てて手を緩めた。
はっとして今がチャンスだと気づき、その場にしゃがみ込んで書類を拾う。そのままユリシーズ・バーニーが伸ばしていた腕の下をくぐって抜ける。
そこには信じられないほどの美男子がいた。
目が合った彼はクロエの腕を優しく掴むと、まるでワルツを踊るかのように、ひらりと彼の背中へ隠してくれた。すれ違う時に、ふわっと清涼感のある香りがした。
(美しい男はなんだか香りまでかっこいい気がする……!)
彼の後ろからユリシーズ・バーニーを諫める様子を聞いていると、この美しい男は信じられない言葉を口にするではないか。
「彼女は今夜の私のお相手だ」
「はあ? 何言ってんだ!? おまえ誰だよ」
「『青き夜想曲の貴公子』……テオン・フォンセカといえばわかるかな?」
(こ、この人が有名なテオン様……!)
テオン・フォンセカの美しさにまつわるエピソードはクロエの耳にも学生の頃から自然と入ってきている。もちろん、彼の女性関係にまつわる噂も、だ。
特定の相手はおらず、愛人は五人とも十人とも。気に入れば抱いてくれるという噂もまことしやかに流れていて、ワンチャンを狙って誘いをかける女性もいる。
(え、待って。テオン様、今夜の相手が私って言った?)
クロエはそんな約束をした覚えがないし、そもそも初対面。だけど、すぐに理解した。
(あ、バーニー卿から庇ってくださるためのとっさの嘘か。でも、話を合わせておこう。テオン様の御手付きだと思われれば、処女好きのバーニー卿は諦めてくれるはず)
「ほ、本当なのか? おまえ、そんな野暮ったいくせにテオン・フォンセカを誘うなんて……はっ! 見損なったぞ」
(へ? み、見損なったって……! ううん、いいや。この際だから見損なってもらって大いに結構)
テオンの背中から顔だけを出すと、ユリシーズが怒りと困惑が混ざった顔をしていた。まるで浮気でもされたような顔をしているが、そもそも付き合ってない。
「わ、私にだってお相手を選ぶ権利はあります……」
「聞いたか? そういうわけで、卿は早く持ち場へ戻った方がいい」
「~~~~~っ!」
ユリシーズは棚にわざと肩をぶつけると、どすどすと音を立てながら去って行った。反動で備品のタオルの山がいくつか崩れ、その態度にクロエは呆れる。
(はぁっ、なんとかやり過ごせた……)
クロエはドキドキが収まらない胸に手をあて、大きく息を吐く。テオンにお礼を言わなきゃと顔を上げた先、じっと見下ろしてくるペールブルーの瞳に、せっかく収まった鼓動が再度ドクンと大きな音を立てた。
(わわわっ! す、すごい美男子……!)
「大丈夫だった? 困っている様子だったから割り込んでしまったけど」
「はっ、た、助かりました、テオン様。ああっ! すっすすす、すみません、フォンセカ様っ!」
テオンは胸元のネームプレートへ一旦視線を落とすと、クロエを見つめながらふっと柔らかく笑った。
「テオンで構わないよ。君は……」
クロエは慌てて自己紹介をした。
「はわわわわ、ク、クロエ・ガルシアと申します。テ、テオン様、改めてありがとうございました」
(約束の日まで残り八十五日)
(そ、そんなこと言われても、バーニー卿とデートなんてしたくない……)
一緒に街歩きをしてもいちいち詰られそうだ。完全に上から目線のこの男。そんな人の横で、楽しく談笑するイメージがわかない。
「お、お断りしたはずですし、今は業務中です。……そこを、ど、どいてください」
とにかくこの死角から出たい。人がいる場所へ行った方がいいと頭の中で警鐘が鳴る。それなのに、この男はクロエの逃げようとする態度が気に入らないのだろう。行く手を阻んで立ち塞がった。
「はっ! お高く留まりやがって。俺が相手してやろうって言ってるのに何様だよ」
両手を掴まれたまま壁際に追い込まれ、バンザイをさせられる。手にしていた書類がバサッと音を立て落ちた。
腐っても騎士。この男に腕力で適うわけがない。足元からぞくぞくとしたものが這い上がってくる。
「きゃっ、や、やめてください……!」
「大声出していいのか? ……同僚に見られても知らないぞ」
荒い息を吐きながら顔が近づいてくる。
(口づけしようとしている? え? 首? 首に向かっているの? どっちにしても嫌すぎる! やだやだやだ! 気持ち悪い! 触らないで!!)
ぎゅっと目を瞑って大声を出そうと思っても、まるで喉の奥に何かが詰まったように声が出ない。緊張と恐怖で頭が真っ白になったところに、冷ややかな声が聞こえた。
「嫌がる女性を無理やりというのは感心しないな」
人の気配なんて全くなかったのに。
目の前の男もあまりの驚きで慌てて手を緩めた。
はっとして今がチャンスだと気づき、その場にしゃがみ込んで書類を拾う。そのままユリシーズ・バーニーが伸ばしていた腕の下をくぐって抜ける。
そこには信じられないほどの美男子がいた。
目が合った彼はクロエの腕を優しく掴むと、まるでワルツを踊るかのように、ひらりと彼の背中へ隠してくれた。すれ違う時に、ふわっと清涼感のある香りがした。
(美しい男はなんだか香りまでかっこいい気がする……!)
彼の後ろからユリシーズ・バーニーを諫める様子を聞いていると、この美しい男は信じられない言葉を口にするではないか。
「彼女は今夜の私のお相手だ」
「はあ? 何言ってんだ!? おまえ誰だよ」
「『青き夜想曲の貴公子』……テオン・フォンセカといえばわかるかな?」
(こ、この人が有名なテオン様……!)
テオン・フォンセカの美しさにまつわるエピソードはクロエの耳にも学生の頃から自然と入ってきている。もちろん、彼の女性関係にまつわる噂も、だ。
特定の相手はおらず、愛人は五人とも十人とも。気に入れば抱いてくれるという噂もまことしやかに流れていて、ワンチャンを狙って誘いをかける女性もいる。
(え、待って。テオン様、今夜の相手が私って言った?)
クロエはそんな約束をした覚えがないし、そもそも初対面。だけど、すぐに理解した。
(あ、バーニー卿から庇ってくださるためのとっさの嘘か。でも、話を合わせておこう。テオン様の御手付きだと思われれば、処女好きのバーニー卿は諦めてくれるはず)
「ほ、本当なのか? おまえ、そんな野暮ったいくせにテオン・フォンセカを誘うなんて……はっ! 見損なったぞ」
(へ? み、見損なったって……! ううん、いいや。この際だから見損なってもらって大いに結構)
テオンの背中から顔だけを出すと、ユリシーズが怒りと困惑が混ざった顔をしていた。まるで浮気でもされたような顔をしているが、そもそも付き合ってない。
「わ、私にだってお相手を選ぶ権利はあります……」
「聞いたか? そういうわけで、卿は早く持ち場へ戻った方がいい」
「~~~~~っ!」
ユリシーズは棚にわざと肩をぶつけると、どすどすと音を立てながら去って行った。反動で備品のタオルの山がいくつか崩れ、その態度にクロエは呆れる。
(はぁっ、なんとかやり過ごせた……)
クロエはドキドキが収まらない胸に手をあて、大きく息を吐く。テオンにお礼を言わなきゃと顔を上げた先、じっと見下ろしてくるペールブルーの瞳に、せっかく収まった鼓動が再度ドクンと大きな音を立てた。
(わわわっ! す、すごい美男子……!)
「大丈夫だった? 困っている様子だったから割り込んでしまったけど」
「はっ、た、助かりました、テオン様。ああっ! すっすすす、すみません、フォンセカ様っ!」
テオンは胸元のネームプレートへ一旦視線を落とすと、クロエを見つめながらふっと柔らかく笑った。
「テオンで構わないよ。君は……」
クロエは慌てて自己紹介をした。
「はわわわわ、ク、クロエ・ガルシアと申します。テ、テオン様、改めてありがとうございました」
(約束の日まで残り八十五日)
230
お気に入りに追加
912
あなたにおすすめの小説
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
純潔の寵姫と傀儡の騎士
四葉 翠花
恋愛
侯爵家の養女であるステファニアは、国王の寵愛を一身に受ける第一寵姫でありながら、未だ男を知らない乙女のままだった。
世継ぎの王子を授かれば正妃になれると、他の寵姫たちや養家の思惑が絡み合う中、不能の国王にかわってステファニアの寝台に送り込まれたのは、かつて想いを寄せた初恋の相手だった。
【完結】レスだった私が異世界で美形な夫達と甘い日々を過ごす事になるなんて思わなかった
むい
恋愛
魔法のある世界に転移した割に特に冒険も事件もバトルもない引きこもり型エロライフ。
✳✳✳
夫に愛されず女としても見てもらえず子供もなく、寂しい結婚生活を送っていた璃子は、ある日酷い目眩を覚え意識を失う。
目覚めた場所は小さな泉の辺り。
転移して若返った?!と思いきやなんだか微妙に違うような…。まるで自分に似せた入れ物に自分の意識が入ってるみたい。
何故ここにいるかも分からないまま初対面の男性に会って5分で求婚されあれよあれよと結婚する事に?!
だいたいエロしかない異世界専業主婦ライフ。
本編完結済み。たまに番外編投稿します。
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました
平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。
騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。
そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。
義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。ユリウスに一目で恋に落ちたマリナは彼の幸せを願い、ゲームとは全く違う行動をとることにした。するとマリナが思っていたのとは違う展開になってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる