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向かった先、西エリアにある備品管理課には王宮で使用するあらゆる物が揃っている。城外から来る商人とのやり取りや各課への配給、足りない物の手配などが備品管理課の仕事だ。
倉庫として使われている薄い灰色の棟は出入りが自由。必要な備品を自分で探すことができる。
その代わり、出口で所属先と持ち出す備品を申告することで在庫管理が行われるため、出入りに関してはチェックが厳しい。
出入口の横には事務所があり、管理室として数名が書類仕事に追われ、倉庫では備品の補充や在庫の整理が行われている様子。管理室には依頼や配達、足りない備品の相談など、文官から騎士までが出入りして忙しそうだが、倉庫内にも人がまばらにいるようだ。
「テオン、管理室は忙しそうだから、まずは出入りしやすい倉庫の中を探してみよう。情報によるとクロエ・ガルシアはブラウンの髪にアンバーの瞳の女性だ。名札を付けているから会えばわかると思う。俺は倉庫に入ったら右側から見ていくから、おまえは左側から行け」
「ああ。見つかったら教えてくれ」
「今日はとりあえずこっそりな! こっそり見るだけだぞ」
ルカスと別れたテオンは、薄暗い倉庫の中へ足を踏み入れた。
電灯も等間隔でついているが、備品を天井近くまで高く積み上げているせいで灯りがうまく行き届いていない。死角になる箇所も多く、テオンは動線の悪さに目を細める。
(一体誰が配置したんだ? もっと効率の良い方法がありそうだが)
他人の部署へ首を突っ込む必要はないかと、こげ茶色の髪の女性がいないか辺りを見渡しながら先を進むが、倉庫の中は人影もまばらだった。
ふと、布関連の備品が天井までびっしり詰まった棚の奥に、サラリと金髪が揺れた。何気なく視界に入っただけだったが、声を落として話す内容が耳に届く。
『……おまえみたいな野暮ったい女、誰にも相手にされないだろうからデートしてやるって言ってるんだよ』
『……お、お断りしたはずですし、今は業務中です。……そこを、ど、どいてください』
『はっ! お高く留まりやがって。俺が相手してやろうって言ってるのに何様だよ』
(おまえこそ、何様だよ)
嫌がる女性を無理やりデートに誘おうとしていることは、誰が聞いても明らか。
そのまま聞かなかったふりをしても良かったが、女性を助けたお礼にクロエのことを聞いてみようかとふと思う。
テオンは声がする方へ向かうと、棚の配置が死角を作っていた。
『きゃっ、や、やめてください……!』
『大声出していいのか? ……同僚に見られても知らないぞ』
(クズか)
足早に進んで角を曲がった先、ぽっかりできた死角では群青の騎士服を着た金髪の男が女の腕を掴み、壁際へ追い込んでいた。
「嫌がる女性を無理やりというのは感心しないな」
はっとした金髪騎士が女から手を離すのと同時に、女が男の腕の中からするりと抜けた。
テオンは彼女の腕を引き、その体を自分の背中へ隠す。胸まであるこげ茶色のおさげ髪に黒ぶち眼鏡、その奥のつぶらな瞳が驚きで見開いている。
まだあどけなさが残る幼い顔立ちの女性は化粧っ気もない。田舎から出てきたばかりの新人といった感じだ。
金髪騎士は流れるような動きに呆気に取られていたものの、むっとした表情でテオンを咎め始めた。
「おい、部外者が口を挟むな。俺たちはちょっとした痴話げんかをしていただけだ。立ち入らないでもらいたい」
「そうなの?」
背後にいる女性に聞くと「違います」と消え入りそうな声がする。テオンは騎士の男をじっと見つめた。
「君、騎士道を学んでいないのかい? 文官の私でも知っているよ。嫌がる女性にしつこくまとわりつくことは騎士のすることじゃない。それに」
テオンは騎士に向かって、貴族らしい完璧で美しい微笑みを浮かべた。
「彼女は今夜の私のお相手だ」
「はあ? 何言ってんだ!? おまえ誰だよ」
「『青き夜想曲の貴公子』……テオン・フォンセカといえばわかるかな?」
倉庫として使われている薄い灰色の棟は出入りが自由。必要な備品を自分で探すことができる。
その代わり、出口で所属先と持ち出す備品を申告することで在庫管理が行われるため、出入りに関してはチェックが厳しい。
出入口の横には事務所があり、管理室として数名が書類仕事に追われ、倉庫では備品の補充や在庫の整理が行われている様子。管理室には依頼や配達、足りない備品の相談など、文官から騎士までが出入りして忙しそうだが、倉庫内にも人がまばらにいるようだ。
「テオン、管理室は忙しそうだから、まずは出入りしやすい倉庫の中を探してみよう。情報によるとクロエ・ガルシアはブラウンの髪にアンバーの瞳の女性だ。名札を付けているから会えばわかると思う。俺は倉庫に入ったら右側から見ていくから、おまえは左側から行け」
「ああ。見つかったら教えてくれ」
「今日はとりあえずこっそりな! こっそり見るだけだぞ」
ルカスと別れたテオンは、薄暗い倉庫の中へ足を踏み入れた。
電灯も等間隔でついているが、備品を天井近くまで高く積み上げているせいで灯りがうまく行き届いていない。死角になる箇所も多く、テオンは動線の悪さに目を細める。
(一体誰が配置したんだ? もっと効率の良い方法がありそうだが)
他人の部署へ首を突っ込む必要はないかと、こげ茶色の髪の女性がいないか辺りを見渡しながら先を進むが、倉庫の中は人影もまばらだった。
ふと、布関連の備品が天井までびっしり詰まった棚の奥に、サラリと金髪が揺れた。何気なく視界に入っただけだったが、声を落として話す内容が耳に届く。
『……おまえみたいな野暮ったい女、誰にも相手にされないだろうからデートしてやるって言ってるんだよ』
『……お、お断りしたはずですし、今は業務中です。……そこを、ど、どいてください』
『はっ! お高く留まりやがって。俺が相手してやろうって言ってるのに何様だよ』
(おまえこそ、何様だよ)
嫌がる女性を無理やりデートに誘おうとしていることは、誰が聞いても明らか。
そのまま聞かなかったふりをしても良かったが、女性を助けたお礼にクロエのことを聞いてみようかとふと思う。
テオンは声がする方へ向かうと、棚の配置が死角を作っていた。
『きゃっ、や、やめてください……!』
『大声出していいのか? ……同僚に見られても知らないぞ』
(クズか)
足早に進んで角を曲がった先、ぽっかりできた死角では群青の騎士服を着た金髪の男が女の腕を掴み、壁際へ追い込んでいた。
「嫌がる女性を無理やりというのは感心しないな」
はっとした金髪騎士が女から手を離すのと同時に、女が男の腕の中からするりと抜けた。
テオンは彼女の腕を引き、その体を自分の背中へ隠す。胸まであるこげ茶色のおさげ髪に黒ぶち眼鏡、その奥のつぶらな瞳が驚きで見開いている。
まだあどけなさが残る幼い顔立ちの女性は化粧っ気もない。田舎から出てきたばかりの新人といった感じだ。
金髪騎士は流れるような動きに呆気に取られていたものの、むっとした表情でテオンを咎め始めた。
「おい、部外者が口を挟むな。俺たちはちょっとした痴話げんかをしていただけだ。立ち入らないでもらいたい」
「そうなの?」
背後にいる女性に聞くと「違います」と消え入りそうな声がする。テオンは騎士の男をじっと見つめた。
「君、騎士道を学んでいないのかい? 文官の私でも知っているよ。嫌がる女性にしつこくまとわりつくことは騎士のすることじゃない。それに」
テオンは騎士に向かって、貴族らしい完璧で美しい微笑みを浮かべた。
「彼女は今夜の私のお相手だ」
「はあ? 何言ってんだ!? おまえ誰だよ」
「『青き夜想曲の貴公子』……テオン・フォンセカといえばわかるかな?」
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