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 ヴェルシャンテール王国では社交シーズンも佳境を迎え、地方からも多くの貴族が首都に集まっていた。王宮の大広間は、美しいシャンデリアから降り注ぐ柔らかな光に包まれている。

 今年二十五歳のテオンは王城で文官として働く子爵家の三男。この夜会は強制参加とあって今日は文官を示す黒い上下の制服と所属を示す煉瓦色のコートを脱ぎ、シルバーの刺繍で装飾が施された濃紺のジャケットを着用している。

 月のようなシルバーの髪によく映え、ひんやりとしたペールブルーの瞳を引き立てていた。

 ともすれば冷たいと思われがちな完成された美貌を持つテオンだが、貴族らしいアルカイックスマイルを欠かさない。常に微笑を称える姿は本心がわからず、人によっては腹黒く感じるという者もいる。だけど、その作られた笑顔が自分に向けられたものだと信じて疑わず、好意と受け取る者も多かった。

 弦楽器の演奏が優雅に響き渡る中、華やかなドレスやタキシードを身に纏った貴族や高官たちが会話を楽しむ様子を横目に、テオンは人の合間を縫っていく。

『まあ、青き夜想曲の貴公子だわ。どちらへ行かれるのかしら』
『ごきげんよう、テオン様。あ……、お急ぎでしたか』

 この国最高峰の美男子から声を掛けられようとソワソワする令嬢たちを軽くいなし、一通りの挨拶を終えるとテオンは談話室へと向かっていた。

『青き夜想曲の貴公子』の二つ名があるテオンは、この国で最も美しい男といわれている。

 洗礼を受けた教会では天使が舞い降りたと街中の噂になり、ひとたび外を歩けば老若男女を魅了した。屋敷に不法侵入を試みた令嬢が数知れずいるというのは有名な話だ。

 十二歳の時には学園から寮生活は令嬢から操を守れるか不安、警備の問題があるとのことで入寮を断られたエピソードまである。

 無事に王宮への就職が決まった際も、その配置にはひと悶着あったことも有名だった。

『優秀だとは聞いているが……君のその美貌に自分の娘や婚約者が惚れでもしたら政略結婚がご破算になってしまう。年頃の娘を持つ大臣や婚約者がいる者たちが嫌がってね』

 各省のトップや管理職たちはテオンの配属を嫌い、選択肢はわずかしか残っていなかった。

 人事部は申し訳なさそうにしていた。

『フォンセカ君、すまない。今期、成績トップで採用された君が優秀なことはわかっているんだが、希望する貿易関連や外交関連の部署へは配属が難しそうだ』

 その優秀さは万人が認めるものの、テオンの配属先に関しては多くの者が頭を痛めたのだ。

 結局、最終的に配属されたのは、書類の複製や保管を行う文書保管課。文官の配属先としては可もなく不可もなく、どちらかというと地味な部署で閑職である。

 テオンははっきり言って燻っていたが、苦悩で歪んた顔さえも美しかった。

『テオン。普通、容姿で苦労するという言葉は逆の立場の者が使うんだが、おまえは許す』

 とは、幼馴染みであるルカスの言葉だ。

 朝から晩までかかって磨き上げた高位貴族の女性だって、寝起きでぼさぼさのテオンには敵わない。むしろ、色気が駄々洩れだと称賛する者が後を絶たないだろう。

 目鼻立ちは彫刻のように完璧なバランスを保ち、心を見透かすような透き通ったペールブルーの瞳は、相手の視線を一度捉えたら離さない。高く通った鼻筋は美しい曲線を描き、上品で風格を漂わせていた。

 それに加え、夜空の下でも輝く銀髪が色気まで加えてしまうのだから質が悪い。

 理想の男性像を彫り上げたような罪深きテオンは、容姿に加え才知も携えている。

 美しい男を王宮内で狙っている女性が多いのは当然なのだが、テオンの罪はこれだけではなかった。

 女性関係が派手なのだ。

『テオン。おまえは恋人を作らないのか?』
『ああ。今の生活が気楽でいい』

 そもそもここヴェルシャンテールは性に関係して大変奔放な国。

 国として人口増加計画を立てていることで、「それには子づくりが大切だよね、そのためには体の相性が重要だから確認してから結婚した方がいいよね」という感じなのだ。

 婚前交渉を推奨しているから処女性も重要視されていない。

 どんな高位の貴族女性であっても、純潔で嫁がなければならないという考えはもはや古いとされていた。

「なんなら婚約中に試しておきましょう、合わないようなら政略結婚も見直した方がいいですね」

 という具合だ。

 政略結婚に望まれているのは双方の家門の強い結びつき、強いて言えば両家門の血を引く跡継ぎが欲しいわけで、相性が悪いのならお互い不幸になる前にやめておこうというわけである。


 そんなテオンが夜会を抜けて向かっているのは談話室。

 歩き慣れた王宮の廊下を進むと、扉を開けたそこには慣れ親しんだ悪友たちがいた。

 すでに室内には燻らせたパイプの木の香りや香料、ワインの香りが充満しているが、宴はまだ序盤である。この時間に談話室にいる者など、彼らしかいない。

 炎のような鮮やかな赤髪の幼馴染み、ルカス・ヴァンダーブルックはテオンに気づくと、片手を挙げる。テオンは彼らの元へ行くと、革張りの黒いソファに深く体を沈めた。

「おい、テオン。昨日もお楽しみだったんだって? 何番目の恋人だ?」
「ルカス、人聞きの悪いことを言うな。俺に恋人がいたことは一度もいない」

 オールバックにした銀髪をなでつけながら、テオンが答える。神秘的なペールブルーの瞳。同性と言えども免疫がなければ頬を染めてしまうだろうが、ルカスは物心ついた頃からの幼馴染みだ。

 長い脚を組みなおす罪深い友人にルカスはため息をついた。

「神々しいまでのその美貌を、神はなぜ男にお与えになられたのか……。おまえが女だったら今すぐ休憩室に連れ込むのに」
「……おい」

 大げさに嘆くルカスを小突きながら、テオンは眉をひそめた。

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