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第一部 力の覚醒

第5話 絶望と、出会い

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 そう、リチャードとジョイルは共謀していた。
 哄笑と共に語られた真実は、ミリエラの心をいとも容易く壊した。
 長年殺し続けたきた心に再び宿った光を――瞬く間に摘み取られたのだから。

 ミリエラは弁明の言葉どころか、息をすることすら困難だった。

「テメェんとこのアーギュスト家、ありゃホント馬鹿の集まりだよなぁ! いつ思い出しても笑いが止まらねえぜ」

 笑いながらリチャードがゆらりと近寄る。
 事の顛末は、アーギュスト家の愚かさを集約したようなものだった。

 まず愚かさの発端は母メネスだった。
 五年ほど前、パーティで偶然出会ったリチャードと不貞。
 しかも誘ったのはメネスからで、鬱憤の溜まっていた生活から単に若い男と遊びたかったのだとか。
 リチャードが撮影していた映像をネタに強請った結果、ジョイルが持ちかけたものが、ミリエラを共謀して売り捨てることだった。

 アーギュスト家に三人の娘がいることは周知の事実ではあったが、十三年前の事件以降アルネスしか公共の場に姿を現さず、家の誰もが頑なに残り二人の話題をしようとしないので、他の貴族たちは何か言いにくい病か何かと闘病しているか、亡くなったものだと勝手に解釈していた。

「しかもアルネス? お前のバカ姉だよ! 親を全く信用してないあの女、お前が売れなかったら今度は自分が売られると勘違いしたんだろうなァ。ビビりながらノコノコとオレの元にやってきて、私のことは絶対に売らないでくださいとオレに抱かれやがった」

 ……そんな。
 私が幽閉されている間に、家族みんなが、そんなことになっていたなんて……。

 確かに思い返してみれば、ある時期からメネスとアルネスの虐めは激しくなっていた気がする。
 だがその裏にこんな事実があったとは。自分の家族の変わりように、ミリエラはただ虚しくなるばかりだった。

「爵位の低い相手に抱かれにくるとは、とんでもねェ愚かモンだよなァ。あぁ、その時一緒に結婚の話も持ちかけられたが、勿論ノーだ。一発終わった後に断ってやった。その時のあのバカの顔と来たら! ハハッ、つまりあのバカ女は婚前交渉と言う結果と、追加の強請りネタだけを落としてったってワケだ。ハハハハ……一応その後の契約書のせいで、この話は内密にってジョイルと契約したからな。久々に話して良い相手が来てオレは満足だ!!」

 高揚したリチャードがミリエラを蹴り飛ばす。繕っているだけの小汚いドレスは最後の悲鳴と共にいよいよ限界を迎え、袈裟懸けに大きく破れてしまった。

「さ~て、満足。これ以上お前を屋敷に入れておいたらオレも呪われるかもしれんな、ハハッ。魔女を抱くってのも面白そうだが、相手先は処女をお望みだ……オイ、もたもたと寝転がってんじゃねェ、早く立ちやがれ」


 リチャードが呼び出しの魔術具を鳴らすと、貴族の邸宅には一生縁の無さそうなガラの悪い男が二名入ってきた。

「旦那ァ、今回の依頼はちょっと出来過ぎやぁしませんかい? 女一人運ぶだけで百万ロックスずつなんて、俺ら下賤のクズは一年以上余裕で生きられますぜ」
「おいおい、変なこと言って旦那の気が変わっちゃァたまらねぇ。早く運んじまおうぜ!」

 そう言って大男の方が乱暴にミリエラの腕を引っ張り起こす。勢いで肩が外れそうだ。

「うぉっ、意外とイイじゃねぇか」
「この学無しが。その女の目見てみろ、悪魔の色だ」
「は~? 俺は悪魔だろうが魔女だろうが抱けるぜ」
「バカどもが。オレの部屋で話すな、卑しさが充満する。その薄汚い女を連れてとっと失せろ」
「へいへい旦那。報酬の方、用意しておいてくだせぇよ」
「当たり前だ。それと事前情報で分かってるだろうが、女は処女のまま売れ」
「ヒ、ヒィッ……! 分かってますって、もちろんでさァ!」


 二人に引きずられるようにして邸宅を後にする。ミリエラを乗せてきたアーギュスト家の馬車は既にどこにもなく、あるのは薄汚れた小さな馬車だけだ。

 ああ、本当に売られるんだ。そういえば敗戦した敵国の貴族の奴隷は最低でも五百万ロックスを超えると、メネスかアルネスが度々言っていた気がする。
 でも、運び屋にさえあんな大金を……。
 と言うことはやはり、こんな痩せこけた私は奴隷ですらないのだ。

 実験体。

 これまで受けてきた暴力とは多分、決定的に違うんだろう。
 魔術で身体中を弄られ、壊され、再生され、何かの目的のために繰り返し、繰り返し、ヒトの形をしているだけの便利なモノとして、一生という概念すら破壊され、細胞の最後が朽ち果てるまで、弄ばれるんだろう。

 読んできた古書の中に、何かを叶えるために魔法で人体実験を繰り返していた悪魔の話があった。
 それが、ちょうど、こんな感じだった。

 どうして、こんなことに……。

 十年以上ぶりにティアの事を鮮明に思い出したミリエラは、精神性が少しだけ、幼い頃のものに戻っていた。
 それ故、心が傷つくと言う状況が久方ぶりに起きる。

 何も目に入らず、耳に入らない。何もかもが心の奈落に沈んでいく。しかし大男にグイと乱暴に肩を掴まれ、防衛本能からか、意識が復活した。

「なぁオイ嬢ちゃんよぉ。もう山奥まで来たし、キスくれぇは許されるよなぁ? あ、ついでに胸も触っとくか」
「ひっ」
「バ~カ野郎! 今回はナントカ研究所とか言うワケのわからねぇトコに届けるんだ。奴隷犯すなんざいつでも出来る、今回はヤメとけ!」
「けっ、しょうがねぇ。まぁ笑えるほど金も入るし、今回はそれで――」

 突如、馬車が崩壊した。薄い板の上に尻餅をつくが、不思議と大した衝撃はない。何の衝撃音も立てず、ただ静かにバラバラになったのだ。板切れと化した元馬車が地に散乱する音だけが響く。

 誰も、状況を読めず唖然としている。
 その崩壊の原因が"斬り壊された"からだと言うことに三人が察せたのは、眼前に立つ無表情の男が剣を構えていたからに他ならない。馬に至っては馬車と切り離されたことに気づかず、そのまま加速して走り去っていく。
 それほどまでに、何が起きたのかわからなかった。

 男が口を開く。

「……貴様らが、最近王国を騒がせている……人攫いだな。ここで観念しろ」

 訥々とつとつと語るその声の高さはどこか少年に近いものを思わせるが、憂いのような、儚さのような、そんな含みを持っていた。だが既に引き結ばれた口元からは、一切の表情が読み取れない。
 更に、月明かりに彩られた少し癖のある銀髪、そしてその下から覗く鋭い灼眼は、神話時代の高貴な狼が人の姿を取ったものだと言われても信じてしまいそうなほど。

 人とほとんど会ったことのないミリエラですら、その美しさに思わず息を呑んだ。
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