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第一部 力の覚醒
第3話 淡い夢
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「嫁、いで……って、結婚ですか?」
意味を計り損ねてしまって、疑問顔を向ける。
「そうだ。お相手はヘンデル男爵家の嫡男、リチャード卿だ」
「え、えと」
当然のように話を進めようとするジョイルだったが、ミリエラは理解が追いつかない。
それもそのはずだ。
母や姉からは魔女だと罵られ続け、奴隷以下の暮らしを強制させられてきた。
父に至ってはいつぶりに顔を合わせたのか、思い出すことすら困難だ。
こんな私が、結婚?
「リチャード卿! なんてことでしょうミリエラ、あの手のつけようの無いワガママ男がお相手ですって!」
「気に入らない相手はその場で斬り殺したこともあるとか、ああ怖い怖い」
「でも良かったじゃない。娘として初めて、我が家に貢献できるのよ」
視界の隅で誰か二人が笑っているが、意識に入ってこない。
結婚、ってことは……。
この家から、出られる!?
「悪いが、出発はこのあとすぐだ。メイドに用意をさせる」
ジョイルは相変わらず無表情で、淡々と告げた。
……家から出られる。
家から出られる!
幽閉生活の中、辛かったことがいくつかある。
食事や水の少なさ。
家族からの扱いが一変してしまったこと。
ティアは亡くなったと言われたこと。
……ティアとミリエラを、最初からいなかったものとして扱うようになっていたこと。
そして、外の景色を全く見ることができなかったこと。
光と言えば、格子の隙間から僅かに差す陽光だけ。
辛くも古書に触れ続けることで生きる気力を保ってきたミリエラにとって、外の世界に触れられないことは日に日に辛さとしてのしかかってきた。
ティアがなぜ亡くなったかは教えてもらえなかった。
最初は寂しくて頭が回らなかった。
が、せめて太陽のように周りを元気にしていた彼女のようになりたい、と思うようになっていた。
最初だけは。
幽閉生活の中で、ミリエラのその淡い夢は、実の家族によって打ち壊された。
話しかけても無視をする、暴力で黙らせる。
埃まみれの床にばら撒かれ踏みつけられた食事を食べさせられ、速度が緩めばすぐぶたれる。
お気に入りの本を目の前で燃やされる。その灰を食べさせられる。
……。
思い出したらきりがない。
とはいえミリエラにとっては家族が突然自分を醜いモノを見る目で接してくることが、何より辛かった。
余計なことを話せばぶたれるので、彼女らが浴びせてきた罵詈雑言の中から状況を把握するしかない。
どうやら、あの日ジョイルは敵も味方もほとんどが全滅し、なんとか帰ってきたらしかった。
そして、その責任を取らされる中でアーギュスト家は落ちぶれ、日に日に貧しくなっていった。
それら諸悪の根源は、あの夜『魔女』になったオマエのせいだ、と。
魔女だ悪魔だと罵られ続けていたが、ミリエラに起きたことは瞳の色が変化してしまっただけで、実際に何かの魔術を発動したりはしていない。
それでも忌むべき色をしていると理由だけで、彼女は幽閉され続けてきたのだ。
本人からしたら理不尽極まりないこの状況は、日を追うごとにミリエラの気力を奪い続け、淡い夢など容赦なく消し去ってしまった。
「何してるのグズ、話は済んだんだから早く部屋から出なさいよ」
「お父様のお部屋が呪われたらどうするワケ!? さっさと動きなさい」
何かが騒いでいるが、今のミリエラには届かない。
そう、彼女は今、十年以上も前に抱いた淡い夢を、不意に思い出していたのだ。
外に出られれば。この家じゃなければ。
私も、ティア姉様のように……!
(誰かに、元気を与えられる人になれるかもしれない)
(がんばりたい……!)
「そそそ、その結婚、いいいいつでしょうかっ」
「出発はこのあとすぐだと言っただろう。それと、その目では行かせられない」
裏返り、吃るミリエラに対し呆れ顔を隠そうともせずジョイルは言う。
そして魔術式を起動し、彼の目が青く発光する。
「起動――肉体変容」
「ぎぁっ」
目に何かが入り、電気のような衝撃が走る。
「瞳の色を碧に変えた。良いか、この魔術は一生、解いてはならんぞ」
「わ……わかりました」
目に痛みの残滓を感じながら、無表情なメイドに連れられてミリエラは部屋を後にした。
胸のうちに戻った、淡い夢を噛み締めて。
意味を計り損ねてしまって、疑問顔を向ける。
「そうだ。お相手はヘンデル男爵家の嫡男、リチャード卿だ」
「え、えと」
当然のように話を進めようとするジョイルだったが、ミリエラは理解が追いつかない。
それもそのはずだ。
母や姉からは魔女だと罵られ続け、奴隷以下の暮らしを強制させられてきた。
父に至ってはいつぶりに顔を合わせたのか、思い出すことすら困難だ。
こんな私が、結婚?
「リチャード卿! なんてことでしょうミリエラ、あの手のつけようの無いワガママ男がお相手ですって!」
「気に入らない相手はその場で斬り殺したこともあるとか、ああ怖い怖い」
「でも良かったじゃない。娘として初めて、我が家に貢献できるのよ」
視界の隅で誰か二人が笑っているが、意識に入ってこない。
結婚、ってことは……。
この家から、出られる!?
「悪いが、出発はこのあとすぐだ。メイドに用意をさせる」
ジョイルは相変わらず無表情で、淡々と告げた。
……家から出られる。
家から出られる!
幽閉生活の中、辛かったことがいくつかある。
食事や水の少なさ。
家族からの扱いが一変してしまったこと。
ティアは亡くなったと言われたこと。
……ティアとミリエラを、最初からいなかったものとして扱うようになっていたこと。
そして、外の景色を全く見ることができなかったこと。
光と言えば、格子の隙間から僅かに差す陽光だけ。
辛くも古書に触れ続けることで生きる気力を保ってきたミリエラにとって、外の世界に触れられないことは日に日に辛さとしてのしかかってきた。
ティアがなぜ亡くなったかは教えてもらえなかった。
最初は寂しくて頭が回らなかった。
が、せめて太陽のように周りを元気にしていた彼女のようになりたい、と思うようになっていた。
最初だけは。
幽閉生活の中で、ミリエラのその淡い夢は、実の家族によって打ち壊された。
話しかけても無視をする、暴力で黙らせる。
埃まみれの床にばら撒かれ踏みつけられた食事を食べさせられ、速度が緩めばすぐぶたれる。
お気に入りの本を目の前で燃やされる。その灰を食べさせられる。
……。
思い出したらきりがない。
とはいえミリエラにとっては家族が突然自分を醜いモノを見る目で接してくることが、何より辛かった。
余計なことを話せばぶたれるので、彼女らが浴びせてきた罵詈雑言の中から状況を把握するしかない。
どうやら、あの日ジョイルは敵も味方もほとんどが全滅し、なんとか帰ってきたらしかった。
そして、その責任を取らされる中でアーギュスト家は落ちぶれ、日に日に貧しくなっていった。
それら諸悪の根源は、あの夜『魔女』になったオマエのせいだ、と。
魔女だ悪魔だと罵られ続けていたが、ミリエラに起きたことは瞳の色が変化してしまっただけで、実際に何かの魔術を発動したりはしていない。
それでも忌むべき色をしていると理由だけで、彼女は幽閉され続けてきたのだ。
本人からしたら理不尽極まりないこの状況は、日を追うごとにミリエラの気力を奪い続け、淡い夢など容赦なく消し去ってしまった。
「何してるのグズ、話は済んだんだから早く部屋から出なさいよ」
「お父様のお部屋が呪われたらどうするワケ!? さっさと動きなさい」
何かが騒いでいるが、今のミリエラには届かない。
そう、彼女は今、十年以上も前に抱いた淡い夢を、不意に思い出していたのだ。
外に出られれば。この家じゃなければ。
私も、ティア姉様のように……!
(誰かに、元気を与えられる人になれるかもしれない)
(がんばりたい……!)
「そそそ、その結婚、いいいいつでしょうかっ」
「出発はこのあとすぐだと言っただろう。それと、その目では行かせられない」
裏返り、吃るミリエラに対し呆れ顔を隠そうともせずジョイルは言う。
そして魔術式を起動し、彼の目が青く発光する。
「起動――肉体変容」
「ぎぁっ」
目に何かが入り、電気のような衝撃が走る。
「瞳の色を碧に変えた。良いか、この魔術は一生、解いてはならんぞ」
「わ……わかりました」
目に痛みの残滓を感じながら、無表情なメイドに連れられてミリエラは部屋を後にした。
胸のうちに戻った、淡い夢を噛み締めて。
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