ヴァーミリオンの絵画館

椿

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小話 絵画初期化(記憶喪失)-2

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【Vol.2 第二階層 カガリ】
 
 第二階層。人物画が展示されているここは、いつも人々の声で活気に満ちている。しかし、今日は何というか、それよりもどこか種類の違う賑やかさがあるように思えた。
 展示室の入り口付近から順番に絵画を見ていくが、描かれた人物が不在にしている絵画も多い。何処か一つの場所に人が集中しているようだ。
 グレイとオークルは一度視線を合わせ、互いの意識を感覚的に共有した後、絵画の中へと立ち入る。そしてそのまま人の流れに沿って歩みを進めた。その先に目的の人物が居るだろうことを直感的に想像できていたからだ。
 そして案の定、行き着いた場所に人だかりができているのを発見する。
 その人の数は、階層中の絵画全部を集めたのかと思えるほどで、流石、第一階層の次に絵画数が多い第二階層…とでも言うべきか、壮観だ。
 
「多分カガリさん……ですよね?」
「ああ。だが人が多くて、中心がどうなっているのか見えないな」
 
 気持ちばかり背伸びして状況の把握に努めようとするグレイとオークルの2人。
 そんな中、目の前の人だかりで空気を揺らすどよめきが起こった。何事かとグレイが身を固くしたその瞬間、すぐそばで人込みを掻き分け出てきたのは、自然と目を惹く炎色の髪の持ち主。
 
「カガリさん!」
 
 探していた人物が目の前に現れた興奮に、思わず声が出る。それに気付いた彼はこちらに視線を向けて──、
 
「助けてくれ!!」
「「!?」」
 
 
 *
 
 
「だって~何だか反応が初々しいんだもの。何も知らなくて純粋って感じで。いつも飄々としてるから、焦った顔とかが見れるのは今だけだと思ってぇ…」
「最近刺激がなかったから丁度いいおもちゃ…ンン゛ッ!丁度いいカガリさんなんだよ!」
「お願い!もうちょっとだけ楽しませて!ねっ?」
 
 興奮した様子が伝わる絵画達の意見に気圧されながらも、チラリと後ろを振り返る。グレイらの背に守られているカガリは、どこか哀愁漂う顔で自身のはだけた服を正していた。
 いったい何をされていたんだ……。
 何とも言えない気分になっていると、先程カガリのことをおもちゃ扱いしていた人物が、「カガリさーん!」とグレイの後方へ呼びかけるよう声を張る。
 
「清掃スタッフだからって信じていいんですか?何されるか分かりませんよ?」
「オイオイ、もう騙そうったって無駄だぜ」
 
 カガリはそう言ってはっはっは、と朗らかに笑いながらも、少しずつグレイ達から距離を取っていた。
 真に受けてる!!
 
「だ、大丈夫ですよ!俺達はただ貴方の状況と安全を確認しに来ただけですから!」
「いくら慕っているからといって、あまり揶揄い続けるのは良くないですよ」
 
 絵画達ももうだいぶ満足はしていたのか、オークルのそのたしなめに「ごめんごめん、つい」なんて明るく謝罪して、徐々にバラけていく。
 密集が解けていく絵画内で、ほ、と息を詰めていた三人の溜息が出た。
 
 
 *
 
 
「大体の状況は聞いてっから、改めての説明はいらねェよ。記憶喪失、なんだってな。自分の生い立ち設定と、絵画だって事は自覚してんだが、確かにその他はさっぱりだ。さっきも助けてくれてありがとな。……だがアイツら、多分記憶のない俺を一人で不安がらせねェよう気ィ紛らわせてくれてたんだろうよ。いい奴らだ」
 
 にっ、と何の曇りもなく笑ったカガリの眩しさに、グレイ達は揃って反射で目を細めた。
 あれだけもみくちゃにされ、騙されておいて、出てくる評価が「いい奴ら」って。人がいいにも程がある。
 そして、やっぱり何だか若々しい。笑い方にあまり含みというか…色気に近いものがなく、全体的に爽やかなのだ。
 
「前までのカガリさんが熟して甘みの増したバナナだとすると、今のカガリさんはまだ青みの残った…」
「お前そのメモの文面で本当に大丈夫か?」
 
 他の絵画達が揶揄って可愛がりたくなるのも少し分かる気がするな、なんて頬を緩めながら書きつけていると、ふと用紙に陰がかかる。
 反射で顔を上げるグレイ。その視界を埋めつくしていたのは、カガリの男前な顔面だった。
 毛先が触れ合う距離に、目と目が合う。
 
「どわあ!!」
「おわっ!?」
 
 咄嗟に飛び退いたグレイと、そんなグレイに驚いたカガリがほぼ同じタイミングで叫び声をあげた。
 毛を逆立て、小さな心臓をバクンバクンと激しく打ち鳴らしながら固まるグレイ。そんなグレイの反応と、急に間隔の空いた距離を、カガリはポカンと呆けた顔で見ていた。
 まずい。カガリさんが俺に近づく時といえば必ずセクハラされるのがセットだから、露骨に避けてしまった。
 でも、今のカガリさんには記憶がないから、
 
「ぁ、悪りィ、近かったな。何書いてんのか見たかっただけだ。危害を加えようとか思ったわけじゃねェ…」
「うぐぅ…!」
 
 シュン、と肩を落としたカガリの力ない笑みに、グレイの罪悪感がこれでもかという程刺激される。
 そんな殊勝な態度、元のカガリさんなら絶対に取らない。……いや絶対は言い過ぎかもしれないが、基本こんな感じで下手に来られる時は、直後にコロっと態度が変わって騙されるのが定石なのだ。
 しかし実際にそんな経験をしてきたからこそ、グレイは今のカガリの態度が本心からのものだと分かった。
 なんというか、まるで邪気を感じない。
 
「いや、あの、ごめんなさい…。元のカガリさんによくセクハラされてたので、その、逃げ癖がついてまして…」
「何してんだ元の俺!?そ、そりゃあ悪い事したな…元の俺が……」
 
 申し訳なさそうな、はたまた呆れ果てたような、何とも複雑な表情で頭を抱えたカガリが、記憶のない頃のことでグレイに謝罪をする。
 そうやって丁寧に頭を下げられたグレイは、
 
「俺、カガリさんはこのままが良いと思います」
「おい」
「俺ァ喜んでいいのかそれ?」
 
 その後、「もう行っちまうのか…?」と少し寂しそう…というか、他の絵画という狩人が居る中で一人残されるのを恐れていそうなカガリに引き留められ、哀れみを抱いたグレイ達はまたもそこそこの時間第二階層に居座ってしまった。
 最後は、絵画達にカガリさんをあまり揶揄わないよう言い含めてから、気丈に笑顔を見せる彼に胸を痛めつつ出てきた次第だ。
 ……この調子だと、第八階層に辿り着く頃には日が暮れてしまっているかもしれない。急がなければ…!
 
 
「セクハラがなければな~~!」
「さっきの様子を見たら、描かれた直後にはそんな特徴はないみたいだったな」
「絶対あれ周りの悪影響受けてますよ!」
 
 
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