ヴァーミリオンの絵画館

椿

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『 Place : Curator's office 』

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BOOTHにてboostをくださった方限定でお送りしていたペーパーでした。
今後紙でお渡しする機会がなさそうなので公開します。
館長室でのグレイ、オークル、ゴールド三人の話です。その節はありがとうございました!

*


 
「やはり何度見ても素晴らしいですね……」

 館長室に飾られた、眠る青年が描かれている絵画。それを見上げるオークルは、ほう…、ともう何度目か分からない感嘆の溜息を零していた。

「睡眠は人生の3分の1を占めると言われている人間にとって無視することの出来ない生理活動で昔から様々な画家によって描かれている大きな題材の一つですがヴァーミリオンの作品はその特性から生きて動く事を魅力的に表現したものが多いですからそういう作品は無いものと無意識に決めつけてしまっていた自分を猛烈に恥じました動く絵画であえて眠りという静の部分を表現する挑戦は流石ヴァーミリオンと言うべきか背景を明確に描かず黒一色にすることによって中心の人物の姿をはっきりと浮き上がらせている描写の仕方もさることながらこの生真面目な性格まで透けて見えそうな精悍さのある美青年の、」

「君結構ナルシストなんだ」
「息遣いが……はい??ナル…??」

 オークルの怒涛の講評を止めたのは、横で同じ絵画を見上げながら薄笑いを浮かべるゴールドだ。言われた言葉の意味は分かっても、その真意を読み取れず困惑するオークルを華麗にスルーした彼は、次いで逆隣に立っているグレイへと顔を向けた。

「それで、グレイ君はそんなふうに目を逸らしてどうしたのかな」

 件の絵画に掠りもしない方向へと視線を飛ばしているグレイは、そのままの状態で告げる。

「いえっ、何でもありません!」
「素敵な絵だよね?」
「はいっ、俺もそう思います!」

 依然明後日の方向を見続けるグレイに、ゴールドは「ふーん…」と感情の読み取れない返事をして、

「……えい☆」

 グレイの顔を、強制的に絵の方向へ動かした。

「うっ、わあぁああ!!」

 室内に響き渡る大声。両頬に当てられていたゴールドの手を振り払う、取り乱しきった態度。明らかに場違いなグレイの過剰反応に、ゴールドとオークルは呆気にとられたように目を丸くする。
 そしてそんな二人の姿を認めて漸く、グレイは自身の失態を悟った。
 ゴ、ゴールド館長の手を払ってしまった!!

「すっすみませんすみませんっ!!ちょ、っと、ここっ怖くて!!」
「怖い?」

 非礼を詫びるために勢いよく頭を下げると、その際に告げた言い訳じみた言葉が引っかかったらしい。ゴールドから不思議そうに聞き返され、グレイの背中にじわ、と冷汗が滲む。
 その問いに、どう返そうか迷った。
 言い訳を重ねるのはどうなんだ、などとゴールドからの印象を気にしているわけではない。彼が今、純粋に疑問に思ったことを聞いているだけだというのはグレイにも分かっていたから。
 ……気になるのは寧ろ、『絵画』の方だった。
 しかしこのまま上司の問いかけを無視するわけにもいかず。グレイはうろうろと視線を彷徨わせつつも、最終的に意を決して口を開く。

「お、怒ってる、ので……っ」

 絵画に聞かれないよう声量控えめに告げたそれに、ゴールドが大きく目を見開いたのが分かった。同様に聞こえていたらしいオークルは「怒ってる?」と、折角小声で言ったグレイの意図を介さぬまま復唱する。
 せ、せんぱーーいっ!!不思議そうに小首を傾げてるその姿が可愛いから許しますけどせんぱーーい!!
 …まあ、咄嗟に出た『怖くて』という言葉は確実に聞かれてるわけだし、今更どうあがいてもという感じではあるのだが……。

「あ、今眉間に少し皺が…、」
「ひえっ」

 絵画の反応を実況するオークルに、グレイの心臓はきゅっと冷たく引き絞られた。
 怒っている、というのは勿論、そんな気がする、程度の感覚的な話だ。怖さの種類も、第六階層や第七階層で感じるような命を脅かされるレベルのそれとはまた違う。
 ……何というか、親や、学校の先生にお説教をされているような。あとは例えばオークル先輩のような真面目で隙のない人に、自分の至らない部分を淡々と詰められているような……?
 よく分からないがとにかく、どうにも心臓がざわついて居心地が悪くなるのは確かだった。
 絵画からの圧を背後に感じながら、じりじり精神を削られていると、その真横でゴールドがどこか弾んだように一歩、絵画へと身を乗り出した。

「へえ、君怒ってたんだ。何で?嫉妬?」
「あ、もっと眉間に皺が……」

 恐ろしい言葉が聞こえた気がしたので、グレイは意図的にそちらのやり取りをシャットアウトした。そして脳内を別の事柄で埋めようと躍起になる。現実逃避である。

 館長室には、例のヴァーミリオンの絵画以外にも沢山の絵画が飾られてあった。歴代館長達の自画像である。写真ではなく絵画で記録を残す、というのがまた絵画館らしい。
 グレイがこれを見るのは、以前館長室に招かれた時と合わせて二回目になる。眠る青年の絵画を先頭に、古い館長から新しい館長までの絵がずらりと並んでいる様は、もうこれが一つの階層として成り立つのではと思う程壮観だ。
 勿論ゴールド館長の自画像もある。若い…!
 最初にグレイ達がこの自画像を見せて貰った際、「自画像は好きなように描けるからね。皆好き勝手描いてたみたいだよ」なんて言ってゴールドは謙遜するように笑っていたが、少なくとも彼の自画像だけはありのまま描かれているのだろうと思った。
 いや、だって、歳を重ねても全く衰えないそのどこぞの俳優かと思うような整った容姿に、これ以上一体何を盛ろうというのか…。そして絵も物凄く上手い。館長になるには絵も上手くないといけないのか……。
 前にオークルから「館長になれる」的な事を言われた記憶があるグレイだが、……やっぱり俺には無理だ、と改めて思い直す。勿論絵の上手下手の問題だけではないが。
 因みに何故、歴代館長の列の先頭に例のヴァーミリオンの絵画(眠る青年)が並んでいるのかというと、ゴールド館長曰く、彼がヴァーミリオンの最初の弟子だからだそうだ。そもそもこの絵画館で次代の館長を『弟子』という風に呼ぶのも、彼の存在が少なからず影響しているらしく……。
 というかその話を聞いた時、まずグレイはこの青年が実在していたことに一番驚いた。
 絵の中にも自分が居るって、どんな気分だったんだろう。俺だったら、何か怖いから描いて欲しくないけど…。
 眠っている青年の心情にまで思いを馳せたところで、ゴールドとオークルの方もひと段落ついたらしい。
 絵画鑑賞も終わりを告げるその雰囲気に、「さて、じゃあ本題に入ろうか」とゴールドが手を叩く。

「絵を見せてもらっても?」
「はい」

 そう。今回館長室に招かれたのは、オークルが描く『ヴァーミリオンの肖像画』を館長室に収めるためだった。……グレイが一緒に招かれた理由は正直よくわからない、が、折角の機会なのでありがたく同行させてもらっている状況である。
 オークルは少しだけ緊張した面持ちで、机の上に置いた絵画の保護布を剥いでいった。
 そうして、絵画の全貌が明らかになる。

 ──そこには、朗らかに笑うヴァーミリオンが描かれていた。
 グレイは既にこの絵を見せてもらっていたのだが、もう一度目の前にして、改めてその写実性に驚く。
 以前ドラキアの記憶で見た事があったヴァーミリオンの容姿や色味、雰囲気、細部の仕草や背景に描き込まれた小物に至るまで全てが、彼が居たあの頃の時間をそのまま切り取り、映し出しているかのようだった。
 ゴールドも何かを感じとったのか、しばし息を詰めた後、その見開いた目を肖像画から逸らさないまま噛み締めるように告げる。

「──素晴らしいよオークル君……。モデルが無い中でよくここまで描き上げられたものだね」
「時間はかかりましたが。絵画達から聞いた情報を合わせて何度も添削してもらいながら、やっと満足のいく仕上がりになりました」
「皆、ヴァーミリオン(彼)の事を何だって?」
「そうですね……。一部ですが内面的な事を言えば、
 ヘラクレスさんは『目が離せない子供のような人』だと。
 カガリさんは…色々言っていましたが『絵に人生をかけた一途な人』、
 レオさんは『明るく賑やかな人』、
 セレンさんは『慈愛に満ちた人』、
 フェアリスさんは『考えの読めない変人』、
 デビッドさんは『才能に溢れる危険人物』、
 アインセルさんは『尊敬すべき凡人』、
 ドラキアさんは『クズ』と一言……、そんな風に称されていました。
 オルデウスさんだけは答えてくれませんでしたが、ヴァーミリオンに対する彼の執着は俺もよく知っているつもりです。人間に興味を示さない神様がそう思えるような魅力のある人物なんだと、そう解釈しています」
「う~ん、見事に統一感がない」
「はい。でもそれは、それだけヴァーミリオンが多様な生物を生み出しているという事ですから」

 それは、幼き日のオークルがヴァーミリオンの絵画に出会った時から変わることのない尊敬。
 キラキラと夜空に細かく宝石を散りばめたようなその瞳に、懐かしむように目を細めたゴールドは柔く微笑む。

「素敵な絵をありがとう。オークル君」
「いえ。俺の方こそ、完成させる機会をくださってありがとうございます。……描けて良かったです。沢山の思い出話を聞いて、最初は顔も見えなかったヴァーミリオンを自分の手で描いたことで、以前よりもっと彼の事が好きになりました」
「……そう…、それは良い事だね」

 例えようが、ないのだけれど。時間がゆったりと流れているかのような、酷く穏やかで不思議と落ち着くそんな空気感に、自然とグレイの口元は緩んでいた。
 まるで親子のように親し気な二人の雰囲気に感化されて、一緒に癒されでもしているのだろうか。グレイは自身の感覚をそう結論付けながら、ゴールドの賛辞と問いにやや照れながら返答しているオークルを、一歩引いた場所から微笑ましげに眺める。
 ──その最中、不意にどこかから視線を感じた。
 しかし咄嗟に周囲を見回してみても、当然ながら今この場に居る三人以外の誰かの姿は見当たらない。
 ……気のせいか、とそれ以上特に何を思う事もなくグレイは視線を戻すが、……その途中で、強烈な違和感を発する『絵画』に自然と目が奪われた。

 ──眠っていたはずの青年の目が、今はっきりと開かれている。
 どこか既視感のあるその漆黒の瞳は、机に置かれているヴァーミリオンの肖像画を静かに見下ろしていた。
 ……そして、石像の如く硬直するグレイの不躾な視線に気付いたのか、その目は、ゆっくりとこちらを向い──、

「ぎゃああぁあ!!」

 グレイは目の前のオークルとゴールド、二人になりふり構わず飛びついた。当たり前だが、突然のグレイの奇行に彼らは揃ってギョッと身を強張らせる。

「何だ!?」
「ううぅう動いたっっ!!動きましたっ!!あの絵があっっ!!」
「あの絵って、………ヴァーミリオンの絵画なんだから当然動くだろ」
「たまに姿勢変えて寝たりもするしね」
「~~~~っ!!」

 グレイにもう一度絵画を見る勇気はなかったが、二人の反応的におそらく青年は元のように眠っているのだろう。
 違う!!さっきは目を開けてたんです!!そう言いたかったが、言葉にしてしまうと、可能性がないともいえない『グレイの勘違い』という微かな希望さえ完全に消えてしまう気がして。グレイはぎゅっ、としがみつく力を強くしながら、ひたすら自分の中で恐怖が過ぎ去るのを待った。
 動く絵画はいつも見ている筈なのに、何故目の開閉だけでここまで怯えているのかもう自分でもよく分からない。
 不意に、そんな風に身を竦めるグレイに触れたのはゴールドの指だった。
 彼は数本のそれで弄ぶようにグレイの前髪を掬うと、開けた視界の先で「ふふ」と優しい笑みを向けてくる。先程オークルを見ていた時と同じ温かさを持つその視線に、グレイは恐怖も忘れて思わず見入ってしまった。
 しかし同時に、その館長であるゴールドに勢い余って密着してしまっている事実を、今更ながら自覚して、

「すっっすみません!!あっ、あっ、す、スーツ!スーツ皺になってないですかっ!?」

 グレイがバッ!と慌てて手を離すと、一瞬目を丸くした彼は、次いでわざとらしくよよよ、とか弱い乙女の如く机に片手をつく。

「ああっ、僕には既に妻子がいるのに…っ」
「!?す…っ、え、えっ、す、すみませんっ!?」
「あっはは、冗談冗談。このままだと僕オークル君に話してもらえなくなっちゃうから、彼にだけくっついてあげなさい」
「え、はっ……、そ、そんなことしません」

 少しだけ恥じらうようにゴールドを睨みつけたオークル。そんな彼を見て、ゴールドはまた愉快そうに声をあげて笑っていた。

 オークルが描いたヴァーミリオンの肖像画は、眠る絵画の左隣、歴代館長が並ぶ絵画の先頭に飾られた。

「──うん、いい感じだ」

 ゴールドの満足気な声が聞こえて、グレイもオークルの背に隠れながらチラリ、と絵の様子を覗き見る。
 並んだその絵画は、

「(あ……、今は怖くないかも…)」

 おわり
 
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