ヴァーミリオンの絵画館

椿

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過去番外編 第零階層-12

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 いつの間にか絵画内へと足を踏み入れていたグレイとオークル、そして各階層のトップらがあれやこれやと語らっているのを、カガリは少し離れた場所から眺めていた。
 そこに、つい先程輪から外れたヘラクレスが近寄る。カガリの横に並んだ彼は、コテ、と分かりやすく首を傾げて見せた。

「……ん?……ああいや、ちょいと昔の事を思い出してな。ほら、俺達を売るとか売らねェとかあっただろ」

 そう言ってカガリは、思い出話を共有するようにヘラクレスへと語り出す。



 ブラックの訃報から一月程が経過した頃の事、ヴァーミリオンはカガリとヘラクレスを前にして告げた。

『聞いてくれ。俺は絵画館を作る。それには資金が必要で、これからは描いた絵をシルバーに売ってもらうつもりでいる』

 その提案にカガリが驚かなかったのかと聞かれれば、勿論NOだ。
 シルバーを介した絵画の売買は、ヴァーミリオンが後悔してもしきれないであろう、死去間際のブラックとの仲違いの原因である。それに関しては結局、売り先が確定していた安全な取引であったためブラックが懸念するような事態にはなっていないが。そうだとしても、あれだけ気持ちを沈ませていたのだ。ヴァーミリオンが再び進んでシルバーに絵画を預けることはないと思っていた。
 ヘラクレスも同じことを思ったのか、若干戸惑った顔でカガリと顔を見合わせる。

 ヴァーミリオンはその反応を分かっていたように頷いて続けた。

『……俺は、ブラックみたいにお前達の事を生きている人間と同等には扱えない。でも、だからって雑に扱う気もさらさらない。俺は作者で、お前たちの事をこの世界の誰よりも絵画として愛しているから。
 シルバーはさ、あんな感じの奴だけど、多分金のなる木俺の信用を失うことはしないだろうから。絵としてでも、人間扱いでも、皆を大切に扱ってくれる人のところに売ってくれる筈なんだ。っていうか、俺が絶対にそうさせる!……絵画館を作るためには、そうするのが一番良いと思った』

 ヴァーミリオンは強気に笑って、その後でフッ、と力を抜く。

『……でもやっぱり、ヘラクレスとカガリ。お前達二人は特別なんだ。ブラックと、俺の最初の絵だ。思い入れがある。……だから、売られたくないって言うなら俺が大切に保管する。意見を聞かせてくれないか』

 しん、と一瞬の沈黙が場を支配した。それを破り、最初に声を上げたのはヘラクレスだ。

『ブオォ、ブオッ!』
『……言葉は分かんねえけど、……言ってることは分かるよ。売って欲しいんだな』
『ブオオッ!』
『そうだな。ブラックが言い出しっぺだしな。……ありがとう。お前は俺が責任を持って、必ず良い相手を探すよ』

 ドデカイ資金源になってやるぜ!と気合十分に鼻を鳴らしたヘラクレスに、ヴァーミリオンは「ぁ、え、そんなやる気?俺らの教会が良いかなとも思ってたんだけど……、かっ、金持ち探すわ!!」と慌てて拳を握った。

 次いで、カガリに視線を向ける。そっちはどうなんだと回答を促すように。

『………、そんなら俺は残るか。誰かがお前様を見張ってねェとまた無茶するかもしんねェしな』

 その時は止められもしなかったくせに。

『そうだ、あと大福の味もまだ完成してねェし……、』

 美味くなくたって食べなければ支障はないし、どうなれば完成なのかも分かっていない。

『前の黒い汚れの時みたいに、新しいものを試す実験台も必要だろうし、』

 それは特にカガリである必要はない。

 不意に言葉に詰まって視線を動かすと、前方のヴァーミリオンは、全てを分かっているかのような微笑でカガリの話に頷いていた。

 それを見て、今までの建前は全て無意味だと知る。


『……俺はただ、ヴァーミリオンの傍に居たい』


 散々理由を並べ立てておいて、本音はガキみたいなそれだなんて。格好がつかないにも程がある。
 カガリは羞恥に火照る顔をやや気まずげに俯かせた。

 ヘラクレスのように、売られて絵画館の資金源になった方がヴァーミリオンの役に立てる事はわかっている。そして彼の元に残るとしても、ヴァーミリオンが自身を保てなかったあの時怯んで碌に声をかけられなかったカガリより、ブラックとの「ヴァーミリオンが限界そうだったら止める」という約束をしっかり果たしたヘラクレスの方が絶対的に相応しい。

 それでも尚、自身の願望を叶えようとする浅ましさに吐き気すら催す。

 そんなカガリに、ヴァーミリオンは、

『うん。よろしく相棒』

 それだけを言って、心底安心したように笑ってくれた。

 生命を分け与えられた時から変わらない無条件のその信頼に、俺は一生をかけて報いたいと思ったんだ。
 だって俺は、この世界でただ1人、ヴァーミリオン自身のために描かれた絵画なんだから。



「……結局俺は、ヴァーミリオンの描く絵を1つも止められなかった。本当にそれで良かったのか、……ヴァーミリオンはもっと長く生きて、もっと色々なものを見てアイツ自身の人生を楽しむべきだったんじゃねェかって、ずっとその考えが消えなかった」

「でも、」とカガリは俯き加減だった視線を、再度その賑やかな場所に向ける。

 2人の人間と、彼らを囲むトップ達。そこにいる誰もが、どこか晴れやかな気分を表情に滲ませて語り合っていた。

「──この光景を見れただけで、俺の判断は正しかったんだと思える。誰がどう言おうと、……そう、思える」

 なあヴァーミリオン、アンタもずっとこれを思い描いていたんだろう。
 生前では叶わなかった夢。自分が生涯をかけて描き切った絵画が大切な人の元へ届いて、その喜ぶ姿を目に映し、共に笑いあえる幸福を。

 ヘラクレスが「ブオ」と同意を示すように静かに鳴いて、その鼻先をカガリへと寄せた。健闘を称えるようなそれに思わず目頭が熱く痛む。

「……ああもう、本当に歳取ると涙腺が弱っていけねェや」

 軽く目を覆った下の表情は、眩しいくらいの喜色に彩られていた。

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