ヴァーミリオンの絵画館

椿

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過去番外編 第零階層-11

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 オークルが見せた未完成の肖像画に真っ先に反応したのはオルデウスだった。

「全っっ然似てない。一から全てやり直しなさい」

 美麗な尊顔が冷たくオークルへと向けられて、少しでも視界に入れておきたくないという風にすかさず逸らされる。
 この神様の攻撃的な言動にももう慣れた。グレイは特例としても、絵画越しの彼がこんな態度を取るのはどうやらオークルに対してだけらしい。まあオークルからしてみれば最初からこうだったので、全くもって目新しさはないのだが。

 ヴァーミリオンの弟子になるためには各階層のトップによる承認が必要なので、何とかオルデウスからもそれを貰おうとオークルは日々努めていた。……それが日の目を見るのはまだまだ先になりそうだ。

「今度は自分が二次元の無機物に成り下がるとか、無様過ぎてイイ気味。早く完成させてよ。足置きにしたいからさ」

 そう言って艶やかに笑むのは、今オークルが自身の絵を見てもらうために訪れていた第七階層のトップ──全ての絵画と世界観を共有する円卓の絵画の主であるドラキアだ。
 ……いや、完成しても足置きにするのは止めて欲しい。

 彼は人間嫌いと聞いていたし、初対面時に同行してくれていたグレイも「……一言で言うと、怖い龍です…」と可哀想なくらいガクブルと身体を震わせていたので、その時ばかりは普段よりも更に緊張感を持って第七階層に赴いたオークルだったが、……オルデウスとは反対に、ドラキアは初対面時からオークルに対して何故か好意的だった。第一声に「目がイイね。グレイ、彼に片方抉り出して貰ってその殺したくなる赤眼付け替えたら?」と言わ……あれ、目を抉られそうになったのを好意的と一括りにして良かったのか今更疑問が湧いて来たぞ。

「目玉が二つにぃ、鼻と口が一つずつ。うん、凄くそっくりだと思うな俺ちゃ~ん」
「認知機能が死んだか貴様?そんなもの僕達にだってある。それよりオルデウス様が似ていないと仰ったのだから似ていないに決まっているだろう。似ていないぞ96番!」

 次いで、デビッドとアインセルがそれぞれの私見を述べた。デビッドの適当な物言いはそもそもオークルの絵に興味がないか、ただオークルを揶揄っているだけだろう。アインセルの意見は、……聞くならオルデウスが居ないところで個別に聞いた方が良さそうだ。

「……す、すっごく上手っ!オークルさん、…すごい…っ!完成したら、僕にくれるんですか?」

 珍しく興奮した様子のフェアリスが目を輝かせる。
 誰にやるとかそんなことは一言も言ってないが、欲しいと思ってもらえるような絵を描けているのだとしたらそれは純粋に嬉しかった。

「貴方の画力ならもっと完璧を目指せるはずです!!まずは鼻!お父様はもっと鼻が高いです!それと…、耳!耳はもうちょっと、こう…、」

 セレンは自身の顔を使ったジェスチャーで、ヴァーミリオンの容姿の特徴を何とか伝えようとしてくる。丸投げで否定してこられるよりも断然参考になるな、とオークルは頷きながらメモをとった。

「うむ…その技術中々のものだな。王である俺様が直々に褒め称えてやろう、誇るが良い!……ところで、ヴァーミリオン副王の隣に並ぶ俺の肖像画にはいつ頃取り掛かる予定だ??既にポージングの準備は完璧なのだが」

 レオが勝手にポーズを決めてチラチラとオークルに目配せするが、彼の肖像画を描く予定は今のところない。

「流石だな坊主。線も歪んでねェし、はみ出さずに色が塗れてる。……上達したなァ……やべ、歳取ると涙腺がバカに……、」

 カガリには褒められているのか貶されているのか判断がし辛いような事を言われた。彼にはまだ数回しか自身の絵を見せた事はなかったが、そんなに最初の絵下手だったか??褒め方が幼児に対するそれだが??

「ブオオ♪ブオッ♪」

 そしてこのヘラジカのヘラクレス。第一階層に行く機会が殆ど無くなっていたため知らなかったのだが、つい1年前程に絵画館で展示されるようになった正真正銘ヴァーミリオンの最古の作品なのだという。因みに第一階層のトップでもあるとか。
 流石は第一階層の動物とでも言うべきか、彼は出会った当初からオークルに良くしてくれた。
 そして何より、

「ありがとうございますヘラクレスさん」
「えっ、今ヘラさんに何て言われたんですか??」
「似ていると褒めてくれた。……多分」

 オークルは、このヘラクレスの言っている事が何となくだが理解できた。だいぶ感覚的なものなので勘違いの可能性も大いにある。……そうであったら最強に恥ずかしいが。しかしそんなオークルの眉唾話を、後輩のグレイは何の疑いもなく信じてくれていた。

 そのグレイだが、さっきからオークルの隣で何やらせっせと手を動かしていて、

「出来ました!これがドラキアさんの夢の中で見たヴァーミリオンです。参考にして下さい!」

 自信満々に差し出された薄いA4のコピー用紙には、独特の感性の元描かれたヴァーミリオンがギョロッとオークルを見ていた。先程オークルの絵を似ていないと切り捨てたオルデウスが「完璧です主様!!」と絵画の中からヨイショする声が聞こえて一瞬狼狽えるが、とても人間とは思えないその歪んだ造形はどう頑張ってもオークルの絵の参考にはならなそうだ。
 それでもどこかソワソワと感想を待つようなグレイの態度に、オークルは少しだけ何を言うか迷って、

「……まずは好きな物のスケッチとかから始めたらどうだ…?」
「スケッチ」

 グレイはその言葉を口の中で転がすように数度呟いて、かと思えばオークルの方へと身体を向けて鉛筆を動かし始めた。

「? おい、」
「俺、先輩が絵を描いてる時の姿好きです」

 どうやらスケッチの対象をオークルにしたらしい。……今までの人生の中であまり他人からこんな風に真っ直ぐ好意を伝えられた経験が無いので、咄嗟に言葉が出て来ない。グレイが軽い気持ちで、それこそ普段から誰にでもこんな事を言っているのだろうことは重々承知だったが、勝手に速まっていくオークルの鼓動はそう簡単には止まらなかった。

「………俺を描くからには、ちょっとは上達してみせろよ」
「はい!頑張ります!」



 その後もオークルは、当初の目的であった各階層のトップ達によるヴァーミリオンの肖像画に対する意見を貰い続けた。しかし一応第七階層とはいえ、神であるオルデウスが居る事から信仰度を危惧した時間制限は拭いきれず、適度な休憩は必要だ。直前にトイレ休憩に行っていたグレイと交代する形で、オークルも廊下へと出る。

「──やあやあオークル君。調子はどうかな?」
「ゴールド館長!」
「ほんの少しだけ会話を聞いていたけど、各階層のトップと……、後輩のグレイ君とも親し気で何よりだね」

 無人の筈の第七階層で気さくに声をかけてきたのは、この絵画館の現館長であるゴールドだった。先に廊下を通過したはずのグレイは特に何も言っていなかったので、本当についさっきここに来たのだろう。
 今回オークルらは彼に許可を取って第七階層へと訪れていたため居場所が割れているのは当然であるが、まさか館長直々に足を運んでくるとは思ってもみなかった。自然と緊張感でオークルの身が引き締まる。

 わざわざこんな所にまで一体何の用だろう。
 そんなオークルの当然の疑問を全て理解しているかのように、ゴールドは「実は少し君にお願いがあって」と茶目っ気のあるウインク付きで言った。

「ヴァーミリオンの肖像画が完成したら、是非僕に売ってくれないかな?どうしても隣に並べたい絵画があるんだ」
「エッッ!?!?」

 思わず大きな声が出てしまうのも仕方がない。
 だってこれはネームバリューもないド素人の作品で、それを目の肥えているであろうゴールドが欲しがっているだなんて夢みたいな話だ。でも冗談や同情で言ってるわけでも無さそうで……、

「ち、因みに、その並べたい絵画というのは、ヴァ、ヴァーミリオン、の?」
「その通り。展示はされていないものだけどね。代々この絵画館の館長に受け継がれている絵画で、一人の青年が眠っている姿が……、実際に見せた方が早いか。
 館長室に飾っているからこの後見に来るのはどう?せっかくだからグレイ君も誘って」
「よろしいんですか!?」

「うん。泥水は飲ませたりしないから安心して」
「?」

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