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椿

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第七階層 幻想生物画(陸)-12

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 じゅぽ…っ、といつぶりかに肉棒を引き抜いたドラキアは、青褪めるグレイの顎を掴んで顔を寄せる。

「……あーあ…。最悪なやり方で汚してくれたね」
「……あ、…ぁあっ…、」
「大人なのにお漏らしとか、恥ずかしくないわけ?オレなら一生顔晒して生きていけねえよ」
「………っ、ふ、ぅ…っ、ぅぇ、」
「駄目なち〇ぽだね?汚ぇし臭ぇし、最悪だなお前。ねえ、本当に人間?性器が人型になってるんじゃなくて?オイ、アヘッてねえで何とか言えよ。泣いてんの?また体液撒き散らしてこの絵汚す気?上の口も下の口もクパクパ涎垂らして、どれだけやれば気が済むんだよ。……あ、もしかして『みっともない』ってお前のために作られた言葉だったりする?」

 言葉の棘がグサグサとグレイの胸を突き刺した。情けないやら申し訳ないやら、それ以上の様々な感情でもうグレイの頭と心と、後はついでに身体や顔もぐちゃぐちゃだ。
 片手で顎を掴まれ、頬をへこまされた無様な姿のまま鼻水を垂らしてしゃくりあげていると、頭上から先程とは違う意図的に柔らかくしたような甘い声がかけられた。

「ねえ、ここ掃除してくれるんだよね」
「……ぁ、……はぁっ、ひっく、はぁ……っ、」
「……してくれるんだよね??」
「ッ!!、……っうぁ、します!やりま…っ、ぁ、ごめっな、ごめなさっ、ひ…っ!じまず……っ!!」

 途中、返事を急かすようにバチッ、と目の前で小さな放電を見せられて、グレイは条件反射で怯える。

「自分の粗相、ちゃんと掃除出来るんだ?」
「は、はひっ、……でっ、でぎ、まず……っ、」
「……へえ、偉い偉い」
「……ぇ、」

 ほ、褒められてる???
 顎を離れて次は頭に翳された腕にグレイはビクッ、と身を竦めるが、続けて感じたのは痛みではなく、頭を撫でられる優しい感触。丁寧に髪を梳くような慈愛に満ちたそれは、さっきグレイの尻を思い切り叩いていた手と一緒とは思えなかった。
 目を泳がせて分かりやすく混乱するグレイに、ドラキアはにこ、と柔らかく微笑む。

「ごめんね?こんな滅茶苦茶にやっちゃって。グレイが本当に可愛かったからつい」
「……ぁ、???」
「全身で感じてるの凄く可愛かった。気持ち良かったんだよね。嬉しいな。全部出せて偉いね」
「???」

 頭を押さえつけるわけでもなく、首を絞めるわけでもない温かい手。笑顔を見せるドラキア。
 グレイは困惑しつつも、こちらを褒めながら優しい手つきで頭を撫でてくれて、もう片方の手で時々顎の下を擽るように擦られる感覚が心地よくて。もしかしたら最初の優しいドラキアに戻ってくれたのかも、と蕩けた脳で考える。そう信じたくなってしまう。
 漸く身体の痙攣も落ち着いてきて、全部が平穏な元の状態に戻れている気がした。
 これが正しい形なんだ、正常なんだ、良かった……。グレイがそう心底安堵しかけた時、


 びちゃびちゃ。

 ……その水音が、最初は何か分からなかった。

 ムワリと鉄臭い匂いが充満して、顏にかかった生温かい血液を認識する。呆然としながら頭上に視線をやると、さっきまでグレイの頭を撫でていたドラキアの腕から、大量の赤い血が噴き出していた。
 衣服が吸いきれなかったその体液は、絶えずボタボタと落ちて白い円卓を鮮やかな赤に彩っていく。

「──え、」

 動揺に視線を揺らすグレイとは対照的に、深い傷を負ったはずのドラキアは酷く冷静だ。彼はその傷付いた腕を意図的に円卓の上から退けると、グレイの粗相が残る水たまりに血液を垂らした。二つの体液は斑に混ざり合って、徐々に境目が分からなくなる。
 よく見ると、彼の反対側の指は龍のそれに変形していた。鋭利な鉤爪に、グレイは彼の自傷を悟る。

 呆然と眺めていることしか出来ないグレイに、ドラキアは痛みで顔を歪めるわけでもなく、むしろ興奮したように恍惚と頬を染めて言った。

「………あは、混ざっちゃった。ねえ、これってどうやって掃除するの?全部拭き取って持って帰る?でもオレの存在が薄まっちゃうかも。記憶も飛んで、グレイの事忘れちゃうかも。……それでも掃除する?」
「は、ぇ、…な、何を……???」
「それとも霞になるまで待つ?じゃあまたここに来なきゃね。そしたらまた襲ってやる。その時もお前は性懲りも無くこの絵を汚して、また来るんだよ?だって、自分の汚れを自分で掃除するのは当然なんだから」

 使っている言語は同じなのに、意味が理解できない。
 ドラキアがこんな事をする理由がまるで分からず、グレイは直感的に目の前の存在へと畏怖の念を抱いた。


「もう逃げられないね?」


 直後、鋭い牙がグレイの首の項に食い込む。


「…ぇ、……、~~~ぁ゛ッッ!!」

 噛まれた。
 認識して、すぐ近くでぎちっ、と肉を断つ生々しい音を聞く。想像を絶する激しい痛みに、グレイは叫ぶことも出来ずはくはくと空気を求めて喘いだ。
 直後に感じたのは、ドロリとした濃密なフェロモンの気配。吐きそうな程に甘く、重いそれが全身を鉛に浸したみたいに纏わりついて来て、一度肺に取り込めば強い痛みを同程度の快感へと強制的に変換する。

 この一瞬で何が起こったのか理解も及ばないまま、グレイは突如襲い来た快感に白目を剥いてビクンビクンと痙攣することしか出来なかった。

「~~~ッあ゛、ぁ゛ぁーーっ…、ぁーーっ、」
「……っははは!噛まれて気持ち良くなっちゃった!?やっぱサイッコーにイカレてんなお前!……っはぁ、アハッ、あははっ、ハハッ!! 笑える!!」

 うわ言のような悲鳴と共に、場違いな爆笑が室内に響く。
 ドラキアが初めてグレイに見せる、満面の笑み。本当の彼が感じる堪えきれない笑い。それはきっと喜ばしい事の筈なのに、状況の異質さがその純粋な感情の邪魔をした。

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