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第七階層 幻想生物画(陸)-6
しおりを挟むドラキアとの間には沈黙が流れる。
……そして、たっぷり時間を空けた後に、
「──いや、違うけど」
「……え???」
怪訝な顔がグレイへと向けられた。
「夢とか意味わかんないんだけど。頭ン中ふわふわキラキラのお花畑か?引きます」
「え、あれ……??で、でも、俺、本当に夢で…っ、」
「………オレにそんな力は無いよ。大方あのクソ神の権能だろ。毎度毎度無自覚に他人のプライバシー侵害しやがって…っ、だからアイツの近くの階層は嫌なんだ。もうセクハラだね。セクハラ神」
ヂィッ!!と大きな舌打ちが空間にこだまして、グレイの肩も連動したようにビクつく。
な、なるほど?絵の外にまで影響を与えられるのは神様達だけで、そこに繋がりの性質を持つドラキアさんの絵が何かの拍子にリンクしてしまって、夢という形で俺に彼の過去を……、うんよくわからないな。取り敢えず過去を覗かれるのはドラキアさんの意図するところじゃなかったってことだ。……まあ、だよね!!
気付けばドラキアはグレイの方をジッと見ていた。勝手にオレの過去を見たな……とか何とかで殺されるのでは!?と途端に大量の冷汗が噴き出るが、彼の視線は思ったより静かだ。
「………確かに、オレは人を呼んでいたし、待っていたよ。でもそれはお前じゃない。ヴァーミリオンだ」
「!」
「死んだあの人に聞きたいことがあった。……聞いて、それで一発殴り飛ばしたかった」
彼の顔が、ともすれば泣きそうに歪む。
「何でオレの絵に、繋がりなんてものを望んだのか…ッ」
ああ。彼はもう戻れないんだろう。
一度人間を嫌いになってしまったら、憎むべき面があるのだと知ってしまったら、たとえ全員がそうじゃないとは分かっていてもどうしても影が見えてしまう。考え過ぎだと頭では理解していながらも、感情が追いつかない。
嫌いで、憎くて、きっとあったであろうまだ人間を好きだった頃の純粋な自分になんて今更戻れないんだ。それなのに健気にもヴァーミリオンの期待には応えたいと思っている。
だからドラキアは苦しんで、霞に覆われた。そしてそんな灰色の世界で、今も尚苦しみ続けている。それが解消されない限り、例え絵画が元に戻ったとしても同じことを繰り返すだけだと彼自身も分かっているからだ。
ドラキアを理解しようとする思考の途中、ふとグレイの頭を過った『回答』がそのまま口から零れ落ちる。
「………寂しがりだから?」
「……ア゛?」
「ぁっ、ナンデモナイデス」
「誰が寂しがりだって??ブッッ殺されてえのか??」
「きききこえてぁあ゛怖ぁあーーーいっっ!!!すっ、すすすぐ殺すとか言わ、言わなななな…っ!!」
パキ、パキ、と鱗の範囲を増やしながら貼りつけた笑みを浮かべるドラキアに、グレイはガチガチと細かく歯をぶつかり合わせながら距離を取った。このままでは会話すらまともに出来ない。
「……ばしょ、場所は、後付けで!さ、さささ先に描いたドラキアさんが孤独にならないよう、沢山の絵や人と繋がれる絵画にしたんじゃないでしょうか……!」
「………随分知った風な口をきくね。やっぱりお前がマスター……?」
「ちっっがいます!!!それはもう、それはもう絶対にヴァーミリオンじゃないです!!グレイと申しますっっ!!」
殴ろうと拳を握ったのが見えて、グレイは更に数歩分後退ってから告げる。総計3メートル程の距離が開いていた。
「俺が、そう思ったんです……!絵画の解釈は自由です。根拠はないけど…そう考えた方がきっと、……少しだけ窮屈じゃないです」
「…………、」
ヴァーミリオンがどう思ってドラキアを描いたかなんてわからない。でも今ここにいるグレイは、彼をこの灰色しかない寂しい空間に1人で居させたくないと思った。……これは正しくグレイのエゴで、グレイの都合だ。きっとドラキアには嫌がられる理由だろう。
だから別に、グレイの理由を正解にしなくてもいいんだ。
ドラキアはドラキアが思うように、自身の絵画のことを解釈すればいい。
それに、グレイは彼が自分で思っているみたいに繋がりの絵画に向いてないとは思わなかった。
そりゃあ今の威圧的で攻撃的な態度は怖いけど、同等にならないことに憤り、誰かと一緒にいる事を楽しめて、孤独を恐れ、自由を望んで、支配に苦しんで、大切な人の安全を願い、喜ぶ。そんな誰よりも感情的な姿は、きっと沢山の人の共感を呼んで魅力的に映るだろうから。
……だからこそ思い悩むことが多くて難しいんだろうけど。
グレイは言葉を選びながら、ゆっくりと口を開く。
「俺、貴方のことを絵画だと思ってますけど、それは見下してるとかじゃなくて……、その、俺達の世界と絵画の世界は、世界観が違う絵画同士みたいなものというか、……えーっと、必ずしも、マイナスな感情というわけではなくてですね……」
絵画側から見れば、グレイは浮かんだ四角い枠の中の生き物で、言ってみれば動く絵画のようなものだろう。しかしそのどちらもが生きていて、心を通わせることが出来る。それこそただ世界線が違う他の絵画達みたいに。
そしてそれはドラキアが一番よく分かっている筈だ。だってこの円卓には今も、ヴァーミリオンの席があるんだから。
「……セレンさんの事で人間を憎むのは当然だと思います。見下す気が無いとか、支配する気が無いという俺達の言葉が信じられないことも。
……だから、俺達を見張っていて下さい。貴方が窮屈だと思う事を全部、俺達が改善出来るチャンスを下さい。この絵画館を、ドラキアさんや他の絵画達が安心出来るより良い場所にするために協力してくれませんか」
繋がりの理由は必ずしも好意じゃなくていい。
ドラキアと、この絵画館のスタッフ。向いている方向はきっと同じ筈なんだ。それなら同じ目的を持つ同志にはなれる。
もうここに一人で閉じこもる必要なんてない。
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