ヴァーミリオンの絵画館

椿

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第八階層 宗教画-12

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 グレイを前にして、その最高神は膝を折る。

「貴方様の意思を無視して、無理矢理乱暴を……本当に、申し訳なく……っ、お詫びの言葉もございません。……どんな罰でも受けます。僕の絵を燃やしてくれても構いません。……だから、嫌わないでください……っ」

 伏せられた顔は憔悴しきっていて、まるで生気が無かった。キラキラ輝くいつもの後光だって、今は豆電球一個の明るさにすら届かない弱々しさだ。
 やや過激な言葉が気になるが、彼なりにしっかりと反省してくれているらしい。グレイは小さく息を吐きながら笑って、絵画内で低頭するオルデウスに告げた。

「嫌いになんてなりません。俺はこの絵好きです。オルデウスさんのことを何よりも尊く描こうと、美しく描こうとした、貴方への愛情が沢山こもっている作品です。『燃やして』なんて言わないでください」
「……っ、」

 弾かれたように顔を上げた彼の姿は、たとえそれがまだ晴れきっていない心を持て余しているものであってもやはり変わらず美しい。

「……俺は貴方の望むヴァーミリオンにはなれないし、オルデウスさんと永遠を共にすることも出来ません」

 その断言にオルデウスの表情が絶望で色を無くしきる前に、グレイは重ねた。

「──でも、グレイが、オルデウスさんと新しく思い出を作ることは出来ます!」
「……ぇ、」

 吐息のような音を漏らして、呆然とグレイを見つめるオルデウス。丸く見開かれた紫紺の瞳は、今は酷くあどけない色でそこに収まっていた。

「沢山話して、色々な経験をして……、その思い出はきっとオルデウスさんの中に残り続けますよね?それって、俺が貴方と永遠を一緒に過ごしている事になりませんか?」

 オルデウスの気持ちを無下に出来なかったグレイが、一晩考えた折衷案がこれだった。
 屁理屈じみた提案だが、神様にとってはどう映るのだろうか……。「いや、そうはならないから」とか蔑んだ顔で言われたらどうしよう。
 ドキドキと嫌な冷や汗をかきながらオルデウスの反応を待っていると、眼前の神は微かに呟く。

「……約束、してくれますか?」
「え?」

 長い金色の髪が、しゃらり、と星が降り積もるような音を静寂に散らして彼の俯いた頬に優しくかかった。
 金糸の隙間から覗く紫紺は、どこか怯えを孕んだ弱々しさでグレイを見上げる。


「……終わりのない暗闇に突然放られたかのような孤独感を癒す、柔らかな灯りを。恐怖にも近い寂寥を埋める温もりを……。
 ……そんな、思い出を…、貴方様が僕に分け与えてくださるのだと、約束してくれますか……?」


 切なく震える声を前にして、グレイに迷う余地などあるはずも無かった。

「はい、勿論です。 約束です!」

 満面の笑顔と共に、不安を感じる間も無く与えられた言葉。
 純粋な善意からくるそれは、オルデウスにとって酷く眩しいものに映る。

 ──そして同時に、責任感の伴っていない空疎な理想のようにも。


 申し訳ございません、ヴァーミリオン様。
 僕はもう貴方様のことを盲目的に信じられる程純粋でも、愚鈍でもないのです。

 約束、してくださいましたね。
 この僕と明確に言葉で契りを交わしてくださいましたね。
 誰であっても、一度交わした約束を破るのは許されない事ですよね。

『──正気のグレイに許可を取れよ…っ、臆病者……っ!!』

 一瞬だけ、思考に忌々しい男の声が割り込んだ。

 ……ああ、君には分からない。当然のようにヴァーミリオン様と世界を共有し、隣に立っていられる奇跡を厚顔無恥に享受するその愚かさでは気付けない。

 臆病者でいい。卑怯だって、何でもいい。
 主様と一緒に居られるのなら、僕にとってそれ以外の事情は総じて天秤にかける価値もない空気のようなものだ。


「……では、お待ちしておりますね。主様」


 ──約束が破られたと僕が感じるその時まではまだ、『貴方様だけの良い子なオルデウス』のままで居られますから。


 やや陰のある貼りつけた笑みであっても、地球上の生物すべてが息を呑むようなオルデウスの美しさを決して損なわせることはなかった。

 だからグレイは気付けない。
 自身の軽率な選択が、まるで蜘蛛の糸が絡んでいくように、時間をかけてグレイの全てを雁字搦めに捕らえる理由となってしまっている事になど。




「……あの、確認しますけど、俺ヴァーミリオンじゃないですからね??」
「はい、存じております主様!」
「あ、主でもないですからね!?」
「はい!存じております主様!!」
「本当かなあぁ~~!?」

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