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第八階層 宗教画-10
しおりを挟む「……あの、」
シーツの取り換えられた清潔なベッドの中で、1人上体を起こしたグレイは掠れた声を発した。事後処理のために立ち上がって動いてくれているオークルが、顔だけでこちらを振り返る。
「……あんなに忠告されていたのに、…また、迷惑をかけてしまいました。……本当にすみませんでした」
「──、」
頭を下げると同時に、グレイは自身の情けなさを痛感して歯を食いしばった。
油断するなと言われてたのに、ちょっと先輩より信仰度が低かったからって、先輩を手助け出来てるのかもなんて勝手に調子に乗って……。俺の信仰度が低く保たれてたのだって、オルデウスさんによるものだと教えてもらえていたのに。低く保つことが出来るならその逆も出来るだろうっていうそんな簡単なことにも思い至れないままで…っ。
募る自責と後悔に視線をベッドシーツから逸らせないでいると、そんなグレイの頭へポン、と温かな重みが加わる。
「……ぇっ、」
「……馬鹿かお前」
思わず見上げた先には、心なしか戸惑ったような、やや居心地の悪い表情を浮かべたオークルが居た。彼はそれを誤魔化すようにぐしゃりとグレイの頭を一度かき混ぜると、そのまま手を離してベッドの縁に腰かける。
行為の後初めて正面から交わった視線に。ドクリとグレイの心臓が変に暴れて不自然に息が詰まった。
オークルは、自身の接近によりやや身体を強張らせる後輩に何を思ったか、神妙な顔をして首を前に折る。
「今回謝るのは俺の方だ。……無体を強いてしまって、本当にすまなかった」
「えっっ!?あっ、頭上げてください!!先輩は何も悪くないです!……そういうの、抗えないのも分かりますし。元はと言えば、俺の……、…やっぱりすみません……!!」
下を向き合う両者の間に、しん…、と静寂が満ちた。
遂に先輩にも被害を連鎖させてしまっただけでなく、謝罪まで……。ああ…、これは完全に見限られた…。
想像に易い展開を脳内で鮮明に弾き出して、絶望に目を暗くするグレイ。そんな彼を現実に引き戻したのは、沈黙を破る落ち着いた低音だった。
「…確かに、俺はお前に迷惑をかけられている」
「ぐっ……、」
「だが、それが俺の仕事だ」
グサッと胸に突き刺さる言葉の後、グレイの呻き声を遮るように早口が被さる。……まるで誤解するなと言っているみたいに。
実直さが具現化したかのような漆黒の瞳が少しだけ斜めに逸らされて、再びグレイのそれと合わさった。
「俺の言葉がプレッシャーになっていたのなら謝る。……悪い。キツい言い方だった」
「……ぁ、」
「俺はお前の先輩で、教育係だ。面倒や迷惑をかけられるのが俺の役割で、お前は俺に仕事をさせてくれているだけだ」
淡々とした物言いはもはや形だけだ。フォローをしてくれているのだと分かる。気にするなと許容してくれているのが分かる。
しかしそんなオークルの優しさを向けられる度、グレイは彼の心遣いに到底釣り合うことのない自分の価値の無さに、いつも心の隅で失望していた。
何も返せないままオークルの情を搾取するだけの自分に、心底嫌気がさす。返す、どころか、
「……でも、俺のせいで、先輩はオルデウスさんに悪印象を持たれたかもしれなくて…、お、俺の教育係じゃ無かったら、きっと、こんなこともっ、なく、て……っ。先輩の、夢…っ、俺、足引っ張って、…っ、」
申し訳ない。情けない。
神の前で告解する信徒のように言葉を重ねている内、喉が焼けるように熱くなって震えた。ツンとした鼻の痛みと共にぼやけていく視界に、駄目だ、と必死に泣きそうになるのを堪える。
此処で泣くのはズルい。慰めてくださいと言っているようなものだ。また先輩に気を遣わせる。
負担に、なりたくないのに。
「──っ!?」
その時、オークルは徐々に俯いていっていたグレイの両頬を片手で挟み、グッと顔ごと上向かせた。無理矢理合わせられた視線は、グレイが尊敬し憧れる、眩しい程まっすぐでブレない信念を伝えて来るもので。
「自惚れるな。俺はお前の行動程度で引っ張られるような弱い足なんて持ってない。第八階層のトップに良く思われていないのは単純に俺の技量不足と相性の問題だ。
……だが時間がかかってもいつか絶対に認めてもらう。それは俺がやるべきことで、やらなければいけないことだ。
俺は必ず、自分の力でヴァーミリオンの弟子になる」
なんて、強い人なんだろう。自分の大切な部分を決して他人に委ねることなど無い、孤高にも思える高潔さ。
格好良いな。眩しいな。何の目標もなくて、流されてばっかりな俺なんかとは根本から違う人だ。
「……俺は正直、お前に嫉妬していた。絵画に好かれるお前が弟子候補になれば、俺なんてすぐに追い抜いて最短でトップらの承認を得られそうだしな」
「……は、ぇ?……えっ!?い、いやいやいや!俺弟子、とかっ、か、館長になる気なんてありませんよ!?そんな器じゃないですし、お、ぉ恐れ多いです…っ!!」
「まあそう言うだろうとは思ってたが……」
唐突なオークルからの指摘にグレイは目を白黒させる。確かに彼の言う通り、もしグレイが本気でヴァーミリオンの弟子を目指せば、他の誰より容易く承認を得ることが出来るのかもしれない。……だけどそれは、
「……、好かれているのはヴァーミリオンで、俺じゃない。俺の実力じゃない、から…、」
「……そうか?前世が作者ってだけで、お前自身の人間性が最悪だったらあそこまで好かれるようなことはないと思うが」
例外も居るか……、と少しだけ眉を顰めて付け加えるオークルの意見に、しかしグレイは完全には納得できていない様子で愛想笑いを返す。
ヴァーミリオンの生まれ変わりでなければ、きっと彼らの視界にすら入れてもらえないのだろう。グレイは自分の立場をきちんと弁えているつもりだった。
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