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第八階層 宗教画-3
しおりを挟む第八階層の清掃業務では、オークルの事前情報通り時間制限が設けられていた。そしてそれは何も全員が一律という訳ではなく、こまめに挟まれる休憩時間毎に測定する『信仰度』のレベルで決められるようで。
早速一度目の休憩時、グレイとオークルは階層長のホワイトに教えを受けながら、手持ちタイプの機械を額に翳す。すると、ビーーッ!!と一方から激しい警告音が鳴り響いて。
……それは、短時間であったにも関わらず、既にオークルの信仰度が基準値を超えてしまっていることを示していた。
反対にグレイが使用した機械は静かなままで、付属の液晶画面には『信仰度合:低度 清掃業務続行可能』の表示が。
結果を聞いたホワイトの見解は、グレイには信仰度の耐性がある訳ではなく、トップのオルデウスがグレイと長く一緒に居たいがために意図的に信仰度を低く保っているのではないかというもの。オルデウスも信仰度による清掃スタッフの活動時間制限については承知済みなのだ。
……な、なんかそれ、オルデウスさんが一気に策士っぽく見えて来るんだけど…。
すぐ後に「トップに守られるなんて、イイね……。き、君ここの階層長にならない?代わるよ…。そそそして僕を自由にしてくれよおおお!!!」と頭を掻きむしり出した痩せぎすの男性──ホワイト階層長は、…多分、ちょっと、精神的に限界な模様であった。
「悪い…、早々に役立たずに……」
「いいえっ!先輩の分まで、俺頑張ります!」
「……、」
いつまでも先輩におんぶに抱っこのままじゃ駄目だってことはずっと思ってたんだ。……逆にこれはいいチャンスかもしれない。不安はあるけど、オルデウスさんが信仰度を低いままにしていてくれるのなら俺は第八階層でいつまでも正気で居られるってことだし。
1人でしっかり業務をこなして、あわよくばオルデウスさんに先輩の株を上げてもらえるような情報を流したりもして……、今度こそは迷惑をかけるんじゃなくて、俺が先輩の役に立てるように…。
心配そうに眉を顰めるオークルに、グレイは「気を引き締めます!」と無理矢理笑顔を作って見せた。
*
第八階層の清掃は中々に順調だった。
オルデウス本人に直接聞いたりはしていなかったが、恐らく信仰度に対するホワイトの推察は当たっていて、グレイはいつ何時測定しても最低度のまま信仰度は変化せず。そのため他の階層の業務時間と変わらない感覚で清掃業務をこなせていた。
逆にオークルはというと、毎回最初の休憩時点で基準値を超えるので、今は殆ど控室で事務仕事をメインでやっている。信仰度が基準値以下に戻れば再度清掃業務を行えるのだが、休憩の度に警告音を鳴らしては悔しそうにため息をついているオークルの姿はもう見慣れてしまった。
先輩は元々ヴァーミリオンの絵が好きだから、それが信仰度として反映されていたりするんだろうか……?
まあでもそんなこんなで、グレイらが第八階層に来てから3日が経っていた。相変わらずオルデウスはグレイの視界ギリギリに入る位置で応援(?)を続けているが、もうそれにも大分慣れてきた。偶に目線を向けたり手を振ったりするとそれだけで嬉しそうにピカッと光るので、今やそれはグレイの業務の一つとして組み込まれてさえいる。
今日も今日とて雲の上に落ちる霞を拾ったり、神様方が好き勝手実体化している不思議な物体の拭き掃除をしたりと身体を動かしていると、「お~~い!」と遠くの方から誰かの呼び声が聞こえた。
自分に向けられたものだと思っていたわけではないが反射的に振り返ると、目と鼻の先でグレイの視界を塞いだのは知らない神様の顔面ドアップだった。
「どうぇええ!?」
「おっと」
顔面ドアップ神は、驚きで飛び上がり倒れ込みそうになったグレイを咄嗟に支えてくれる。「ごきげんよう、主様」と言ってニコリと綺麗に微笑んだ彼の声は、先程聞こえた呼び声と同一のものだった。
しゅ、瞬間移動だ…!!瞬間移動でここまで来たんだ!!
神達の移動手段は基本的に物理法則を無視した瞬間移動である。最初は見えないくらい物凄く早く動いていると思っていたけど(それも瞬間移動ではあるけど)、ちゃんと一瞬消えてからまた別の場所に現れるワープみたいなものらしい。それが分かってから、グレイは現実世界では見られないその移動手段を見るのが結構好きだった。
支えてくれたことにお礼を言いつつ、しかし同時に、話しかけて来るなんて珍しいな…と少しばかり目の前の神様を警戒する。
基本的にこの階層の神達は大らか…というかマイペースだ。自分本位で他者への興味は薄いように思う。
神同士寝転びながら果実を食べたり、会話を楽しんだり、偶に第六階層の天使を呼び寄せて身の回りの世話をさせているのを遠目で見たことはあったが、たとえグレイがヴァーミリオンの生まれ変わりだからといって、彼らはオルデウスのように積極的にグレイに関わってくることは無かった。
……そう考えると、オルデウスのヴァーミリオンに対する執着の異常さが際立つけれど。
一体何の用だろう?
当然の疑問にはすぐに回答が成される。
「主様、あちらで私共と一緒に遊びませんか?」
「あちら…?」
示された方向へと素直に目を向けると、
「──あっ!あっ!あぁんっ!♡ 気持ちいぃ~~…っ!!」
「んああっ……、ひぁっ、……っ、ひっ、ぐぅ…!!」
「…っん゛ぁ、……ぉ゛ッ、~~ぉお゛お゛っ!!」
「はあ゛あん!ああっ、神様ぁあ!もっとお!!♡」
今までどうして気づかずにいられたかという程に響く嬌声。ばちゅんばちゅんと激しく打ち鳴らされる、肉同士がぶつかる水音混じりの淫らな音。明らかにそういう意図を持って一糸纏わぬ姿でくんずほぐれつ乱れる、複数の神と天使の姿。
そこは正に、乱行パーティー会場であった。
まさかそんな事が白昼堂々と行われているなんて考えもしなかったグレイは、ギョッと目を剥いた後すかさずそこから視線を逸らす。
「なっ!?…っ!?……けっ、け、結構ですご自由に!それはもうご自由にっ!」
「主様がいらっしゃればきっと天使の興奮も増します。……ほら、あの期待に満ちた物欲しそうな目、煽情的でしょう?」
「ひっ!」
肩に腕が回されると同時、神の美しい指がツツ…と顎に優しく添えられてグレイの顔をゆっくりと上向かせた。
薄目越しに見えたのは、一様に動きを止めた複数人からグレイへと浴びせられる熱っぽい視線。
ヒクつく喉から、はぁっ…、と無意識に熱のこもった吐息が出た。腹の底から疼く何かが、激しく脈打つ心臓を伝って全身にムズ痒いような痺れを運んでくる。
顔に触れている神の指は、グレイの答えを促すように艶めかしく顎の下を擽っていた。その刺激に筋肉を解されるが如く、足が小さく震えて覚束なくなっていくのが分かる。
『元々神っていうのは、一部の人間にとっての姿の見えない『信仰されるもの』という概念の存在だ。──見れば見る程にこちらの認識自体が勝手に狂わされてしまうらしい』
ふと、先輩の言葉を思い出した。
待って、これもしかして、今俺相当にマズい状況?
でも……、目が逸らせない…っ。
膜の表面が乾いて痛みさえ伴うのに、それでも瞼を閉じることが出来ない異常な身体の動き。グレイが漸くそれに気付き、しかしもうどうにも出来ない状況に焦り始めた時、横でこちらを覗きこむ神は言った。
「──『分かった』と、仰って下さい」
耳に吹き込まれる吐息が、奥にある脳味噌を大きくぐわんと揺らめかせる。今までの思考は全て白紙に戻され、グレイの頭で反響するのはもはや神の囁きだけだった。
承諾の意を含む言葉が、次の呼吸で口から吐き出される、
──グレイがそう感じた直前。
ぬっ、と背後から伸びて来た両手がまるで格子のように迫り、グレイの口と目を覆った。
隣から息を呑む音が聞こえて、それまでグレイに触れていた体温は一瞬にして消え失せる。グレイの意識も徐々に霧が晴れるように明瞭になって、……すぐさま、背後から感じるゾッとするような寒気に身を強張らせることとなった。
いつの間にか例の嬌声は消えており、それどころか身じろぎの音や存在の気配すらない。痛い沈黙が耳を刺す中、グレイの顔を覆っていた手の平がゆっくりと背中側へ離れていった。会話は無くとも、その手が誰のものかぐらいグレイにも分かる。
開けた視界に少しだけ目を慣らして、先程まで隣に居た神と、眼前で行為に励んでいた彼らの姿が無い事を目視でもしっかりと確認してから、グレイは恐る恐る背後を振り返った。
後ろから感じる奇妙な圧を警戒しての動きだったが、実際は杞憂だったようだ。
グレイの後方すぐに立っていたのは、気落ちした風に身を竦めるオルデウスだった。
「申し訳ございません。礼儀がなっておらず、お見苦しいものをお見せして……」
「ぇ、…あ、い、いえ。…えっと、さっきの神様達は、」
「ああ、そんなっ、僕の口から言わせないで下さい…っ!」
「え、ええ……??」
そんな答え辛い事聞いたかな俺……。
両手で顔を覆い、くすんくすん…と弱々しく肩を震わせ出したオルデウスに困惑していると、不意に彼はこちらの様子を見るように指の隙間をチラリと広げてから、
「……おや?」
「……?」
何かに気付いたようなオルデウスの視線の先を追う。下方に向かうそれに倣って首を俯かせると、目に入ったのは中心でテントを張るグレイの作業ズボンだった。
勃……っ!?え!?さっきので!?ぐ、愚息ーー!!
一気に湧き上がる羞恥に慌てて手で股間を覆うが、既にもう覗き見を隠す気がない程に指を大きく広げたオルデウスには全部見られてしまっているのだから今更感が凄い。
一層顔を赤くしながら前かがみに縮こまるグレイを前にして、何故か頬を染めて感極まったような顔をしたオルデウスは、勢いよくグレイとの距離を詰めた。
「僕が慰めます!」
「ぅえっ!?い、いやいや!」
「ご遠慮なさらず!」
「いや遠慮とかじゃなくて!じ、自分でどうにかっ、」
至近距離に迫った美麗な顔と、その持ち主から出て来たあり得ない提案に狼狽えてしまっていると、
「──主様。全て僕にお任せください」
「……ぁ、ぇ?」
ドクン、と心臓が大きく跳ねて、視線がオルデウスに固定される。
凄く変な気分だった。彼の後光が増しているようには思えないのに、何故かより一層オルデウスの事がキラキラと眩しく感じられるのだ。
空気も美味しければ、何の明確な理由も無く気分が上向いて幸せが溢れるような心地よさすらあって、グレイは「あれ?あれ?」と混乱しながらもゆっくりそのぬるま湯のような悦楽に浸っていった。
オルデウスは、とろん、と表情を緩ませたグレイの作業服に手をかける。
「……ぁ、やっ、止めてください!」
何かがおかしい。脳内で微かに鳴った警鐘がグレイを突き動かして、服を脱がそうとしていたオルデウスの手を咄嗟に捕まえた。
しかし漠然とした違和感は、それ以上の正解をグレイには知らせてくれない。
何がおかしいんだっけ。何で止めなきゃいけないんだっけ。
疑問だけが宛ても無く繰り返される脳内に目が回った。
困惑に眉を下げて動きを止めたグレイを眺めて、頬を染めたオルデウスがうっとりと微笑む。
制止のために捉えただけの手がゆっくり向きを変えて正面から合わさり、指と指の隙間にまで入り込んで深く絡まり合った。
ちゅ、ちゅ、と額から頬、耳、鼻にまで柔らかい唇のキスを送られて、胸の奥からじんわりと広がっていく多福感が、徐々に思考を支配していく。
──そしてグレイは、その違和感の正体に漸く思い至った。
「じ、自分で脱ぎますっ」
ああそうだ。そもそも神様に服を脱がせてもらうっていうのが変だった。だって今からこのみっともない勃起を直々に慰めて貰うんだから、誠意を示さなきゃなのに。
そんな簡単なことだった。気付けて良かった、とグレイは幾分かスッキリした気持ちで自身が纏っていた布を全部取り払う。
間違いを正せる者は、この場にはただの1人も存在しなかった。
「かっ、神様ぁ、あ、お、お願いします♡」
一応無意識下での理性が働いているのか、羞恥に全身を染めて、小刻みに肩を震わせるグレイが告げた。何にも守られていない寒々しい格好も相まって、まるでそれは生まれたばかりの子羊を見た時のような庇護欲を誘う。
その中でただ一つ、中心で元気に首をもたげる性器だけが異質で、間抜けで、……そしてどこか官能的だった。
神は告げる。迷える子羊に許しを与えるが如き慈悲深さで。
「はい、勿論です。僕の、……僕だけの主様」
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