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第三階層 獣人画-2
しおりを挟むオークルに絵の説明をしてもらうのと同時、グレイはその中に描かれている獣人達と挨拶を交わす。
第二階層の人間たちより多少こちらを警戒しているのが伝わるが、おそらく根は人懐っこい性格なのだと思う。新しく見るグレイに興味津々なのかジッと見つめてくる彼らに対して出来るだけ敵意を感じさせないよう振る舞っていると、徐々に彼らの警戒は解けていき、グレイが次の絵に移動する頃には皆表情を和らげて手を振ってくれさえした。
よかった、この階層の獣人達もこちらに友好的だ。これなら俺でも何とかやっていけそうな気がする。
……やっていけそうな、気、が……、すると思ってたんですけどねさっきまでは。
「……、」
行き着いた階層の最奥、例によってそこに展示されていたのは、第三階層のトップであろう獣人。
実際に絵画内へと入り跪くグレイとオークルを、彼は冷徹にも見える無表情で尊大に見下ろしていた。
たてがみを模すようなやや茶色がかった長めの黒髪と、それと同色の獣耳。鋭利な刃の如く輝く鋭い金の瞳。そして、先っぽだけふさふさと毛量の多い特徴的な尾。
グレイの目の前に立つ彼は、百獣の王──ライオンの獣人に違いなかった。
そして、その称号は決して誇張表現などでは無く、寧ろ彼という存在を表すにあたって二つとない的確な言葉だ。
第二階層を束ねるトップのカガリは、一見するとその役割に見合わないようにも思える一般人だったのだが、
第三階層のトップであるその獣人は、白い毛束が盛られた派手な赤いマントを纏い、光り輝く黄金の王冠を頭に置くといういかにも統治者然とした格好の、
正真正銘、獣人の王様だった。
「グレイです!よろしくお願いしまひゅっ、しますっ!」
わざわざ絵画内に入ってまで跪くのは、この王に持てる最大の礼を尽くすため。…明け透けに言うと気分を害させないためである。
グレイも流石に王様と対峙するのは初めてだった。例え絵の中の、それも架空の生物の王であったとしても、すぐ側で感じる圧倒されるような存在感や威厳は本物だ。グレイの手には知らず緊張に汗が滲む。
コツ、コツ、と床の大理石を数度叩く音がして、頭を下げたまま声を張ったグレイの視界に、装飾の施された黒地のブーツの先が映り込んだ。それは王の靴だった。
しかしグレイが驚いたのはそこでは無い。いや勿論急な接近にギョッとしなかったわけでは無かったのだが、
──顔の真横に鼻先近づけられてクンクンと匂いを嗅がれている今の状況が、その他全ての驚きを凌駕してしまっていた。
ドッッッ!!と心臓が大きく跳ねて、呼吸が自然に止まる。
少しでも動いたら、その瞬間に喉元を噛みちぎられるんじゃないか、とそんな危険な猛獣を前にした時のような感覚でグレイは必死に息を潜め、身じろぎ一つしない静止に徹した。
グルグルと時折喉を鳴らすような唸り声と、眉間に深い皺が寄せられた怪訝な表情に、グレイの心音は不安から段々と速度を増していく。
床の一点を見つめたまま動けないでいるグレイの硬直を解いたのは、まるで王からグレイを庇うようにして目の前に差しこまれたオークルの腕だった。
「すみませんレオさん、……グレイが何か失礼を?」
「……ンン…?…ンーー、」
オークルのやや無礼に思える行動にも特に気分を害した様子を見せず、それより何か別に気になることでもあるのか、王はしきりに首を捻っていて。しかしそれも途中で諦めがついたらしい。「まあ良いか」という呟きと共にグレイ達に顔を上げるよう指示すると、
胸前の高い位置で腕を組んだ彼は、再び尊大にこちらを見下ろした。
「俺様はこの階層を統治する王、レオだ。ここに来たからには貴様も我が臣民である。俺様のため、ひいてはこの階層のために精一杯努めるがよい」
姿は20代後半程と支配者にしては若めだが、クールで落ち着き払った様子からは見た目通りの未熟さなど微塵も感じさせない。
どっしり地に足をつけた堂々として揺るがないその態度に、グレイは王というものの正しい姿を見た気がしていた。
*
トップとの顔合わせを終えたグレイ達は、そのまま絵画内を移動して階層の出入り口付近へ向かっていた。その途中で、
「俺は階層長のレッドさんに用があるから、お前は今からここで……、」
オークルはそう言いながら後ろに付いて歩くグレイを振り返って、「清掃、を、」と言葉を途切れさせる。唖然とするオークルの視線の先、彼が想像していたよりも随分後方に居るグレイは、何故か複数の獣人の子供に四方を固められた状態で身動きが取れなくなっていた。
「あの、これ、ど、どうしたら!?」
「……知らん。こんな反応をされるのは初めてだ…」
子供達はしきりにクンクンとグレイの匂いを嗅ぎ、隣同士でヒソヒソと何やら言葉を交わしている。
え?何?もしかして臭い??
被害妄想で勝手に精神的ダメージを受けたグレイは既に涙目である。
そんな中、グレイを囲んでいた子供の内の1人がバッと弾かれたように顔を上げた。
「ねえねえ!ねえねえねえ!」
「!?なっ、何かな!?」
犬…、狐…?だろうか。ピンと尖った耳が特徴的な少年は、人懐っこさを感じさせる雰囲気で明るく笑うと、
「ねえねえ!撫でてもいいよっ!!」
「……っえ?」
さあどうぞ!という風にズイっと頭を差し出されて、グレイはたじろぐ。堪らずオークルに確認を取るような視線を向けると、彼もやや戸惑いを浮かべながらではあったがしっかりとした頷きが返って来た。
グレイは恐る恐る目の前の小さな頭に手を伸ばして、指が、触れる。
……ふっ、ふわっふわだぁあ…っ!!
初めて触れる獣人の髪の毛と、そこの大部分を占める獣耳はもう本当に、何と言ったらよいか…。
触れているのかいないのかすら定かでは無い程に柔らかく手の肌を滑る毛の感触、健康的であることがよくわかる艶の良さ、そして血が通っていることを感じさせる微かな温かみも、全てがまるで幸福の概念を具現化したもののようで。
最初は及び腰だったグレイも即座に魅了され、徐々にその頭を撫でる手つきは遠慮のないものになっていた。
シビビビッ!と背筋を伸ばした後はずっと大人しくしていた少年に甘えて、グレイは最後にもう何回分かよしよしと手を往復させてから漸く離す。
「えっと、撫でさせてくれてありがとう」
「……っ、いっ、いいよ!!ばいばい!!」
少年は少しだけその足をよろめかせた後、バタバタと慌てた風に手を振って駆けていく。流石獣人。数秒でその姿は豆粒ほどの大きさに代わっていた。
恐らく見えてはいないだろうが、一応の礼儀としてグレイもその手を振り返していると、くい、と不意に背側の服が引かれる感覚があって何の気なしに振り向く。
そこには、先程グレイの周りを取り囲んでいた子供達が列をなして何かを待っていた。いや、先頭が子供達だというだけで、その列は性差、年齢、動物種、一片の偏りも無くずらりと遠くまで続いている。それはまるで、この階層の全獣人を掻き集めて一列に並べたのかと思ってしまう程の数で……。
「……え??」
幻覚かと目を擦ったその瞬間、もう一度服を引かれ、先頭の丸い耳をした垂れ目の子供がグレイに向かって告げる。
「あたま、撫でてもいいよ?」
「……せ、せんぱい、」
「……これも仕事の内だ。腕がもげる限界まで撫でて差し上げろ」
全てを察して救援を求めたグレイの視線は、しかしオークルの最後通告を促すにとどまった。
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