高辻家のΩ

椿

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高辻家のΩ 2

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 目隠しをしても辿り着ける自信があるくらい何度も訪れているその部屋の、閉ざされていた襖を開ける。

「……、」

 旅館の一室のような、一通りの生活環境が整ったその畳の部屋の中心。いかにも「さあどうぞヤっちゃって下さい」とばかりに用意された一組の布団の袖で姿勢よく正座をして待っていたのは、意志の強そうな瞳でこちらを見上げる和装が似合った黒髪の美青年。
 由緒正しいお家の嫡男で俺の幼馴染、同じ高校同じクラスに通う同級生、そして許嫁でもあるΩの男、杉浦すぎうらみさきだ。

「それでは失礼致します」とサイが静かに扉を閉めて、室内は俺と岬の2人だけが取り残された。
 俺は挨拶もせぬまま、正座をする許嫁の前に立って彼を見下ろす。

「…さて、じゃあやるか」
「ああ」

 両者とも自身の服に手をかけ、


 ──そして、懐から束にまとまったカードを取り出した。

「「第256回、トレーディングカードバトル!!」」

「今日も俺のドラゴンデッキが火を噴くぜ!」
「ハッ、今のうちにせいぜい吠えてなよ。僕の再編成した闇属性デッキに勝てる奴はいない…!」

『~孕むまで終わらない!Ωの許嫁とのワクワクお世継ぎ作り種付けセックス~』が始まるとでも思ったか!残念!今から始まるのは、幼少からコツコツと研鑽されてきた技術と厳選した推しパーティーでしのぎを削り合う、男と男の熱い戦いである!
 …つまりはまあ、子作りなんてせずにただ遊んでいるだけなんだけど。

 岬との世継ぎ作りが本格的に始まったのは、互いが精通を終えた中学1年生頃の事。それまで幼馴染と友人という見かけの関係に埋もれて見えていなかった許嫁の肩書きを明確に突き付けられ、そして意識し出したのもこの時からだ。
 最初に説明を受け、どんな行為をしなければいけないのかを正確に理解した時、岬は俺の横で泣いた。それはもうギャン泣いた。尻を掘られる側の俺よりも先に。
「コイツとなんてぜっったいに嫌だーー!!」と指をさされて全力で拒絶され、俺も思春期だったので、「は、はー!?俺だって岬となんか嫌だしー!!バーカ!アーホ!」と売り言葉に買い言葉で、結局取っ組み合いの喧嘩になって終わったのは良い思い出……良い思い出かこれ??
 まあそれでも、俺達の意思関係なく周りの大人達の様々な事情で事はトントン拍子に進むもの。そしてまだ幼い俺達に、それに抗う術はなかった。
 複数の使用人達に見守られながらΩ同士の子作りが始まったが、岬は始終「嫌だ…嫌だ…」と泣き続け、沢山の大人が居る物々しい空間では2人共勃つものも勃たず。流石にタイムを申し出たのは、この互いの精神を削るだけの行為が5回以上は続いた時のことである。

 2人きりにしてもらい、岬との子供を作る気がないことを本人へはっきりと伝えた俺は、そこで初めて岬に自身の野望を話して聞かせた。
 俺の野望は、この高辻家を『自分の代で終わらせる事』だ。
 そしてそれは、家の決定で無理矢理俺の許嫁にされたことを憂いていた岬にとっても歓迎すべき話だった。
 俺達は同じ目的を持つ共犯者となったのだ。

 勿論俺だって、最初から家を潰そうだなんて物騒な事を考えていた訳じゃない。寧ろ小学校高学年ぐらいまでは自分の役割を尊いものだと信じていたし、未来に多大な希望と期待を持っていた。
 その考えが変わったのは、弟の江雪の存在があったからだ。

 俺と弟は種違いの兄弟である。そして弟は、血の繋がるαの父親から親権を放棄された子供だ。
 弟の実の父親は高辻を管理する一族でもあるすめらぎ家の現御当主様で、今の所江雪の他にαの世継ぎは生まれていない。皇家は、俺が子供を産むことが決定している一族の内の一つでもある。
 そんな風に、世継ぎが居ないのにも関わらず母が産んだαの弟は捨てられたのだ。何か理由が、欠陥があるに違いない、という邪推が広がるのも仕方がない。本来大きな家の嫡男となるはずだった弟は、今は母方のこの高辻の家で『失敗作の欠陥α』として貶められていた。
 …でも俺は見たんだ。酷く朧げだけど覚えている。弟を身籠ったと分かった後、首の痛々しい噛み跡を残した母が心底幸せそうに笑っている姿を。その後母はいつものように大人達に囲まれて何処かへと連れて行かれ、そして帰ってこなかった。次に見たのは、数年後、白い布を顔の上に被せられ、静かに眠っている姿である。

 でもこれだけはわかる。俺と違って、弟は望まれて生まれてきた。愛されて生まれてきた。俺もそんなただ1人の弟を可愛いと思っていたのだ。
 しかし、このΩ至上主義の家で虐げられる事が日常と化してしまった弟は、完全に高辻家の悪習に染まりきり、俺もよく分からないし覚えてもいないそして覚えるつもりも無い高辻家の『掟』というものを守るようになった。

 ある日、狙ってきた刺客から俺を庇った江雪が、額を刃物で傷つけられる事件があった。物凄く派手に血が噴き出して、そんなのを見るのが初めてだった俺は酷く動揺してしまって。しかしまだ幼かった江雪は血まみれのまま言ったのだ。 

「僕は『高辻家のΩ』じゃないからどうなってもいいんだよ。でも、兄さんが死ななくてよかったぁ」

 自分の命は惜しくないみたいに言う弟に、俺は心底ゾッとした。
 違う。違うよ江雪。俺は俺のたった1人の弟で家族であるお前が大事なんだ。身代わりに死んで欲しいんじゃない。守って欲しいんじゃない。本当は愛されて育てられる筈だったお前に、ただ幸せになって欲しいだけなんだ。

 この時にはっきりとわかった。江雪はこの家に居るべきじゃない。そして俺は決意したのだ。弟が、江雪が虐げられるような、江雪が簡単に命を投げ出してしまう決断が出来るような、そんな家から江雪を解放してやりたいと。

 だから──、

「『時をかける失墜の王 アレクトア』で『穏やかな庭園 リオ』をアタック、はい墓地行き」
「あ゛!!!おまっ、岬、こんな無害そうに子供見ながら茶を飲んでるようなリオをよく殺せたな!!しかも闇落ちルートのアレクトアで!!こいつら仲間だったんだぞ!?人の心が無いのか!!?」
「馬鹿声大きい!遊んでるのがバレるだろ!」
「やべ」

 岬からの指摘に、俺は「ンン゛ッ」と喉の調子を整えてから、少し離れた位置にある襖に向かって大きく息を吸って、

「あんあん!らめえ~!!声出ちゃう~~!!イクッ!イク~~ッ!!
 ……これでよし」
「…毎回思うけど本当にこれで騙せてるの?」

 今まで何も言われてないから騙せてるんじゃないかな?……そんな、可哀想な人見るような眼で襖の外を見つめなくても…。

 あの共犯関係を結んだ二人会議の後から、俺達は積極的にお勤めを果たすと見せかけて作戦会議と遊びを半々……それは言い過ぎか。3:7くらいの割合でやっている。
 最初部屋の中にまで入ってきてお節介にも俺達二人の子作りを手伝い、また見届けようとしていた使用人たちには、「岬が緊張しちゃって勃たないから」との理由であの時以来毎回退室して頂いている。今では部屋の前、襖の外で毎回事が終わるのを待ってくれているのだ。御苦労なことです…。
 そんな感じなので基本声を潜めて会話するようにはしているのだが、遊び中つい白熱して大きな声が出てしまった時は先程のような喘ぎ(演技)で何とか誤魔化していた。岬からは「大根役者」と厳しい評価を下される俺の喘ぎ声だが、実際この約5年間どうにかなってんだから感謝しろよな。
 その思いをそのまま岬に告げると、彼からは「……はいはい、アリガトーゴザイマス」と微塵も気持ちの籠ってない感謝を返された。
 くそ…なんでも与えられ慣れているお坊ちゃまめ…。ちょっとは江雪の健気さを見習って欲しいものだ。
 まあいつもの事だけど、と構わずバトルを続けていると、先程の5年という期間続く俺達の関係に想うことがあったのか、岬はポツリと呟いた。

「…もうすぐお前の誕生日だな」
「それな」

 もうすぐと言ってもまだ三ヶ月程期間があるが、まあ感覚的にはもうすぐか。
 2月28日、それが俺の18歳の誕生日だ。
 18歳という区切りは高辻家、ひいては俺にとって非常に意味のあるもので、まあ言ってしまえば『高辻家のΩ』として正式に活動し始めなければならない歳なのである。
 そして俺は、これ以上この家の負の連鎖を続けないために、不幸な子供をこれ以上増やさないために──、

「早くどっかのβさんとヤんないとなぁ」
「言い方下品」
「ごめんあそばせ!?いつもお前の代わりにあんあんらめぇとか言ってる奴なんで~!?」

 岬の額に青筋が経ったのが分かった。おっとこれ以上刺激するのはまずい…。

 βと、というのには勿論理由がある。というのも、長い高辻の歴史の中で一度だけβとの行為を経験した『高辻家のΩ』が居たらしい。そしてその人は、βとの行為を挟んだその後から、いくらαの子種を胎に入れようとβの子供しか作ることが出来なくなったのだという。
 そのΩが最終的にどうなったのかまでは分からないが、恐らくもう用無しだからと勘当されたのだろう。その人のその後を示すような資料は見当たらなかった。
 そして俺は、その実例を利用しようと考えていた。……のだが。

 先程も話した通り、高辻家の屋敷に入れるのはΩのみ。例外がαの弟の江雪だが、屋敷内でβを見かける機会は全く無い。風俗に行くのも何度か試そうとしたが、護衛と兼任の見張りのせいで絶対に阻止される。
 となると狩場は自然、唯一俺が比較的自由行動を取れ、かつβが少なからず存在する監視の緩い学校になる。
 だがそこでの問題は、俺がこんな家系だからか、学校の生徒から遠巻きにされているということ。ビッチとかじゃないのに…。まだ一応処女(?)なのに…。

 近づくと同じ距離後退られるので、俺には友達が居なかった。
 許嫁の岬は一応貴重な俺の友達なのだが、こいつは謎に要領がいいので俺以外にもちゃんと友達を作って、休み時間などはそいつらと楽しそうに笑っている。唯一の友達にも構われず教室でずっとボッチなのは俺だけ。
 …何故だ、礼儀正しいが言葉がツンツン鋭いお坊ちゃんのくせして…。悪い事は言わないから俺にも紹介してくれ。っていうか複数人居るなら1人ぐらい分けてくんない??ダメ???

 兎にも角にも、18歳になれば色々とやる事も増えるし、高校を卒業したらいよいよ本腰を入れることになって身動きすら取れなくなりそうだから、最大の、そして最後のチャンスは正に今なのだ。
 なので、出来れば誕生日前に、最悪卒業式までには何とかβとヤってしまいたい。もうこの際逆レイプでも良い。捕まらない程度に…いや最悪捕まっても良い。
 俺は必ずやり遂げてみせる…っ!!!


 その日のバトルは結局、再編成したらしい岬の厨二病(これを言うと真っ赤な顔で怒られるけど)闇デッキに負けた。次はフェアリーデッキでの撃破を考えておくか…などと再戦に向けて対応策を練りつつ、いつものようにそれっぽくローションとかで布団を汚したり、濡らしたティシュをそこら辺に転がしたりして細々とした隠蔽工作を施す。
 そして最後の仕上げに2人で静かめの筋トレをして汗をかいてから、それっぽく服と髪を乱してザッ…!とやや気怠げに部屋を出るのだ。

 こればっかりは俺も岬も熟練の域に達していた。


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