島恋ちゅーずわんっ!

椿

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「──船だ、」

 ある夏の日の午後、一隻の船がこの島へとやってきた。

 それが全ての始まり。



 *



 スクールバッグを落とさないよう胸に抱えながら、俺は堤防から5メートル程下にある船着場を覗き込んだ。

「おっちゃーーん!!」
「──おー、なぎさァ!」
「誰か来たーーっ!?」
「ハハッ、相変わらずだなオイ!」

 おっちゃんは本土からこの辺鄙な離島に人を運ぶ船の運転手だ。基本観光地もクソも無いこの島には入る人より出る人の方が多いので、おっちゃんが来る頻度も半年に1回とかそのレベルなのだが、子供の頃から船着場チェックが日課でこうやって船を見つける度に騒ぎたてる俺は、彼にばっちり顔と名前を覚えられてしまっていた。

 逸る心を抑えきれず、若干心許なさのある木造の階段を駆け降りる俺──渚に、おっちゃんは「東京からイケメンな高校生が来たぞー!」と笑って答える。
 この島に…、東京から!!イケメンな!!高校生!!
 今まで合わせて聞いた事の無い単語の羅列に、自然とテンションが上がる。
 しかしそんな俺と反して、おっちゃんは「でもなあ…、」と珍しく渋い顔を作って腕を組んだ。

「なーんか雰囲気が暗くてだなあ…。厭世的っつーか、今にも身を投げそうっつーか……。
 都会人は弱っちいからちっと心配だぜ」



 ──その身を投げそうな都会人とは、案外すぐに出会えてしまった。

 船着場から5分もかからない場所にある砂浜。断続的に波が押し寄せるそこにポツンと立っていたのは、見慣れない後姿。
 背丈は俺より少し高いくらいで、恐らく地毛とは違うのだろう明るい髪が水面から反射する光に透けてキラキラと眩しく輝いていた。一目見ただけで、あ、多分住んでる世界が違うな、と思うくらいには垢抜けていることが分かるその出で立ちに、俺は物理と精神両方からの強烈な輝きで咄嗟に目を細める。
 そうして次に視界に入ったのは、砂浜にまるで脱ぎ捨てるみたいに無造作に放られた靴と、その隣に同じく置かれた、この島での観光(ほとんど見る場所が無いので日帰りが基本)には到底不釣り合いな大荷物。まるで身辺整理を終えてきましたとでも言いたげなそれと、投げやりにも思える持ち物の扱い、海水に浸かった足、そして先程のおっちゃんの言葉……。全て繋がった。

 入水自殺だこれ。


 理解してからの俺の行動は早かった。かつてこんなにも速く砂浜を駆けたことがあっただろうかと思う程のスピードで、俺は殆どタックルをするかの如く背後からその青年を抱き止める。

「かっ、かか考え直そう!?生きてたらきっと良いことあるからっっ!!」

 月並みな俺の静止の言葉に被って聞こえたのは、ボチャンという何かが水に落ちたような音。
 ぼちゃん?
 咄嗟に視線を音の発生源である下方に向けると、そこには既に沈みきっている文明の利器、スマートフォン。

 一拍置いて、今度はぎこちなく視線を上げてみると、そこには酷く整った正にイケメンと呼ぶにふさわしい顔面があって。

 ……あっぶなー見惚れるところだったわ。その表情が、今みたく超絶怒涛の怒り顔じゃなかったらの話だけど。

「……何してくれてんのお前…っ!?キモ…ッ!離せっ!急に抱き着いてくんじゃねーよ変質者っ!!」
「うぉっ、」
「……クッソ、電源入んねーし…、最悪…っ」
「ご、ごめん、入水自殺しようとしてんのかと思って、」
「んなわけねーだろ!!写真撮ろうとしてたんだよ!!常識的に考えろや!!」
「すみません……」

 ガ、ガチギレしていらっしゃる……。

 絶賛イライラ中の青年は、怒鳴られて委縮する俺を更にきつく睨みつけて言った。

「弁償しろ」
「……今お金持ってない、です」
「はあ?……人様のスマホ海に突き落としといて弁償も無しとか終わってんだろ…チッ、使えねーなマジで…。……田舎のおサルさんは~、いつもスマホとか使わないからありがたみが分かんないんでちゅね~~??」

 ……ボロクソ言うじゃん。っていうか今舌打ちされた???

 例え俺の想い違いが原因だったのだとしても、流石にその過ぎた嘲りにはカチンと来て、反抗心が頭をもたげる。

「……こ、こっちは人命救助のつもりだったんだから、そこまで言う事ないだろ…」
「は?何正当化しようとしてんの??全部お前の勘違いだろうが。恩着せがましいんだよ。悪質な当たり屋かテメー」
「だから言い方っ!!確かにスマホ落としちゃったのは悪いと思うけどさあ!!」
「声デカいんだよ田舎丸出しかっ!んな大声出さなくても聞こえますーー!!……あーもーっ、ウゼェからどっか行けよサル!」


 は、はあぁあ~~~!?!?



 *

「~~っ、ムッカつく!!」

 帰宅後の台所で怒りのまま、ダンッ!ダンッ!!と激しく包丁を振り下ろす俺。縁側辺りから、今俺と二人暮らしをしているじーちゃんの「荒れとんのー」という呟きが聞こえたが、そんなの気にしちゃいられない。

 なんっなんだあの失礼過ぎる男は!!こっちが下手に出て謝ってんのに、次から次へと暴言を…っ!何が田舎のサルだ!もし俺がサルで、あの悪口しか出てこない性悪野郎が人間なんだとしたら俺は一生サルのままでいいね!善良なサルのまま生きていきたいね!糞でも投げつけてやろうかあいつっ!!ウキーーッ!!
 ……まあ、でも、そもそも何でああなったのかっていうと、俺が碌に確認もせず思い込みだけで突っ込んだからだし…。俺はあいつのせいで怪我したり物壊れたりしてないけど、あいつは俺のせいでスマホが駄目になっちゃったんだし……。そういうのが無ければ、多分普通に話せてたんだとも思うし……。
 ……可能性は低いかもしれないけど、もし次会った時のためにお金、持っとくべき、だよな…。

 思考が憤慨から反省に移行し、まな板の上で衝撃と共に跳ねていた野菜たちも心なしか俺の事を優しく見守ってくれているようだった。お前達…っ!ごめんな!感情に任せて切り刻んで!!美味しく…っそれはもう美味しく食べるからっ!!
 脳内で、ともすればヤバめの殺人鬼のような事を考えながら野菜達との友情(?)を育んでいると、
 不意に、来客を示すチャイムが鳴り響いた。



「──すみません、地図が使えなくて遅れ……、」

 玄関扉を開けた先に居たのは、

「「……は??」」

 あの失礼過ぎる人間様でした。





「──ホームステイ契約っ!?」
「おー。島留学に来た学生限定のなあ。随分昔に役所の人間に強請られて書類にサインしたような気がしなくも無かったんだが……、いやあ、こんな辺鄙な島に留学生なんてこれっぽっちもこねーからすっかり忘れとったわ!!なはははっ!!」
「全く笑い事じゃないよじーちゃん!?」
「まあそんな訳だ。実家だと思って寛いでくれていいぞ、つばさクン」
「……はあ…」

 家に訪ねて来られた時は、まさかスマホ代取り立てのために後をつけて…??と戦慄したものだが、蓋を開けてみれば何と、彼はこの島の高校に留学してきた俺と同学年でもある転校生で、今から学校を卒業するまでの3年間、うちのじーちゃんの記憶にも遠い勝手な契約のせいで、この家をホームステイ先として利用するのだと……。

 つまり何の因果か、あの出会い最悪の男と俺は、これから同じ家で寝食を共にしていくわけで……。

 ……気まずっっ!!こうなると分かってたなら俺だってもっと穏便に事を済ませていただろうよっ!!
 きっとこの目の前の同居相手…榎本えのもとつばさだってそうだ。
 玄関で顔を合わせた時、明らかに「あっちゃ~やらかした~…」って絶望顔してたもん。……だよね。今から3年お世話になる家の人間に暴言吐き散らかしといて何も思わないわけないよね。本来なら出来るだけ波風立てないよう印象よく居たいと思ってた筈だよね。……そこは俺と感覚一緒みたいで安心したわ…。

 じーちゃんの勧め通り寛げるはずも無く、今も居心地悪そうに正座している青年を見て、俺は小さく息を吐いた。

 ……色々言われてムカつきもしたけど、非があるのは俺の方だし、家の雰囲気が悪いままなのも嫌だからな…。

 意を決して、俺は再度対面の彼に頭を下げた。

「……スマホ、壊してごめん。……弁償するので、金額、教えてグダサイ…」
「……いーよ別に。…どうせ此処だと圏外で碌に機能使えなかったし。……この家にWi-Fiも飛んでなさそうだし。今は無くても困らねーっつーか。逆に気楽になった的な?」
「え?じゃあ何で俺あんなにキレられたの??」
「壊して欲しかった訳でもねーよ……」

 ジト、と控えめではありながらも、恨めし気な視線がこちらへと飛ぶ。

 う、うん…。それはそうだね…。ごめん。


「よろしく……」
「……こちらこそ」


 出会い最悪ってことは、これから起こること全部プラスになっていくってことだな!?サイコー!!……なんていうポジティブな思考にはなれない俺を嘲笑うように、普段は意識もない外の虫の声がこの無言の空間に喧しく響いていた。


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