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しおりを挟む「早い段階で成功体験を積むのもいいかと思って」
「早い段階というか、まだ僕は一回しか訓練出来ていないんだが」
「何々?これどんな集まり?」
いつかミシェルを呼び出したこともある学園内の庭で、俺とテオドール、そしてミシェルという中々見ない面子が集合していた。呼び出されたから来ただけで、唯一状況を理解していないミシェルは、いつもは居ないテオドールに不思議そうな顔をする。
「最近テオドールがSに興味持ち始めたみたいでさ。良かったらミシェルからMとしてアドバイス貰えないかなって」
「本当ですかテオドール様!」
「あっ、ああ…、本当だっ!」
「え待って、何でテオドールには敬語なのお前?俺にはタメ口なのに」
「え~?だって僕ご主人様と深ぁい中になりたいんだもん。タメ口の方が距離縮まってる感じするでしょ?」
「しない。失礼だなって思う」
「それもっと強く言って…ッッ!♡」
身を捩るミシェルに白けた視線を送りながら、俺はテオドールの手を引いて反対方向を向いた。
「……ミシェルの本性分かったか?」
「あ、あぁ…」
「まだ好きでいられてるか?」
「大好きだ」
「よし」
テオドールのやる気には問題ないらしい。小声でそれだけを確認してひとまず安堵する。ここでテオドールがミシェルに幻滅してしまえば、後半の計画はたちまち瓦解してしまうからな。少しの揺らぎでは崩れないミシェルの魅力に感謝である。……俺に関してはドMというその性癖が、他の何よりも許しがたい特徴だっただけで……。
と、その時。後方から服の裾を引かれる感覚。
「……二人で内緒話?」
放置されていたミシェルだ。テオドールはその憐れみを誘うような上目遣いをモロに食らい、幸せそうに悶えていた。俺はそんなテオドールを見て、あ、ほんとにまだ大好きなんだなと事実を証明された気分だ。
ミシェルがムッ…と気分を害したような顔をしたのは一瞬で、次の瞬間にはいつものように明るく表情を変えて、
「今日はこれから僕の事虐げてくれるんですよね?♡」
「……まあ、うん…。じゃあテオドールお願いしていいか…?」
「ああ……」
「えっ」
テオドールは俺から短い鞭を受け取る。そして、「すまないミシェル…!」と抑えきれない苦悶を声に出しながら、ミシェルの手の甲に鞭を打った。
ペチン…!皮膚を弾く控えめな音が鳴る。
数秒。ミシェルによる、状況を理解するための間があって、
「──っ…たぁ……」
ミシェルがメンチ切るの初めて見た。
今度はテオドールが俺の手を引き、揃ってバッと後ろを向く。両者とも予想外の事態に冷や汗ダラダラである。
「おおおおい話が違うぞ!貴様やはり嘘を…っ!」
「違う違うマジなんだって!……でも、あ、あれぇ…??ちょ、もう一回やってみよ!?急で驚いたのかもだし!」
無理矢理互いを納得させて、「えいっ」ともう一度。テオドールの目には若干涙すら滲んでいた。
先程よりも更に弱めの音が鳴る。日和ったな。
するとミシェル、今度は痛がる素振りすら見せずにただ一言。
「──は?マジで何」
その冷たい視線に、俺達の心が折れる音がした。
テオドールは震える手でミシェルを指しながら、「は、はなし、ちがっ」と半泣きで俺に助けを求めてくる。罪悪感に殺されそうになった。
ごめんごめんほんとごめん俺だってまさかこんなことになるとはって感じであれおかしいなっ。
「ちょ、ちょっと貸してっ」
テオドールの鞭をほぼ強奪するように受け取った俺は、動揺と焦りに視線を反復横跳びさせながら、ミシェルへと向き直る。
「お手」
「わんっ♡」
迷うことなく俺の手の平に乗せられたそれを、鞭の先端で撫でながら、
「犬扱いされて喜んで、一応人間として生んでくれた親に申し訳なくならないのか?謝れよ。「自分は虐げられて勃起するような人間の皮かぶっただけのド変態マゾ犬です。こんな生き恥晒しを生ませてしまってごめんなさい」、って!」
パシンッ!!
「~~~っ!!ぼっ、僕は…っ、虐げられて勃起するような人間の皮かぶっただけのド変態マゾ犬です!こんな生き恥晒しを生ませてしまって、ごっ、ごめんなさい~~っ!!♡♡」
「……うん、ちゃんとおかしいな」
「貴様もな」
圧倒的に訓練が足りていない。俺達は否応なしに厳しい現実を突きつけられてしまった。
それから、地獄の特訓が始まった……。
ある日、
パシン!
「違う!もっと腰を入れなさい!」
「はいっ!」
「頑張れテオドール!」
またある日、
パシン!
「このような稚拙な責めでは恥ずかしくて外に出せませんよ!?」
「はいっ!」
「負けるなテオドール!」
更にそのまたある日、
パシン!
「愛しさと切なさを込めてっ!!」
「はいっ!」
「いいよ!キレてるよ!」
……月日は流れ、一つの季節が終わりを迎えた頃。
四つん這いから立ち上がった執事長が、テオドールに向けて拍手を送る。
「……もう、私が教えられることはありません。よくぞここまでやり遂げましたね。貴方様は、もう立派なSです」
「先生……!!」
「やったなテオドール…っ!途中「鞭の音がずっと耳に残って夜眠れない…」とか言ってたのにそれを乗り越えて……っお前すげえよ!俺、本気で尊敬した!!やば…何か泣けてくるぅ…」
「シャルル・ド・サ……、いや、応援係」
「応援係!?間違ってないけどっ!!」
「冗談だシャルル!僕はやり切ったぞ!」
「…っうん!うん!!やったあーー!!」
俺達は喜びのまま抱き合い、互いの健闘を称えた。
ああ、長かった…!
途中、テオドールが居ることで俺を虐めることが出来なくなったクロードに、「コレいつまで続けるんですか…」と不機嫌MAXで聞かれたり、ニコラには俺とテオドールが急に共に行動するようになったのを不審に思われたのか、やたら「衝突しなければいいだけだからな。仲良くなれとは言ってないからな」と何度も確認されたり、また実践訓練で協力してもらっていたミシェルには、「何で二人きりじゃないの」と詰められる頻度が多くなったり……。
訓練以外のところにも色々弊害は出ていたが、終わり良ければ全て良しだ。嬉しそうにするテオドールと、これからの俺の輝かしい未来を思えば多少の苦労なんて全部吹き飛んだ。
実際に俺と接し、家の状況も正しく把握してくれたテオドールは、俺が他の生徒と交流できるような機会を積極的に作ってくれた。ただ噂で勘違いを正すだけではなく、元々俺が誰とも関わらないようにしていたことが原因かもしれないとのことで、根本からの解決に協力してくれたのだ。そのおかげで、……つい暴言を吐いてしまわないかちょっと緊張感はあるけど、俺の学園生活は前よりずっと充実しているように思えた。テオドールっていう、互いに遠慮なくものを言い合える対等な友達も出来たしな!
そしてそのテオドールも、ついに執事長から一人前のSのお墨付きを貰えたのだ。ミシェルを振り向かせられるのだってもう時間の問題だろう。
完っ璧……。
これからは、大衆の前で婚約破棄がどうのこうのと責められることもないのだろう。
幼少期からずっと夢見ていた、「ありがとう」と言えば「どういたしまして」と当然のように返ってくる未来……。それが確定したのだと、
……そう、思っていたのに。
学園の中心部。行き交う人がたむろするそれなりに広い通路で、三人の男が俺とテオドールの前に立ち塞がっていた。
「テオドール様から望まないプレイを強要されているんです…。僕はご主人様と二人きりになれると思って呼び出しにも応じてるのに……こんなのあんまりだよ…。……ねえ、もう僕に飽きたのご主人様?テオドール様を好みの奴隷に調教しようとしてるの!?そんなの僕にやってよっっ!!」
「無警戒のまま屋敷に招いては人の目の前でベタベタベタベタ……。構われ待ちですか??嫉妬させようとしてます??それならまだ一考の余地はありますけど、回答によっては二度と日光浴びさせなくしてやりますよシャルル様」
「学園を卒業するまでは、と自由にさせてやるつもりでいたが……。シャルル、お前が誰の婚約者なのか、今一度しっかり思い知らせる必要がありそうだ。テオドールは今すぐ身包み剥いで国外追放な」
……何で、今度はこっちに勘違いされてるんだ…。
終わり
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めっっっちゃ面白かったです!!
ミシェルから離れるために、そして実家から合法家出(結婚)を成功させるためにテオドールをSに育てて、それを周囲の攻めたちが嫉妬するところが堪りません!!
SムーブかますけどSじゃないところも面白いです。
素直じゃないクロードとニコラ好きです。
お話として上手く纏まっていますが、面白いのでぜひぜひ続編又は番外編読みたいです。
うわーー!!ご感想ありがとうございます!色々読んで下さってる…!愛です…🥰🥰
ムーン、そうなんです!シャルル様〜は全年齢だったのでムーンには投稿できず、こことpixivのみになってます。探し出してくださってありがとうございました🥰
えへへへたくさん褒めていただけて嬉しい…!!
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ご感想ありがとうございます!!😭🤍🤍
勘違いでしたら申し訳ないのですが、おかざきさんは私が知っている岡崎さんでしょうか…?それでしたらこんなところにまでご感想をありがとうございます!!お心当たりなければスルーしてください☺️
ドSキャラのセンス初めて言われました!嬉しい!!笑 これからも書いていきたいです!🥳
それと、好きなとこピンポイントで教えてくださるの心が潤います…🥰ありがたい…🙏
キャラみんな気に入っていただけて本当に嬉しいー!!私も最近「あれ、私って総受け(総愛され)大好きだな)」ってやっと気づきました(遅)。これからも主人公の周りをクセ強男で囲んでいきたいです!笑
めちゃくちゃ褒めてくれてるーー!😭😭🤍最高に元気もらえました!!番外編…出来るかな…!?!?笑🕺🕺
ありがとうございました🥰🫶🫶
最後まで読みましたぁ(ノ˶>ᗜ<˵)ノ
そのごの、話が気になります🥺
番外編まってます(*^^*)
読んでくださってありがとうございます!🥰
楽しんでいただけてハッピーです🥳✨