悪役令息シャルル様はドSな家から脱出したい

椿

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 学園での講義も終わり、帰路に着く際も俺の頭の中は婚約破棄のことでいっぱいだった。
 まずい。婚約破棄だけは嫌だ。せっかくの逃げ道なのに。それがあったから家でも「あと少しの辛抱…」って耐えられたのに!何とか、本当に何とかしなければ…!
 そうこうしている間に馬車は家へと到着したようだ。
 降りると、そこに控えていた使用人が「おかえりなさいませ」と恭しく頭を下げ、そのまま俺の荷物を預かる。

「ありがと」

 とっさに礼を言うと、その使用人は明らかに落胆した様子で肩を落とした。

「……間違えた。汚ねえ手で触んなこのブタ!!」
「(にっこぉ…^^)」
「ねえーー!!もうやだこの家ーーー!!」
「あ、鞭で叩くのもお願いします」
「図々しいしーー!!」

 そんな時、背後から頭上に影が差す。

「──あーあ、可哀想なシャルル様。王子殿下に冷たくされてどんな気分でしたぁ?」

 上からこちらを覗き込んでいたのは、俺の従者のクロードだった。
 至近距離で愉快そうに弧を描くその色気のある唇に、俺は一瞬見惚れた。しかしそこから出てきた音の意味を反芻し、すぐさま我に返る。

「おまっクロードお前ーー!!何俺のこと売ってんだ!!」

 そう。今日学園で何故か俺の被害者として証言していたのはこのクロードである。
『私は、昨日も……っ、すみません、これ以上は…っ。……家族を危険に晒したくありません……っ』などと白々しいことを言っていた彼のことを思い出しながら、俺は語気荒く当然の疑問を投げかける。

「俺昨日お前に何か酷いことしたっけ!?家族人質に取るって何!?」
「全部嘘です」
「なんで嘘ついたの!?」
「だって俺、シャルル様が嫌がることするの大好きなんで!!」
「すっごい笑顔で言い切った…!」

 このクロードという男は代々このサド家に仕えてくれている一族の一人で、……少し会話を聞いたらわかる通り、この屋敷では珍しいドMの両親から生まれたドSの使用人である。
 俺より3歳年上の彼とは、歳も近かったことから物心つく前から遊び相手として一緒に居ることが多かった。そして、昔から背が高く、顔も体格も良ければ頭の回転も速かったクロードは、完っっ全に俺のことを下に見て舐め腐っていた。
 今日だって、珍しく「一緒に学校に行きたい」と言ってくるものだから何事かと思っていたら、案の定碌でもないことを企んでいたようだ。
 普通自分の主人の立場悪くしようとする!?逆でしょ!?俺の従者なんだから真っ先に俺を弁護するべきでしょ!?
 思い出したら怒りが蘇ってきて、気付けば手が出ていた。
 俺はクロードの首に付いた黒いチョーカーを指に引っ掛け、グッと前へ引く。
 つんのめるようにして高い位置にあった顔面を俺の目の前に差し出したその男に、俺は告げた。

「きゃんきゃん無駄吠えが多いな。弁えろ駄犬」

 蔑みの視線と冷え切った声色を向けられたクロード。しかし彼は一抹の怯みすらなく。それどころか、不遜にもその大きな手で俺の顎を鷲掴んで強引に上向かせてきた。
 そして、

「その駄犬すら従わせられない程のちっぽけな存在…ってことを教えてあげてるんですけど、わざわざ丁寧に言ってあげなきゃ理解出来ませんでしたか?知能終わってんなシャルル様♡」
「っ……!」

 眼が笑ってない。怖い。
 胸を抉るような鋭い言葉とその捕食者じみた強い視線に、俺は反射的にびくりと肩を揺らした。それを間近で見たクロードは、微かに頬を染め歪な笑みを深くする。
 クロードは俺のSムーブに対して唯一こうやって反撃してきて、しかもそれで怯える俺を見て悦に浸る正真正銘の外道であった。
 使用人(Mの姿)とはまた違ったベクトルで厄介過ぎんだろ!!
 しかし今日ばかりは俺も引けない。日中の証言のこともあって、こちらが一方的にやられっぱなしというのは癪だった。っていうかそもそも主人に対して不敬過ぎるんだよコイツ!すごい今更だけどっ!!
 むくむくと体積を増していく反抗心のままに、俺は眼を逸らしてしまいそうになるのを一生懸命我慢して、クロードをキッと睨みつける。

「お、俺はお前の主人だぞ…!」
「……そうですね。そうやって権力振りかざして、俺を不敬罪で処刑できれば満足ですか?アンタのお綺麗な手が俺の血で汚れてずっと忘れなくなるんならそれもいいですね」
「無敵なのお前!?!?」

 駄目だ勝てない。俺への嫌がらせに命かけるとか本物だ。本物の変態だ…!!
「老衰で死ね!」と負け惜しみの捨て台詞を吐いたら、「ばーか」と笑われた。馬鹿!?ストレートに悪口なんだけど!!


「またSムーブ出てましたねぇ」
「そう……、これ治さないとヤバいんだよ…。ニコラに本気で婚約破棄される…。そしたら俺の家出計画が…!」
「そしたら駆け落ちなんかもアリでは?」
「は?……え、誰と?」
「誰がいいですか?」

 クロードは、どこか意味深な表情でじっと俺を見ていた。その意味を少しだけ考えて……、

「……え、もしかして学食スタッフのタリーズさんの事言ってる…?いやいや確かに料理美味しいとは言ったよ~?優しくて気も利くし、笑顔が可愛らしいし……でも50代主婦だよ??流石に熟年夫婦の仲を切り裂くのは人としてどうかと思、」
「今日にでも身包み剝がされて国外追放されればいい」
「何でそんなこと言うの!?」


 *

 翌日の放課後。学園の庭にて。

「どうしたのご主人様?こんな人気のない所に呼び出……学園内で特殊なプレイをご所望で??さ、流石ご主人様…っ、滾ってきたぁ…!」
「うんあのまずご主人様呼びやめて!?」
「あっ♡ビンタ♡」
「してない!!勝手に押し付、」

 ガサッ
 茂みが揺れる音に視線を向けると、そこには部活動に勤しんでいたのだろう男子生徒が一人……。

「ミシェルがいじめられてるぞーーーーーっっ!!」
「あばばばば」

 声がでかい。でかい。声が。
 人気のない庭に俺がミシェルを呼び出してビンタ(してないけど)。言い訳しようのない現状に、謎の罪悪感で気が動転した俺はその場から逃げた。ついでにミシェルの手を引いて。
 案の定「待てー!」と追いかけられること数十秒。呼吸困難になりつつ適当な空き教室に滑り込んだ俺は、大人しく付いてきていたミシェルを小汚い用具箱の中に押し込んだ。すぐ後に俺も入って扉を閉める。だって他に隠れられるようなところがなかったから…。
 無意識に「実家みたいで安心するかよクソマゾ雑巾」だとか何とか言ってしまったが、我に返って謝ろうとした瞬間に正面から抱き着かれて、「狭い、臭い、ご主人様と密着できる、……最高か」とミシェルが俺の首筋で深呼吸しながら言ってきたので、申し訳なさなんてものはきれいさっぱり吹き飛んだ。そうだこいつも無敵の人だった…。

 ドタバタ騒がしい外の様子にじっと息を潜める。俺達を探す声が聞こえなくなったのは、それから数分後の事だった。隠れている間に、あれ、これ逃げたら更に悪い噂広まるんじゃ……?なんて思いもしたが、その思考は頭の奥の奥に放った。やってしまったものは仕方がない。……別に泣いてない。

 用具箱から静かに抜け出すと、ミシェルは「え~、もう終わりですか~?」と不満そうに唇を尖らせていた。「じゃあいいよ一人で入っとけよ」と素の、心からのSっぽい発言が出たが、ミシェルは「それはだいじょぶでーす」とにこやかに拒否した。え??何かSムーブとそうじゃない時見分けてる??何か純粋に怖い。

「あの、さ。もうこういうのやめて欲しいっていうか……、お、俺にかまわないで欲しいんだ…」

 先程庭で言いそびれた本題。今日はこれをミシェルに言いたかったのだ。
 少し前までは本気で友達だと思っていた手前、…こういう、突き放すようなことを言うのは何となく気まずくて、俺は少し俯き加減で続ける。

「……昨日の見てただろ。ああなると、その、すごく困る…」
「あれ、羨ましかったなあ」
「じゃあ変わってくれてよかったけどお!?」

 前は俺に辛いことがあれば「うんうん大変だったね、辛かったね。わかるよ…」と親身に話を聞いてくれていたミシェルだが、もしかしてあの時も羨ましいとか思っていたんだろうかいや思ってたな絶対思ってた。それなのに俺はまんまとミシェル…優しい…!だなんて……!くっそーー!!思わせぶりな態度取りやがってーー!!(?)

「とにかく!もう俺には近づかないでくれ!」
「ええっ嫌だよ!」
「嫌じゃない!!そういうプレイだと思ったらいけるだろお前ドMなんだからっ!」
「……はあ??」

 目の前の可愛らしい風貌の男子生徒から飛び出した、地を這うような野太い低音に、場の空気が緊張を帯びた。
 え??今の誰?誰の声??ミシェル??
 呆気に取られる俺を無視して、ミシェルは一歩一歩距離を詰めながら告げる。

「あのね、こっちは本気でMやってんの。あんまり舐めた口聞かないでもらっていいかな??プレイは互いの愛と信頼感があってこそ盛り上がるものなんだよ。精神的な責めは嫌いじゃないし寧ろ好きだけど軽々しく扱われるのはちょっと違うっていうか普通に萎える」
「ぁ、……えっ、と、」
「次から気を付けて、ね?」
「……ぁ、………はい」

 教室の壁に体がめり込みそうなくらい詰められて、俺は完全に委縮しながら返事をした。だって、いつもニコニコ明るく笑うミシェルの真顔には変な威圧感があって、…怖かったんだもん……。
 俺が了承を返したことで満足したのか、彼はにこっ!と見慣れた愛らしい笑みを見せると、「ごめんなさい!性癖のことになるとどうしても熱くなっちゃって…えへ♡」と舌を出して肩を竦めた。
 はいはい可愛い可愛い。可愛いから早く壁とミシェルのサンドイッチの具から俺を卒業させてくれ。ドMの本性を剥き出しにし始めてから、ミシェルのこういう仕草が全て打算で出来ているということが分かるようになってきた。もう騙されませんけどね俺は!!あ、ちょ、ごめんなさい近い、早く離れて…!!


「あのファンサ、」
「ファンサって言うな」
「えっとじゃあ…なんだっけ、S様ムーブ?それ辞めなくても、ニコラ殿下の要望は『諍いNG』ってとこでしょ?それなら簡単。調教してみんな奴隷にすればいいんだよ!え、待って僕も混ざりたい!!王家に関わる役職に就けば合法的にご主人様から責めてもらえるんですか!?」
「別に今も違法ではないだろうけど嫌だよ!!」

 教室の壁を背に座りながら、横並びの俺たちはぽつぽつと会話をしていた。
 ミシェルの提案は突飛だが、一理……ない、けど。調教奴隷云々は置いておいて、俺の悪癖であるSムーブとニコラの言う諍いNGがイコールで繋がっているわけではない、というところには納得してしまった。
 現にニコラと…まあミシェルとも仲良く…?はなれているわけだし、あと一応クロードも。そして今までのように、徹底的に学園内での会話を避けていた時にも、特にニコラからの苦言は無かった。
 仲良くなる必要はないけど、敵を作るのはダメ。
 ………何か、もうちょっと。…あとちょっとで、今の状況が好転する良い方法が浮かびそうな気がするんだけど…。

 うぐぐ…、と思考を巡らせる俺の横で、ミシェルがくい、と指で服の袖を引いてきた。
 視線を向けると、彼はまるで花が綻ぶように柔らかく笑んで、

「僕は、今のままのご主人様が好きだよ。強気なところも弱気なところも変えなくていい。変えて欲しくない。ニコラ殿下に婚約破棄されたらうちに来る?何でも言うこと聞きますぅ…♡」
「遠慮しときます」

 それ、家出られたとしても結局状況変わらないってことじゃん。ていうかもうサド家の使用人になれば??それかドSのクロードとくっつけば??すげえお似合いだと思うけど??

 そうこうしている内に、学園の門が閉まる時間になってしまったらしい。学園中に鳴り響く退去を促す音色に、一応近くに追手がいないのを確認してから立ち上がる。
 同じく立ち上がり、「今日もいい日だったな~」と気持ちよさそうに伸びをする隣の男に、俺は口を開いた。

「ありがとう。……何か、ヒント貰えた気がする」

 一瞬間があって、その数秒後、ミシェルは自身の制服ポケットを探ると、

「ご、ご褒美ならこの鞭で」
「さよなら!!」

 走りはさながら風のようだった。

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