俺の事が大好きな○○君

椿

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「わ! 珍しい! 睦月が家に友達を、」
「やめてその反応…」

連れられた瀬川家で、夕飯を作っている最中だった瀬川母と対面する。ストレートの長い髪を1つに束ねた彼女は、急に来た俺に対しても温かい微笑みで歓迎してくれた。

おおお…、こっちも美人だ…。やっぱり美人と美人からは美人が生まれるものなんだな…。

さっきまでは瀬川達は皆父親似だと思っていたけど、やはりどことなく母親側の面影も感じることが出来る。例えば細かいパーツとか、あとは単純に雰囲気とか…?
挨拶をしながらそんなことを考えていると、瀬川が恥ずかしそうに顔を顰めて母親に言葉を返していた。

瀬川のバツの悪そうな顔、何気に初めて見るかもしれない…。

「小崎ごめんね、うちの家族が。 何か無理矢理みたいに…」
「い、いや、」

これは謝るのか。
でももっとヤバいことしてるからなお前。

はあ…、と憂鬱そうにため息を吐いた瀬川を盗み見て、俺は以前樫谷から聞いた話を思い返す。

『──中学の時、睦月に惚れてる女が睦月に好かれるために勝手に妹弟らに貢いで、最終的に「こんなに奉仕したんだから見返りをくれ!」ってヒスってトラブったとかなんとか』

一応この事は俺が知らないていだというのもあって本人に詳しく事情を聞くのは避けていたけど…、「友達を連れて来るのが珍しい」って、多分これがあったから家族に気を遣ってたんだよな…?
今更だけど、俺瀬川の家に行って大丈夫だったのか…?

瀬川母から「もうちょっとで出来上がるから座って待ってて」と言われ、勧められるままソファーへと腰かけた俺は密かに冷汗を滲ませる。

ま、まだ今からでも遅くないんじゃないか?「用事が出来ました! 帰ります!」って一言言って走ればすぐに──、

小心者故の逃走計画を脳内で順調に組み立てている途中で、無意識にそれを阻むかの如くショタ瀬川──皐月君が俺の膝へとよじ登って来た。
特に何を言うでもなく俺の胴体に凭れてテレビを見始めた幼児に、俺の思考は混乱一色に上塗りされる。

「!? なっ、え、どっ、どうしたら!?」

俺は一人っ子だ。ついでに親戚にも近所にも歳の離れた子供なんて居たことが無いし、当然触れ合ったことも無かった。つまり俺にとって意思疎通のとりにくい幼児はまるで未知な存在なのだ。何を考えているのか、またどう扱えば良いのか全く分からない。
固まったまま、とりあえず近くに居た瀬川におろおろと助けを求めるが、彼は「いいな、皐月…」と小さく呟いて羨ましそうに幼児を眺めるだけで、何かしてくれる様子はない。

いや助けろ!?

「何で懐いてるわけ? いつもはパパとママにべったりじゃん。 さっくんー? ねーねのとこおいでー?」

動かない瀬川と代わるように、怪訝な顔で幼い弟の様子を眺めた瀬川の妹──葉月ちゃんは、優しく手招きながら皐月君に声をかけて……、無慈悲にもその弟直々に首を振られて拒絶されていた。
それを近くで見ていた眼鏡瀬川──弥生君は、すかさず自身の姉を揶揄う。

「子供はどっちが人間かちゃんと見分けられるんだよ」
「あ゛ん???」

二人の一触即発な雰囲気に気圧されるが、その対立は葉月ちゃんが弥生君にガンをつけるのを辞めたことで早々に終わりを告げたようだった。

外された視線が、今度はこちらを向く。

意志の強そうな瞳に真正面から見つめられて、一瞬ドキリと心臓が跳ねた。恐らく恐怖で。
気の強い女子はいつでも陰キャの恐怖の対象なのである。

「……ねえ、本当にお兄に虐められてないの?
今なら何言っても信じてやるわよ。 私」

「──、」

思わず呼吸を忘れて、俺は目の前の少女に釘付けになった。

彼女の目は真剣だ。揶揄いの感情など欠片も無く、純粋に己の正義感だけで俺に問いかけているのが分かる。
多分、俺が瀬川に追い詰められているところを実際に見ていたからだろう。言い方は少しキツイところもあるけど、思い返せば最初から、家族である瀬川の方じゃなく俺の味方をしてくれようとしている。
問いかけた内容が事実であれば、どうにか助けようとしてくれているのだろうか…?


──だけど。

俺はゴクリ、と真実を口内の唾液と共に喉の奥に流し込んだ。


「だ、大丈夫。 何も無いよ」

「いい加減しつこいんだよ。 葉月の勘違いだって言ってるじゃん」

俺の回答を聞いた後、「ほらね」と呆れた風に笑う弥生君に、葉月ちゃんはムッと気分を害したように眉を寄せた。
それを見て俺はすかさず彼女に対して口を開く。

やっぱり俺は、瀬川とのことを葉月ちゃんには言えなかったけど、俺へのその問いかけを無駄で余計なものだったとは思って欲しくなかったから。

「…そ、の、かっ、家族じゃない俺を信じてくれようとしてくれて、ありがとう。 そういうこと言われたの、は、初めてだったから、嬉しかった……です」

俺の言葉に、葉月ちゃんは一瞬その大きな目を見開いて、

「……別に! 状況的にそうかもって思っただけだし。 回り回って私に被害が出たら嫌だから、自分のためよ!
私が優しくて可愛いからって惚れないでよね! アンタに好かれても面倒なんだからっ!」
「あ、はい…」

感謝に対して帰って来た鋭さ全開の言葉の数々に、俺の心が折れかける。

惚れるとか一言も言ってないのに…。確かに葉月ちゃんは可愛いけど……、ん?葉月ちゃんは…、可愛い…?このフレーズ、どこかで……。

既視感のあったそれに、何だっけ?と少しだけ脳内を検索して、

『あ、因みに紅一点の葉月ちゃんはすげえ可愛い』

「何だ樫谷か……」
「!? かっ、樫谷さんが何ッッ!?!?」
「!?」

記憶の中で思い出されたその発言主の名を思わず呟くと、葉月ちゃんから思わぬ食いつきを見せられる。その勢いは、俺が反射的に肩をビクつかせてしまう程だ。
何かを期待するように輝く表情に続きを急かされて、

「え、と…、す、凄く可愛いって言ってたよ? 葉月ちゃんのこと…」

「そ、そうなんだ……。 樫谷さんが…、私の事を…。 へぇー……、へぇえ~~~~!!」

これは流石に俺でもわかる。

両手で赤い頬を抑え、モジモジと喜びを露わにするその姿は、紛れもなく恋する乙女そのもの。葉月ちゃんは自身の兄の幼馴染である樫谷の事を好いているようだった。
……セフレが複数人居ることを承知で…?…いや、深く聞くのはやめておこう。

「樫谷さんと友達なの…? ほ、他に私の事何か──、」

「葉月。 その前に制服を着替えてきなさい」
「…、何よ。 お兄もまだ制服じゃない」
「俺も着替えるから」

興奮したようにこちらへ距離を詰めて来る葉月ちゃんを、瀬川が制止する。

…あれ?瀬川、どことなく覇気がないというか元気が無いというか…。……うん。やっぱり自分の可愛い妹がヤリチン野郎の餌食になるのは見たくないよな…。わかる。

勝手に同情しながら、「ごめん、ちょっと待ってて」と恐らく自室へと向かうのであろう瀬川に頷きを返す。視線には、精一杯の労わりを込めておいた。…伝わっているかどうかは定かではないが。


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