俺の事が大好きな○○君

椿

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「……ぉ、…はょ…」

ある日の朝、挨拶をしたら気まずそうな小声でそう返される。
おや?と、俺は少しだけ目を細めた。
小崎はいつも俺が挨拶する前から期待感に満ちた顔で話しかけられるのをドキドキと待っていて、俺が声をかけたら嬉しそうに顔を上げ、「おっ、はよぅ…!」と照れたようにはにかむのに、今日はそれが無い。小崎はよそよそしく顔を俯かせると、意味も無くペンケースの中身を出したり引っ込めたりする。そんな怯えた小動物みたいな姿も可愛くはあるけど…。

俺は一瞬で教室内に視線を走らせる。

小崎が俺の事を自分から嫌いになるわけがない。…とすると、誰かが小崎に余計な事を吹き込んだ?瀬川に近付くなー、とか脅された?先月より小崎と会話する回数が多くなったあいつか?…それとも最近特に俺に心酔してる風なあいつ?
……これは絶対に無いと思うけど、小崎に恋人が出来て、そいつが嫉妬深くてクラスメイトにすら近寄るなとか言ってたりする?絶対に無いだろうけど。絶っっ対に、無いだろうけど。一応候補には入れておこうかな。隅のまた隅だけど一応ね。一応。

先の挨拶をきっかけにするように、何故か俺は小崎に徹底的に避けられるようになった。というか、そもそも授業中以外教室に居ることが無くなった。隙間時間に話しかけても、おろおろとしながら頷いたり首を振ったり短い返事をするだけで会話らしい会話は出来ず。
その間に心当たりはひとまず全部潰してみたけど、一向に小崎の態度が変わる様子はなかった。え?潰すって何って?それは、疑わしい人物に質問したり、誠心誠意お願い()したりとか色々だよ、色々。しかしそれでも小崎が俺を避ける原因は分からずじまい。
もしかして何か照れてるとか?俺のエッチな夢でもみた?ありえる。俺も夢の中の小崎には色々振り切ったことやってるけど、小崎はそんなこと出来無さそうだもんね。っていうか出来たとしても、起きた後冷静でいれそうにないよね。抱かれてる?それとももしかして俺を抱くつもりでいる?…どっちでも妄想してる小崎想像したらイケそう。

まあ冗談はさておき。俺がいない高校生活なんて、小崎にとっては監獄と同義だろう。勉強が苦手で友達もいない小崎は、俺を目で追って話しかけてもらえるのを期待することしか楽しみがないはずなのに。
小崎には絶対に俺が必要なのに。

…まあでも、たまにはそういうのもいいかな。失った時初めてその大切さに気付く、みたいな話もあるし。小崎も俺と離れて、より俺の必要性を知って、最後には「やっぱり寂しかった」と縋ってきてくれたら最高だ。俺への思いを募らせる小崎っていうのも悪くない。

そんな悠長なことを考えて、結局俺は小崎をそのまま遠くから眺めるだけにしておいた。
一旦時間をおけば、すぐに縋ってくるだろうと安易に思っていたのだ。



小崎と距離を取り出して数日後。
俺の後ろの席、つまり小崎の席に、樫谷かしたに誠也せいやがやや乱暴に腰掛けたのがわかって、苛立ちから微かに額に青筋が浮かぶ。誠也は俺の幼馴染だが、昔からとことん性格が合わないし、好ましいと感じたこともない。思ったそのままを馬鹿みたいに口に出すところも、人のパーソナルスペースをガン無視して距離詰めてくるところも、あと女性関係がだらしないところも普通に嫌いだ。腐れ縁で家同士の交流は続いてるが、特別誠也と親密でもなければ、今後敢えて親しくする予定もなかった。
「ギャハハ!」と下品な笑い声を出す男を、いつもだったら即あれこれと理由をつけて小崎の席から離れさせるが、今日は「もしかすると頼ってくる小崎が見れるかもしれない」と思い、嫌々ながらも放置することに決めた。
「せ、瀬川ぁ……」ってどうしたらいいかわからないみたいな涙目で懇願されるのは、頼られるのは悪くない。俺を見上げる小崎を想像して、降下していた機嫌が少し上向く。クラスメイトと話しながらも、俺の意識は常に背後を向いてた。
早く、早く、俺の名前を呼んで。小崎。



珍しく声を張って、誠也に笑われて、その後勢いよく机に俯せて動かなくなった小崎を見る。
──意外にも小崎は、俺に助けを求めてはこなかった。
結構我慢強いんだね?
…ああ、もしかして、いつも俺が話しかけてばっかりで受け身だったから、俺に小崎の方から声をかけることが出来ない、とか?可能性はある。それなら仕方ない。本当は小崎から求めて欲しかったけど、これ以上俺と話せないのは小崎が辛いだろうし、ひと肌脱ぐか。
まったく小崎ってば、俺が居ないとダメなんだから…。

そうして、授業中にペアを作ることになった時、俺はやれやれといった風に心中で首を振りながらも、満を持して小崎に告げたのだ。

「小崎、一緒に組まない?」

返事は、

「も、もう、俺に無理して構ってくれなくて、いっ、いいからっ…」

想像とかけ離れたものだったが。


小崎に、ペアの申請を断られて、一瞬訳が分からずにポカンと間の抜けた表情をしてしまう。
??
え?断られた??何で??小崎が惚れてる俺が誘ったのに???
ここは「瀬川! …今まで避けてごめん…! でも本当は寂しかった!! ペアになろう!!」っていう小崎の台詞で、一斉に祝福のファンファーレが鳴り響くところでは??

小崎には、進んで2人組になってくれるような友人は存在しない。今までだって、俺が小崎を誘っていなければ、最後残った人と余り物同士で集められるか、教師と組むことになっていたはずで。それは今回も同じだ。そして、当然ながら小崎にとってそれは歓迎するような結果ではない。俺と組めば、周囲のペアが決まっていく中で肩身の狭い思いをする必要もないし、「また余ってる、クスクス」なんてクラスメイトの嘲笑の的になることもない。
何よりも、小崎は俺が好きなのだ。
好きな相手に誘われて、二人組になって、共同作業をして…、嬉しくないはずがない。
なのに小崎は、少しの怒りや悔しさを含んだ、しかし一つの迷いもない瞳で俺を拒絶した。

計算外の事態が起こっていることに、俺はここでやっと気づき始めたのだった。

そして、

「あーもーお前ら知らねーかんな! 俺こいつと組む!!」
「!?」

俺が呆然としている間に、ガッ、と荒く小崎の肩を抱いた誠也によって、無理矢理小崎が掠め取られてしまう。瞬間的に殺意が湧くが、落ちつけ、俺。冷静になって考えろ。小崎は誠也のことを多分嫌悪の対象としてしか見ていないだろうし、人間関係も派手な誠也に限って、控えめな小崎に興味を持つはずもない。何を心配することがある。
──という俺の予測はまたも全て外れることとなる。

そのままの流れで小崎とペアになった誠也は、馴れ馴れしくも小崎の鼻を摘まんだり、手を掴んだり、口を塞いで距離を詰めたりとベタベタベタベタベタベタ……。
腹立たしすぎて、思わず洗浄後のビーカーを床に叩きつけてしまったのも仕方がない。仕方がないったらない。幸い周囲には俺が手を滑らせてガラス器具を割ってしまった風に見えていたようで、授業でペアになっていた女子からの心配を、即席で貼りつけた笑顔で躱す。あーーーー誠也死んでくれねーかなーー可及的速やかにーーー。
滲み出る殺意を正しい相手に向けようと、誠也の居る席に視線をやると、
心配そうな顔でこちらを見ていたらしい小崎と目が合う。
小崎はすぐに逸らしてしまったが、俺の心中では盛大に祝福の鐘が鳴り響き、ライスシャワーがこれでもかという程に舞っていた。

──ほら、小崎はやっぱり俺の事が気になるんだ。俺の事が好きだから。
それなのに…、小崎が好意を向けてるのは俺だけなのに、何で誠也が近寄っている?近寄れている?そもそもそんな権利お前に無くない?まあその権利の有無は小崎研究第一人者の俺が決めるんだけど。
小崎は、馬鹿みたいに騒ぐことと女とヤることしか考えてない低能が汚い手で触って良いような存在じゃないから。これだから他人の迷惑を顧みれない奴は。幼馴染だからってやって良い事と悪いことがあるぞいい加減にしろヤリチン二度と邪魔をするなヤリチン。

しかしそんな俺の思い呪いが天に届くことはなく、

それから何故か、小崎と誠也、互いの距離は時間を経るごとに縮まっていった。
誠也相手に段々と気安く変化する小崎の態度を見て、俺はもう怒りでどうにかなりそうだった。俺の事が好きで緊張するのはわかるが、小崎は俺に対して誠也に向けているような砕けた物言いをすることは無い。だからこそ、俺に向けられないものを易々と享受している誠也に無性に苛立ちが募ったし、誠也に便乗して小崎に絡む奴らの存在もそれに拍車をかけた。
ムカつく。触るな。小崎に触れていいのは小崎が思いを寄せている俺だけだ。それ以外はただ小崎を不快にさせるだけってことが何で分からない?

あーー…、

邪魔。

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