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しおりを挟む始まりは大昔。高名な呪術師による妖狐の封印からだったそうだ。
神秘との境界が甘く、そこらで魑魅魍魎が跋扈していた時代。
歴史書でも語られる程、世界に甚大な災厄をふりまいていたその妖狐は、大木に封じられても尚、強大な力で周囲に様々な悪影響を及ぼした。
その状況を危惧した件の呪術師は、災いを討ち払うべく三人の弟子達と徒党を組むこととなる。
弟子たちはそれぞれ『探知・討伐・浄化』の役割を担い、妖狐の力に惹き寄せられる妖を祓い、清めた。
その役目は代々彼らの子孫へと引き継がれていき、
そして現代。
──組織の要ともいえる、妖狐が封印された大木が今、激しく燃えていた。
…いや、『燃えていた』とはあまりに他人事過ぎる。正直言葉にもしたくないし全力で目を逸らしたいが、明確な事実だけを伝えようか。
木、燃やしちゃった…。
ちょろっ、とちっぽけな明かりが灯る蝋燭を片手に、俺、浅葱優吾は、呆然と目の前で燃え盛る炎を見つめていた。
*
火消しに走る使用人達によって、場は騒然としていた。
そんな喧騒をどこか遠くに聞きながら、俺はその場で力なく立ち竦む。
呆けた顔で見上げたその先。夜闇の中、青々と茂っていた若葉が次々火に焼かれて降り注ぐ様は、さながら地獄版の花見桜だった…。
はじめまして!俺、浅葱優吾!屋敷のみんなが集まる祭事中に、不注意で大事な木に火を放っちゃった!一体これからどうなっちゃうのーー!?
「──あっはっはっは!!」
脳死の現実逃避中、突如響いたのは、燃える木の小爆発にも劣らぬ大きな笑い声。聞き馴染みのあるそれに、俺はゆっくりと虚ろな目を向けた。
苦しげに笑いながらこちらへ近寄ってきていたのは、20代半ば程の男。
気怠げに着崩した着物と袴。真顔であっても薄っすら笑んでいるように見える色気のある目元と唇。今は爆笑の余韻で息が乱れているのも相まってか、全体的に妖艶な雰囲気を纏った彼…。
その名は花ヶ崎御蔭。
妖を祓う御三家の一家、『浄化』の役を担った花ヶ崎家の御当主様で、
俺が仕える主人である。
彼はすぐ側までくると、まるでそうするのが当然かとでもいうように俺の足を蹴り付けた。
しかしその理不尽すぎる攻撃は、俺に少しの痛みも与えぬまま肉体をすり抜ける。
「う、わっ」
感覚がないにしろ、視覚では認識できているそのズレは多大な違和感となって体幹を狂わせる。
たまらず前のめりによろけた、その直後。
──ブンッ
後頭部スレスレを何かが通過した。晒されたうなじに時間差で通り過ぎる風が、ゾッと背筋ごと凍てつかせる。
咄嗟に振り向くと、
「避けるな罪人。この失態、貴様の命で償わずしてどうする」
「ひ…っ!」
瑠璃宮桜介。
明るい長髪を高い位置で一つに束ね、抜身の刀をこちらに差し向ける美丈夫は、『討伐』の家系の御当主様その人である。
軽蔑と殺意の混じった鋭い目が俺を見下ろしていた。
悪を絶つ事を生業とする一族の頂点。そんな人に刃を向けられて尚、自分が生き続ける想像などできる筈もない。
感じられるのはただ二つ。恐怖と、絶望だけである。
もう一度刀が振られた。
俺は大袈裟にビクついて、情けない悲鳴を上げながら後方へ倒れる。地面に尻が打ち付けられる寸前、前髪を掠ったのは刀の切っ先だ。
身体の中心から、ドッ!と、生を実感させる鼓動が激しく鳴った。熱くもないのに一気に汗が噴き出て、途端呼吸が浅くなる。
逃げなければ殺されることは分かっているのに、全身の震えが一つの身じろぎすらも許さない。
斬られる。殺される。嫌だ…っ。何で俺が。何で、こんなことに──、
「く…っ、ふふふっ、」
恐怖に支配された思考を裂いたのは、真横で聞こえる場違いな笑い声。涙で濡れた視界にその男を映した瞬間、俺は恐怖を塗り替える程の激しい怒りを覚えた。
全部、コイツのせいだ。
死にそうな人間を前にして、寧ろ心底愉快だというふうに笑う花ヶ崎御蔭の、
──この…っ、幽霊当主のせいだ!
*
話は数ヶ月前に遡る。
それは、父の事故死から始まった。
明るい父と、病弱で淑やかな母。そしてそんな二人に、貧しいながらも愛情を持って育てられた一人息子の俺、優吾。
三人家族。何処にでもある普通の家庭だった。
一つだけ特異な点を挙げるとするなら、両親が駆け落ち結婚をした夫婦ということだろうか。
母は結構良い御家のお嬢様、父はそこの使用人だったそうだ。
紆余曲折の後2人は恋に落ち、……母方の家からは当然のように反対されたものの、諦めきれずに逃げ出してきたのだと。
その強い想いがあってか、彼らは大変仲睦まじく、暇があれば息子の前であっても構わずイチャイチャしだすバカップルだった。
そんな父が、死んだ。
そしてその悲しみも癒えない内に、追い打ちをかけるように父の多額の借金が発覚した。
何に使った金だったのか、理由は分からない。ただ、俺達が一生働いても返せないような負債額だけが真実だった。
元々病弱だった母は心労で寝込んでしまった。
取り立て屋は母に働かせようとしていたが、そんなことが出来るような状態ではない。俺が何とかするしかなかった。
……じゃないと、俺達の臓器全部売るって言われたしーーー!!それ死ぬやつじゃん!!中身全部取ったら大体の生き物は死ぬじゃん!!
そいうわけで働き場所として連れてこられたのが、門と塀で外と区切られた広大な敷地内。大木をぐるりと囲むように建設された三つの立派なお屋敷、…その内の一つで、俺は使用人として雇われることになったのであった。
奴隷として売り捌かれるか、人殺しをさせられるか…、そんな想像ばかりしていたものだから、正直この斡旋は拍子抜けだった。
妖狐が、呪術師が云々…、とかいう胡散臭い話をされた時は警戒したが、働いてみると食事の配膳、掃除洗濯、主人の身の回りの世話など、呪術がさっぱりな俺であっても問題なくこなせるような仕事ばかりで、…むしろこんないい職場を紹介してくれてありがとう取り立て屋さん、の気持ちでいっぱいである。
各屋敷に御座す当主は基本的に一名のみ。それぞれの本家からこの大木を囲う屋敷に出向しているらしい。
俺の主人は『浄化』の家系──花ヶ崎家の現当主、花ヶ崎御蔭だったが、俺が屋敷に来た時、彼は意識不明の重体とのことで屋敷には不在だった。
代わりに居たのは、代役を務めているらしい分家の当主様である。
しかしその方達は、毎夜の妖祓いをこなした後、数日で具合を悪くしては居なくなり、それを補充するように屋敷には新しい人が来た。何度も繰り返される入れ替わりを不気味だとは思ったが、理由を聞けるほど彼らと交流があったわけでもない。
多くて3日そこらの付き合いだ。宿屋の従業員にでもなった気分だった。
状況が変わったのは、ここに来て1月が経過した頃。
見覚えのない男が庭からぼうっ、と屋敷を眺めていた。不審者かと思い咄嗟に声をかけたが、彼は客人を名乗ったため慌てて謝罪。その後、当時の屋敷主の元へと案内したのだが…。
主人は、客人を前にしているにもかかわらず、まるで頭のおかしい人間を見る目で俺に告げた。
「誰も居ないが」
同時に、客人の伸ばした手が、主人の頭をすり抜けるところをはっきりと見てしまった。
紛れもない。俺が連れてきたその男は、未練多き死者の魂──幽霊であった。
理解した途端、一気に鳥肌が全身を埋めつくす。
すぐさま頭を下げ、急ぎその場から離れたが、なんと背後を幽霊が一緒に付いてきていた。
怖すぎて一度失神した。
…意識を取り戻してもまだ居たので、見間違いや夢の線は消えたのだった。
その幽霊は、自身を花ヶ崎御蔭だと名乗った。
先の妖祓いで重傷を負い、現在本家にて治療中である筈の正式な御当主様。
曰く、まだ亡くなってはいないが、霊体だけでここに来たのだと。
…ちっとも納得は出来なかったものの、高速縦揺れの震えと一緒に頷いておいた。呪術師は幽霊にもなれる。うん。常識だよね。
花ヶ崎御蔭という人物については、噂話程度に知っていた。
人を人とも思わない、残虐非道な独裁者。彼の前で失敗や無礼を働こうものなら、全身から肌色などというものは消え失せる、と…。
何その怪談みたいなの。
しかしそれを裏付けるように、最初からこの屋敷の使用人は俺一人だった。前任者は軒並み精神と身体を壊し、働けない状態で屋敷を追われたのだとか…。
しかしそれで腑に落ちた部分もある。巨額の借金を返せる程の稼ぎを得られる仕事が、今までのように普通で安全でまともな仕事である筈がないのだ。
幽霊姿が見えるのが偶々俺だけだったということで、興味を惹かれてしまったのかもしれない。
それから、地獄の日々が始まった。
かの幽霊は、生物には触れられないものの、無機物には意図的に影響を及ぼすことが出来るらしい。
ふらりと姿を現しては、部屋の扉や廊下に糸を張って優吾の足を引っ掛け、主人の食事をぶちまけさせられた。ついでに主人の頭上にもぶちまけた。
姿が見えないところでも、主人を厠に閉じ込めては俺を呼び、到着したタイミングで扉を開けて俺のせいにしたり。主人の履物を隠す、生ごみを主人の部屋前に置く、などのしょうもない嫌がらせから、主人の頭上に花瓶を落としたり、私物に刃物を仕込む、包丁を投げつける、などの身体に危険が伴うようなものまで様々。
前提として、同じ敷地に住居を構える御三家には、古くから互いの屋敷に干渉しない事を取り決めた『不可侵の契約』があり、いくつかの共有場所を除いた他家の屋敷への移動は禁止されている。
……つまりどういうことかというと。幽霊の見えない主人からすれば、嫌がらせの犯人はもう俺しかいないわけで。
勿論、激怒されるわけで。
言い訳なんてしても聞き入れられたためしはないし、「幽霊のせいです」などと言おうものなら余計に激高された。
日々妖や幽鬼と退治している専門家にも見えない霊が、一般人でしかない俺にだけ見える、だなんて信じてもらえるわけがないのだ。
主人が入れ替わる度に同じようなことが繰り返されて、時には苛烈な性格の主人に殴られたこともあった。
痛いし、怒られるの怖いし、嫌悪の感情で攻撃的に接されると気まずいし、諸悪の根源である花ヶ崎御蔭に「やめてください」なんて怖すぎて言えないし。
…全部、嫌で嫌で仕方がなかったけど、ここを逃げ出したら臓器を抜き取られて母諸共あの世行きなのだ。
耐えるしかなかった。
ああもう、早く借金返済して、こんなところ出ていきたい…!
それが最近までの話。
そして今日は、季節毎の頻度で行われるという祭事の日であった。
封印された妖狐は、その後神として祀り上げられることで怨念を鎮め、今は人間側に加護を与える存在となっている。
主に夜執り行われるこの祭事は、元妖狐である神に神饌を捧げるなどして感謝を示し、組織、ひいては人間社会全体に安寧と発展がもたらされることを祈る、大切な儀式らしい。
その重要性は、参加人数と規模からしても明らかだ。
少なくとも俺が御三家の当主とその使用人らが一堂に会するところを見たのは、これが初めてだった。
他の二家では、一人の当主につき、少なくとも五人以上の使用人が側に控えている。主人と俺、たった2人だけのこちらから見れば随分な大所帯である。
各当主は勿論、それぞれの使用人らも皆、祭事用の正装なのか各家で特徴のある衣装を身に纏っていた。
身なりも垢抜けた風に美しく整えられており、何だか全体的に煌びやかである。
一方で、地味な色の使い古した着物を纏い、いつものたすき掛けもそのままに来てしまった俺は、場違いもいいところ。
他と比べ明らかに見窄らしい身なりの自分が恥ずかしくなって、誰に指摘されるまでもなく居心地の悪さに身を竦めた。
しかしそんなことを思っていられたのも最初だけだ。いざ祭事が始まると、目の回る忙しさで何かに悩む暇すらなくなった。
祭事は順調に進み、次は献灯の儀。
これは、各家の使用人がそれぞれ蝋燭を用いて神前に灯すものらしく、俺も他家の使用人の動きを真似ながら続いた。
神前となる御神木の前には、本日のために祭壇が設置されている。献灯も、そこにある蝋燭に自身が持つ火を移すという簡単なものだ。
簡単なもの…だが、勿論失敗など許されない。
多大に緊張しながら、ぎこちなく祭壇へ足を進める俺だったが、
──その先で、花ヶ崎御蔭が待っていた。
祭壇の前に立った彼はこちらを振り返り、感情の見えない目に薄く弧を描く。
悪寒が背筋を這った。
絶対に嫌なことが起こる。
災難が降りかかる。
分かるんだ。…だってその目は、この数ヶ月間、嫌という程見て来たものだったから。
彼の手が、既に献灯を終えた蝋燭へと添えられた。
俺は小さく首を振る。声なんて出せない。彼は俺以外に見えないのだから、そんなことをしても俺が不審がられるだけだ。
花ヶ崎御蔭はニヤついた顔でこちらを見ながら、徐々にその手を蝋燭に触れさせる。
倒す気だ。倒して、祭壇に火をつける気だ。
急に歩みを止めた俺を周囲が怪訝に見ているのが分かり、慌てて歩みを進めた。
駄目だ。止めなきゃ。止めないと。何だかとてつもなく悪い事が起こりそうな予感がする…!
祭壇の前、花ヶ崎御蔭の横に辿り着いた俺は、再度小さく首を振る。
顔はこれでもかという程引き攣っていたと思う。もしかしたら鼻水なんかが出てたかもしれない。
しかしそんな俺に件の御当主様は何を思ったか、にっこりと深く笑ってから、蝋燭を倒そうとしていた手を遠ざけた。
よ、よかった…。わかってくれた…!
危機が去り、ほっと息をつく。
……その直後だった。
何だか焦げ臭さが鼻についた気がして、軽く辺りを見渡すと、
俺が持っていた蝋燭の火が、祭壇の敷き布に燃え移っているのが見えた。
えっ。
目の前の最悪を注視し過ぎて、自身の持つ蝋燭への意識が散漫になってしまっていたようだ。
それは異常な程の速度で燃え広がり、火柱を上げながら祭壇を呑み込む。そして瞬く間に御神木から伸びた細い枝へと着火した。
そこからはもう…お察しの通りである。
月以上に眩しく燃える大木。
唖然とする周囲。
俺にしか聞こえない幽霊の爆笑…。
──そして、冒頭に戻る。
使用人らが必死に水を汲み、消化活動を続けているが、燃焼が収まる様子はない。
あの蝋燭一本の火で良くここまで燃えたものだ。
え?木ってそんなに簡単に燃えて良かったんだっけ??
笑い続ける幽霊に怒りは湧くものの、現実問題、不注意で火をつけたのは俺だ。
寧ろ客観的に見ると犯人は俺でしかない。うん。どうしても、俺だ。
目の前に突きつけられるのは罪を裁く日本刀。
炎色を反射してギラつく鉄に、罪悪感ごと焙られ、俺の身体は脂汗と共に溶けて亡くなる寸前だ。
「す、すみませ…、──ッ!?」
せめてもの恩赦を賜ろうと口にした謝罪は、腹を蹴りつけられた痛みで最後まで音にならず消えた。
げほっげほっ、と蹲って咳込む俺を、瑠璃宮様は更に踏みつけて告げる。
「黙れ。謝罪でどうにかなる問題ではない。大御狐神の封印が解かれたのだぞ…!」
彼が言い終わるか否かというところで、「うわぁああ!!」とどこかから大きな叫び声が上がった。
反射的に目を向ければ、俺の今の主人と、御三家の一つである鳳条家の当主様が地面へ倒れ伏しているのが見える。
……状況全く分かんないけど、なんかヤバいことになってるーーーー!?
混沌とする現場の中、いち早くこちらへ駆け寄ってきたのは瑠璃宮様の使用人。目鼻立ちのすっきりとした美女だ。
「大御狐神様の顕現にあてられたようです。旦那様は、」
「効かぬ。侮るな」
「失礼いたしました」
立ち去っていく彼女の背中を呆然と眺める。人生で一番心臓が暴れている気がした。……恋?いやそんなふざけた事言ってる場合じゃない!
どうしよう…。どうしようどうしようどうしたらいい。
頭が真っ白だ。汗と震えが止まらない。
これ、もしかして……、俺がやったことって、放火だけじゃなくて──、
背中に乗ったままの足に、グッ、と体重がかかった。
肺を潰しにかかる勢いのそれに、俺の口からは無理矢理空気が押し出されたような声が出る。
「が…っ、」
「主犯のくせに、這いつくばったまま火消もせずか?」
「…っ!すっ、みませ…っ、ひっ、ひけしっ、」
「遅い!とっくに全焼だこの愚図が!」
「ヒッ、」
再度蹴りつけられ、慌てて身を庇うように縮こまったが、その情けない反応も瑠璃宮様の気に障ったらしい。
額に一つどころではない青筋が刻まれるところを見てしまい、俺の震えはもう人の肉眼ではまともに姿を捉えられない程にまでなる。
「旦那様。宗主様から式のお返事が」
流石に死を覚悟すべきかと思い始めた時、またも別の使用人。どうやら偉い人からの手紙を渡しに来たようだ。
瑠璃宮様は使用人に見向きもせず、手紙だけを受け取ると…、
「──は…?」
彼の額にまた一つ青筋が刻まれた。
手紙がぐしゃりと握りつぶされる。次にああなるのは俺?という被害妄想を他所に、背中からは瑠璃宮様の足がどかされた。
地面に押し付けられていた圧がなくなり、一気に呼吸がしやすくなる。
戸惑いながら見上げると、彼は抜いていた刀すらも丁寧に鞘へと戻していた。
……あれ、もしかして助かった!?考え直してくれた!?
ぱああっと歓喜で明るくなった俺の顔は、直後、皮でも剥ぎ取られんばかりに乱暴に掴み上げられた。頬に指…どころか爪が食い込んで凄く痛い。
勿論それをやったのは放火犯絶許隊長の瑠璃宮様である。
世界ってそんな甘くない。
「宗主様は慈悲深いお方故、貴様を罰するなと仰る」
威圧感のある重低音の声と共に、爪の食い込みが深くなった。
「信じられるか?不審な態度で御神木に火をつけ、狐神を取り逃がした貴様がお咎めなしだと。…なあ。見合っていないだろう。分かるよな」
「…っ、は、はひ…」
「3日だ」
「……。えっ」
「狐神探しの期限だ文脈で察しろ頭が悪いな!!」
「スミマセッッッッ!!」
もお怖すぎるよぉおーーー!!怒鳴られたらなんっっっも頭に入ってこないんだよーー!!悪いの俺なんだけどーー!!ごめんなさいなんだけどーー!!
えっと、えっと…3日!?3日が何!?『コシン』探しって何!?
「幸い敷地には、内外共に妖の通過を阻む結界が張ってある。狐神もここを離れることはないだろう。……期限を設けたのは慈悲だ。宗主様のご意向を早々に無下にするわけにはいかぬからな。…だがしかし、なあ?宗主様はお忙しいのだ。期間が空けば貴様のような蛆虫の事など、記憶の端にも掠めんだろうよ」
目を白黒させる俺に念を押すように、瑠璃宮様は距離を詰めた。
美麗な尊顔が視界いっぱいに広がり、俺は無意識に唾を呑む。
次にその口から出てくる言葉が、死刑宣告とも知らず。
「期限は3日。死にたくなければ、死ぬ気で狐神を捕獲しろ」
「……ふぁい…」
選択肢は既にない。
狐の神様を捕まえられなければ死ぬ。それだけの話。単純な話。
……単純…な……、
ヤダーーーッッ!!
か、神様って、え!?そんな!友達でも何でもないのに!!
見たこともないし!?てか見えるの!?俺約1名の幽霊しか見たことないけどいける!?いけるわけないよね!?捕まえられるわけないよね!?
そそそそしたら死ぬってことでしょ!?嘘じゃん!!
瑠璃宮様は、息が荒くなる俺を蔑むように顎を解放すると、「ヂィッ!!!」と舌が摩擦で焼け焦げる勢いの舌打ちを残して去っていった。
酷すぎ。そして怖すぎ。
「はあーー、笑った笑った」
瑠璃宮様と替わるように声をかけてきたのは、近くでずっと笑い声を絶やさなかった幽霊当主様である。丈夫な声帯をお持ちなんですね。
彼は目元に浮かんだ笑い涙を拭いながら、弾んだ声で言った。
「所詮蝋燭の火だし?ちょっと木の皮焦がすぐらいが限界だと思ってたんだけどさあ、…枝着火の全焼って!面白過ぎるだろ!ねえもしかして事前に油とか撒いてた?何であんなに燃えてんの!笑い殺す気かよ!」
思い出したのか、また腹を抱えて笑い出す御当主様。
自分にしか聞こえない大音量が、不快に耳を刺していた。
「…くくっ、み、みんな口開けてポカーンって…!もうっ、間抜けすぎて見てらんない!腹捩れるって!ひっ、火で、さあ!火で、照らされてっ、また顔が良く見えるんだわっははは!!ひっ、待って、く、くるし…っ!笑い過ぎてっ、息、できな…っ、あっはっはっは!!」
瑠璃宮様からの恫喝で恐怖を感じすぎたことによって、何かしらの感覚が狂ってしまったのかもしれない。
普通ならこの人相手に反抗なんて考えもしないのに、恐ろしいだとかそんな感情を一時の苛立ちが凌駕した。
「~~っ、何でこんなことするんですか!!おっ、俺に何か恨みでもあるんですか!?」
「恨み?ないけど?」
思わず出た強めの言葉。
しかし彼は特に気にした様子もなく、きょとんとした無垢な瞳をこちらに向けた。
それはすぐにまたニヤついた笑みの形に細められる。
「ていうか何?何か僕のせいみたいに言ってるけど、木燃やしたの君だよね。自分の功績は自分で誇らなきゃ」
気が済んだとばかりに伸びをしてこちらに背を向けた彼は、最後に顔だけで振り返ると、
「ま、狐捕まえるのなんか君には絶対無理だし、万が一砂粒みたいな確率で捕まえられたとしても、多分あのヒスロン毛にあることないこと荒探しされて処されるのがオチだと思うから、…何ていうかお疲れさま。あと3日の命、せいぜい謳歌しなよ」
そう言い残し、にっこりと手を振りながら立ち去っていく。
その後ろ姿を見ながら、俺は何故か、親に捨てられる子の気分に近いものを味わっていた。
助けてくれるとか、期待してたわけじゃないけど……。
期限付きの死の恐怖と、先の見えない不安感。
じわじわ、焦燥で胸が押し潰されそうになるそれらをできるだけ考えまいと、俺は土で汚れ、着崩れた着物のたるみを、ぎゅう…、と力いっぱい握りしめていた。
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