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三章
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「勇者様。大丈夫?」
不意に覗き込んできたシエルの近さに、反射で「のわっ!?」と飛び上がった。
どうやら少しボーッとしていたらしい。
…えっと、オレは今何を……、
「それでどうするの?働く?」
呆けているオレに、真正面で頬杖をついたお姉さんが促す。
…ああそうだ、ブレスレットを買うお金がないって話だった!
それで今、お姉さんが夢のような職場を紹介しようとしてくれて、
「はい!お願──、」
ぐいっ、
その了承の返事は、服の裾を引っ張られたことで中途半端に途切れる。
犯人はシエルだった。
じっとこちらを見上げる隠れた赤眼に、オレは何だか落ち着かない気分にさせられる。
「な、何…??」
「勇者様には無理だと思う」
「どういう仕事かも分からないのに!?」
可哀想なものを見る目で「ざんねんながら…」と首を振られて、意味が分からなかった。
オレってそんな鈍臭そうに見えるのか??
地味にショックを受けていたところで、背後から聞こえたのは「勇者さーん!!」という聞き慣れた声。
咄嗟に振り返ると、
「ノアさん!」
「良かった見つかったー!」
ぱあっ!と明るい表情で駆け寄ってくるのは、逸れていたノアさんだった。
探してくれたんだ…!その優しさに胸をときめかせながら、同時にもう一人の仲間の姿が視界に入る。
ロープで手首と足首、そして布で口さえも拘束されたエリーは、ノアさんによって地面を引き摺られていた。
「どんな状況!?」
「エリアスさんの人格が変わってしまって…」
「えっ!?」
咄嗟に横たわるエリーを覗き込むと、口布の隙間からフーッ!フーッ!と荒い息を吐く彼は、禍々しい殺意の目でこちらを睨み付けてくる。
あ、ホントだ入れ替わってる…。
「たまたま大人しかったので僕でもすぐ拘束出来たのですが、……怖かった…っ…」
潤んだ瞳で身を震わせるノアさんを見て、とてつもない罪悪感に襲われた。
戦闘経験も武器も持たないノアさんが1人で魔族と対峙するなんて、どれだけ恐ろしく心細かったことだろう。それでも周囲の人を傷つけないために、それで心を痛めるエリーを守るために、逃げずに立ち向かって……。
健気なノアさんに何だかこっちまで目が潤んできそうだった。
「不安にさせてすみません!エリーのことも本当にありがとうございました。ノアさんは怪我してないですか…?」
「……え??ぁ、怪我?……、ちょ、ちょっとだけ…、した、かも…?」
やや顔を赤らめて視線を彷徨わせたノアさんは、一瞬両手を後ろにやってから、再度おずおずとオレの前へ差し出す。
恐ろしい程に血塗れだった。
「血ーーッッ!?あれ、さっきまでは無傷…、いやそんなのどうでもいい!だ、だだだ大丈夫ですか!?すぐ治療しますから…!」
「ありがとうございます勇者さん…♡」
痛いに決まっているのに、こちらを心配させないようにか、逆に嬉しそうにも見えるその表情に胸が痛くなる。
オレレベルの治癒魔法で完璧に治せるかな…?せめて痛みを感じなくなるくらいには。そう思って惜しみなく力を使った。
幸いそこまで深い傷ではなかったようだ。まずは止血が出来た事にホッとしていると、ノアさんがこちらに顔を寄せた。
距離が近くなる。
耳にかかる吐息に、反射でぞくりと肌が痺れた。
「もし怪我が完全に治っても、痛かったことは覚えているので…すぐには上手く動かせないかも…」
「ぁ…どっ、…で、ですよねーー!」
「勇者さん、今日一日手伝ってくれませんか?ご飯食べるのとか、身体洗うのとか、……夜の…とか」
「は、ぇっ、」
「足腰はちゃんと元気なので、そこは安心してくださいね♡」
「……っ…!」
淫らな行為を連想させるような囁きに、ブワリと一瞬で顔が火照る。
いやいや。いやいやいやそんな事、こんな日中に、しかもあのノアさんが言うわけないだろ!?
自分の妄想を律しながら慌てて現実のノアさんに目を向けると、彼はその色香を最大限まで高めた艶っぽい表情で、うっとりとオレを見ていた。
先程の発言の意図がオレの勘違いでも何でもなかったことを確信して、ドッ!と鼓動が勢いを増す。
きょ、今日、するの…?まだ発情は来てないんだけど、えっと、これから来るって事…?
そんな夜の予定を宣言されて、治癒魔法に集中できる筈もない。
しかも、ノアさんは追撃するかのように「治癒魔法、お上手ですね勇者さん」「勇者さんって何でも出来ちゃうんですね」「本当にかっこいい」「尊敬します」「やっぱり僕には勇者さんが居てくれないと…」と、耳に唇がくっつきそうな程の位置で魅惑的な賞賛の言葉ばかりを浴びせかける。
オレはそれに「ふへ、へっ、」なんて気持ち悪い赤面を晒しながらひたすらに魔力を離散させていた。
そんな空気を裂いたのは、自力で口布を外したらしい偽エリーだ。
「お゛ッッえ゛!!弱者の傷の舐め合いと乳繰り合いキッッツ~~!!…おいおい、まさかお前ら、ボクのこともそんな風ないやらしい目で見てるんじゃないだろうな!ああいや別に?止めようって訳じゃない。頭の中でくらいはいい思いさせてやらなきゃ可哀想だしぃ?まあボクの事を舐め腐っていられるのもどうせ今だけだろうからね。せいぜいその小さい脳味噌で一生懸命ボクを扱き下ろす妄想してマス掻いてろザァ~~コ!!」
「わ、急によく喋るな…」
「表に出て来た時しか喋れないから必死なんですね」
地面に転がったままイキる偽エリーに、いい感じに力が抜ける。
ノアさんの治療を済ませてから、オレは偽エリーが既に拘束されているのをいいことに、素手で身体に触れてエリーに戻そうとした。
しかし「汚い手で肌に触れるな血液袋がッ!」と往生際悪く身を捻って抵抗される。
「大丈夫!全然表に出てこれないのも嫌だろうから、エリーとも話し合ってたまに出してやるって!もっと人気のないとこでだけど…」
「……はあ??『出してやる』だぁ??…………、…ッ!イラつきすぎて一瞬意識飛んだ。やっぱ駄目だ。コイツ生理的に無理。殺す。ただ殺す。切り刻んで殺スッッ!!」
「な、何で!?」
「勇者さん、やはり僕と2人旅の方が良いのでは?今からでも全然遅くないと思います!全然!遅く!ない!」
場が混沌としてきた頃、オレ達の会話をずっと黙って聞いていたシエルが唐突に呟いた。
「パーティーメンバー、全部で4人?」
「えっ?」
4人?…オレ達は3人だけど…、あ、もしかしてこの偽エリーも数えてる??
そうとも違うとも言えないでいると、シエルがオレを指さした。
「1、…2、3…、」
続けてそれをノアさんと偽エリーの順にスライドさせていって、
「4」
最後にシエル自身を指す。
「えっ」
「パーティー募集してたよね?ギルドも辞めたし、魔王城まで案な…ついていってあげてもいいよ」
「ぁ、えっ、……待って、ギルド辞めた理由の『冒険に出るから』って、…ッもしかしてオレ達と!?」
「もう流石に定員オーバーですよね勇者さん!」
「神子様には聞いてな、むぐっ」
「『付・き』!!神子様付き!嫌ですねそれじゃ勘違いする人も出てくるでしょうどうか口の利き方には気を付けて」
「ふぁふぁひまひは…(※わかりました)」
塞がれていた口が自由になったシエルは、オレを見上げて「……、だめなの?」と不安げに言った。
ぎゅっ、とオレの胸が強く痛みを伝えてくる──その直後、
「はい人質」
「なっ、」
どうやって縄を解いたのか、拘束から逃れた偽エリーが背後からシエルを捕らえる。そしてその首に鋭利なナイフを突きつけた。
典型的な脅しスタイルである。
あまりにスピーディーかつ手慣れたその犯行に、助けるのが間に合わなかった。
「このガキ殺されたくなかったら今すぐ地面で額の肉削って誠心誠意ボクに詫びながら血を差し出せ。まあお前らのドブ臭ぇ血なんか飲めたもんじゃないけど、どっちが上の立場か身体に教え込まないと低脳揃いの劣等種は理解できないだろうからね。あ、あとぉ、ボク負け犬見てみたいなぁ~。見せてくれないと~手元狂っちゃいそうだなぁ~」
「めっちゃ喋る!卑怯だぞ!」
「オイ何喋りかけてんの??対話できる立場だと思ってんの??」
シエルの細い首に刃先が食い込む。
まずい…っ、このままじゃ…!
──焦るオレの背中に、ノアさんの手が優しく添えられた。
目線を向けた先のいつもと変わらない柔らかな笑みに、少しだけ気持ちが落ち着く。何か策があるのかもしれない…!
「勇者さん、ここは僕に任せてください」
「ノアさん…!」
「負け犬だワン♡」
「ノアさん!?」
オレの方を向きながら、手を前足のように丸めて「わんわん♡」と犬の真似をし出したノアさんに心底困惑する。
いや、可愛いけど!そりゃこんなワンちゃんが居たら人生投げ打ってでも貢ぎたいって思う程すっごく可愛いけど!!でもコレ絶対偽エリーにはっ、
「あーあ、お前らのせいでこの世界からハナクソみたいにちっせー命が消えまぁーす」
「見えないところでやって欲しいワン♡」
「ノアさん!?待って待って待って!!言う通りにするからっ!!」
「敬語だろオラァ!!」
やっぱり怒ったーー!!
どうしよう…っ。本当に血をあげるわけにもいかないし、無理矢理触ろうとしてシエルが危険に晒されたら嫌だし…!…とりあえず今は、相手を油断させるためにも従ってるフリをしないと…。
えと、何だっけ……、額を地面で削れとか言ってた気がする…。
渋い顔で膝をつこうとするオレを、偽エリーは満足げに見下ろしていた。
多少は溜飲も下がったのか、シエルの頬を刃物でぺちぺち叩きながら上機嫌にこちらを罵倒してくる。
「っていうか、こんなちんちくりんが新しいパーティーメンバー?ハッ、ほんっと惨め過ぎて笑える。何?底辺走るのが趣味とか?まっ、ザコの集まったパーティーにはザコしか寄ってこねぇか。それで魔王様に勝てるとか本気で思ってるわけじゃないよね?…あ~~夢見ちゃってんだ~~!うっわ~かわいそ、う、………、」
腕の中のシエルを見て、偽エリーの動きが止まった。
「魔…ッッッ!!!!!!」
「ま??」
突如謎の奇声をあげた偽エリーは、弾かれたように勢いよく両手を上げる。それと同時、ナイフも放物線を描きながらどこかへ飛んで行った。
そして、一歩、二歩…、彼は生まれたての小鹿のようなぎこちなさで後退し…、
「魔お、…まっ、………まめは、まるい…」
「どうした!?」
様子はおかしいが、丸腰の今が最大のチャンスなのは違いない。
急いで抱きしめれば、肌が触れる直前に物凄く低い声で「コロス…ッッ!!」と恨み言を吐かれた。口が悪い。
「……お…??あっ勇者じゃないか!合流出来て良かった!……悪い、また変わってたか…?」
「うん、でも皆無事だよ!」
「! 流石勇者だ、ありがとう」
「エリアスさん、戻ったならさっさと離れてくれます??」
不意に覗き込んできたシエルの近さに、反射で「のわっ!?」と飛び上がった。
どうやら少しボーッとしていたらしい。
…えっと、オレは今何を……、
「それでどうするの?働く?」
呆けているオレに、真正面で頬杖をついたお姉さんが促す。
…ああそうだ、ブレスレットを買うお金がないって話だった!
それで今、お姉さんが夢のような職場を紹介しようとしてくれて、
「はい!お願──、」
ぐいっ、
その了承の返事は、服の裾を引っ張られたことで中途半端に途切れる。
犯人はシエルだった。
じっとこちらを見上げる隠れた赤眼に、オレは何だか落ち着かない気分にさせられる。
「な、何…??」
「勇者様には無理だと思う」
「どういう仕事かも分からないのに!?」
可哀想なものを見る目で「ざんねんながら…」と首を振られて、意味が分からなかった。
オレってそんな鈍臭そうに見えるのか??
地味にショックを受けていたところで、背後から聞こえたのは「勇者さーん!!」という聞き慣れた声。
咄嗟に振り返ると、
「ノアさん!」
「良かった見つかったー!」
ぱあっ!と明るい表情で駆け寄ってくるのは、逸れていたノアさんだった。
探してくれたんだ…!その優しさに胸をときめかせながら、同時にもう一人の仲間の姿が視界に入る。
ロープで手首と足首、そして布で口さえも拘束されたエリーは、ノアさんによって地面を引き摺られていた。
「どんな状況!?」
「エリアスさんの人格が変わってしまって…」
「えっ!?」
咄嗟に横たわるエリーを覗き込むと、口布の隙間からフーッ!フーッ!と荒い息を吐く彼は、禍々しい殺意の目でこちらを睨み付けてくる。
あ、ホントだ入れ替わってる…。
「たまたま大人しかったので僕でもすぐ拘束出来たのですが、……怖かった…っ…」
潤んだ瞳で身を震わせるノアさんを見て、とてつもない罪悪感に襲われた。
戦闘経験も武器も持たないノアさんが1人で魔族と対峙するなんて、どれだけ恐ろしく心細かったことだろう。それでも周囲の人を傷つけないために、それで心を痛めるエリーを守るために、逃げずに立ち向かって……。
健気なノアさんに何だかこっちまで目が潤んできそうだった。
「不安にさせてすみません!エリーのことも本当にありがとうございました。ノアさんは怪我してないですか…?」
「……え??ぁ、怪我?……、ちょ、ちょっとだけ…、した、かも…?」
やや顔を赤らめて視線を彷徨わせたノアさんは、一瞬両手を後ろにやってから、再度おずおずとオレの前へ差し出す。
恐ろしい程に血塗れだった。
「血ーーッッ!?あれ、さっきまでは無傷…、いやそんなのどうでもいい!だ、だだだ大丈夫ですか!?すぐ治療しますから…!」
「ありがとうございます勇者さん…♡」
痛いに決まっているのに、こちらを心配させないようにか、逆に嬉しそうにも見えるその表情に胸が痛くなる。
オレレベルの治癒魔法で完璧に治せるかな…?せめて痛みを感じなくなるくらいには。そう思って惜しみなく力を使った。
幸いそこまで深い傷ではなかったようだ。まずは止血が出来た事にホッとしていると、ノアさんがこちらに顔を寄せた。
距離が近くなる。
耳にかかる吐息に、反射でぞくりと肌が痺れた。
「もし怪我が完全に治っても、痛かったことは覚えているので…すぐには上手く動かせないかも…」
「ぁ…どっ、…で、ですよねーー!」
「勇者さん、今日一日手伝ってくれませんか?ご飯食べるのとか、身体洗うのとか、……夜の…とか」
「は、ぇっ、」
「足腰はちゃんと元気なので、そこは安心してくださいね♡」
「……っ…!」
淫らな行為を連想させるような囁きに、ブワリと一瞬で顔が火照る。
いやいや。いやいやいやそんな事、こんな日中に、しかもあのノアさんが言うわけないだろ!?
自分の妄想を律しながら慌てて現実のノアさんに目を向けると、彼はその色香を最大限まで高めた艶っぽい表情で、うっとりとオレを見ていた。
先程の発言の意図がオレの勘違いでも何でもなかったことを確信して、ドッ!と鼓動が勢いを増す。
きょ、今日、するの…?まだ発情は来てないんだけど、えっと、これから来るって事…?
そんな夜の予定を宣言されて、治癒魔法に集中できる筈もない。
しかも、ノアさんは追撃するかのように「治癒魔法、お上手ですね勇者さん」「勇者さんって何でも出来ちゃうんですね」「本当にかっこいい」「尊敬します」「やっぱり僕には勇者さんが居てくれないと…」と、耳に唇がくっつきそうな程の位置で魅惑的な賞賛の言葉ばかりを浴びせかける。
オレはそれに「ふへ、へっ、」なんて気持ち悪い赤面を晒しながらひたすらに魔力を離散させていた。
そんな空気を裂いたのは、自力で口布を外したらしい偽エリーだ。
「お゛ッッえ゛!!弱者の傷の舐め合いと乳繰り合いキッッツ~~!!…おいおい、まさかお前ら、ボクのこともそんな風ないやらしい目で見てるんじゃないだろうな!ああいや別に?止めようって訳じゃない。頭の中でくらいはいい思いさせてやらなきゃ可哀想だしぃ?まあボクの事を舐め腐っていられるのもどうせ今だけだろうからね。せいぜいその小さい脳味噌で一生懸命ボクを扱き下ろす妄想してマス掻いてろザァ~~コ!!」
「わ、急によく喋るな…」
「表に出て来た時しか喋れないから必死なんですね」
地面に転がったままイキる偽エリーに、いい感じに力が抜ける。
ノアさんの治療を済ませてから、オレは偽エリーが既に拘束されているのをいいことに、素手で身体に触れてエリーに戻そうとした。
しかし「汚い手で肌に触れるな血液袋がッ!」と往生際悪く身を捻って抵抗される。
「大丈夫!全然表に出てこれないのも嫌だろうから、エリーとも話し合ってたまに出してやるって!もっと人気のないとこでだけど…」
「……はあ??『出してやる』だぁ??…………、…ッ!イラつきすぎて一瞬意識飛んだ。やっぱ駄目だ。コイツ生理的に無理。殺す。ただ殺す。切り刻んで殺スッッ!!」
「な、何で!?」
「勇者さん、やはり僕と2人旅の方が良いのでは?今からでも全然遅くないと思います!全然!遅く!ない!」
場が混沌としてきた頃、オレ達の会話をずっと黙って聞いていたシエルが唐突に呟いた。
「パーティーメンバー、全部で4人?」
「えっ?」
4人?…オレ達は3人だけど…、あ、もしかしてこの偽エリーも数えてる??
そうとも違うとも言えないでいると、シエルがオレを指さした。
「1、…2、3…、」
続けてそれをノアさんと偽エリーの順にスライドさせていって、
「4」
最後にシエル自身を指す。
「えっ」
「パーティー募集してたよね?ギルドも辞めたし、魔王城まで案な…ついていってあげてもいいよ」
「ぁ、えっ、……待って、ギルド辞めた理由の『冒険に出るから』って、…ッもしかしてオレ達と!?」
「もう流石に定員オーバーですよね勇者さん!」
「神子様には聞いてな、むぐっ」
「『付・き』!!神子様付き!嫌ですねそれじゃ勘違いする人も出てくるでしょうどうか口の利き方には気を付けて」
「ふぁふぁひまひは…(※わかりました)」
塞がれていた口が自由になったシエルは、オレを見上げて「……、だめなの?」と不安げに言った。
ぎゅっ、とオレの胸が強く痛みを伝えてくる──その直後、
「はい人質」
「なっ、」
どうやって縄を解いたのか、拘束から逃れた偽エリーが背後からシエルを捕らえる。そしてその首に鋭利なナイフを突きつけた。
典型的な脅しスタイルである。
あまりにスピーディーかつ手慣れたその犯行に、助けるのが間に合わなかった。
「このガキ殺されたくなかったら今すぐ地面で額の肉削って誠心誠意ボクに詫びながら血を差し出せ。まあお前らのドブ臭ぇ血なんか飲めたもんじゃないけど、どっちが上の立場か身体に教え込まないと低脳揃いの劣等種は理解できないだろうからね。あ、あとぉ、ボク負け犬見てみたいなぁ~。見せてくれないと~手元狂っちゃいそうだなぁ~」
「めっちゃ喋る!卑怯だぞ!」
「オイ何喋りかけてんの??対話できる立場だと思ってんの??」
シエルの細い首に刃先が食い込む。
まずい…っ、このままじゃ…!
──焦るオレの背中に、ノアさんの手が優しく添えられた。
目線を向けた先のいつもと変わらない柔らかな笑みに、少しだけ気持ちが落ち着く。何か策があるのかもしれない…!
「勇者さん、ここは僕に任せてください」
「ノアさん…!」
「負け犬だワン♡」
「ノアさん!?」
オレの方を向きながら、手を前足のように丸めて「わんわん♡」と犬の真似をし出したノアさんに心底困惑する。
いや、可愛いけど!そりゃこんなワンちゃんが居たら人生投げ打ってでも貢ぎたいって思う程すっごく可愛いけど!!でもコレ絶対偽エリーにはっ、
「あーあ、お前らのせいでこの世界からハナクソみたいにちっせー命が消えまぁーす」
「見えないところでやって欲しいワン♡」
「ノアさん!?待って待って待って!!言う通りにするからっ!!」
「敬語だろオラァ!!」
やっぱり怒ったーー!!
どうしよう…っ。本当に血をあげるわけにもいかないし、無理矢理触ろうとしてシエルが危険に晒されたら嫌だし…!…とりあえず今は、相手を油断させるためにも従ってるフリをしないと…。
えと、何だっけ……、額を地面で削れとか言ってた気がする…。
渋い顔で膝をつこうとするオレを、偽エリーは満足げに見下ろしていた。
多少は溜飲も下がったのか、シエルの頬を刃物でぺちぺち叩きながら上機嫌にこちらを罵倒してくる。
「っていうか、こんなちんちくりんが新しいパーティーメンバー?ハッ、ほんっと惨め過ぎて笑える。何?底辺走るのが趣味とか?まっ、ザコの集まったパーティーにはザコしか寄ってこねぇか。それで魔王様に勝てるとか本気で思ってるわけじゃないよね?…あ~~夢見ちゃってんだ~~!うっわ~かわいそ、う、………、」
腕の中のシエルを見て、偽エリーの動きが止まった。
「魔…ッッッ!!!!!!」
「ま??」
突如謎の奇声をあげた偽エリーは、弾かれたように勢いよく両手を上げる。それと同時、ナイフも放物線を描きながらどこかへ飛んで行った。
そして、一歩、二歩…、彼は生まれたての小鹿のようなぎこちなさで後退し…、
「魔お、…まっ、………まめは、まるい…」
「どうした!?」
様子はおかしいが、丸腰の今が最大のチャンスなのは違いない。
急いで抱きしめれば、肌が触れる直前に物凄く低い声で「コロス…ッッ!!」と恨み言を吐かれた。口が悪い。
「……お…??あっ勇者じゃないか!合流出来て良かった!……悪い、また変わってたか…?」
「うん、でも皆無事だよ!」
「! 流石勇者だ、ありがとう」
「エリアスさん、戻ったならさっさと離れてくれます??」
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