勇者追放

椿

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二章

15

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「遅い」
「申し訳ございませんでした」

 ギルドに来た俺を待ちかまえていたのは、凍てついた空気を背に漂わせた受付──シエルだった。
 お、怒ってる…!そりゃそうだ!自分から依頼したことなのに、その連絡4日も無視したことになってたんだから!
 即座に地に伏せて謝罪したオレだが、シエルからの反応はない。み、見限られた!?

「………もう、来ないかと思った」
「えっ?」

 ぽつり。小さく呟かれたそれに、オレは咄嗟に顔を上げる。聞かれると思っていなかったのか、受付のデスク越しにこちらを見下ろす赤目が一瞬丸く見開かれた。しかし次の瞬間それは彼の長い前髪に隠されて、まるで何もなかったみたいに淡々と話が続けられる。

「依頼は今日中に終わらせてください」
「えっ今日中!?」
「依頼を受けた彼、そこでずっと待ってたので」

 いい加減邪魔なんです、とシエルが指を差す先に居たのは、俯き加減で椅子に腰かける外套姿の人間。深く被ったフードで顔は見えないが、かろうじて体格的に男性だろうというのは分かった。
 ……待たせてしまっていたので、まずは謝罪をしなきゃなんだけど…。

 こんな人が集まるような場所で、隅に一人で座って微動だにしないって……何かちょっと怖くない?近寄りがたくない?ていうかこれ、もしかしてめっちゃ怒ってるんじゃない!?
 あわわと行き渋っていると、シエルから「早く行って」と語気強めに急かされた。はい…。


「……あ、あのぉ…、依頼人のユーリです…。お待たせしてしまってすみま、」

 おずおずと近づき、勇気を出して話しかけた瞬間、その人は椅子からゆっくりと立ち上がった。今までが置物のようだったから、まさか動くと思っていなくて、思わず呆然と見てしまう。…いや人間なんだから動くのは当たり前なんだけど…。

 背はオレよりも高かった。全体的にすらりとした見た目だが、近くで見ると結構体格も良くて、外套の上からでもそれなりに鍛えられている体つきなのが分かる。重た気に頭が持ち上がると同時、少しだけズレたフードの下から微かに彼の髪が覗いた。
 それはまるで、降り注ぐ日光を束ねたかのような温かみのある金色──、

 直後その身体は大きく傾き、ばっったーーん!!と、激しい音をたてて床に打ち付けられる。
 そして、ピクリとも動かなくなった。

 え、えーーーっっ!?!?



 *


「──いやあ、助かった!流石に3日飲まず食わずは死ぬかと思った」
「はは…、いえ、…待たせたオレも悪いんで……」
「本当にな。何をしていたんだ?」
「な、何と言われましても、そのぉ……、」
「冗談だ!そう固くならないでくれ。どちらかといえば一銭もない状態でご馳走になった俺の方こそ固くなるべきだろう!でもなってない!気負わずいこう!ははは!」
「う、うん…」

 謎の持論でこちらを励ますような事を言ったのは、先程ギルドで盛大にぶっ倒れた男──オレの依頼を受けてくれる冒険者だった。
 倒れた原因は彼も言った通りだ。お金を持っておらず、何と依頼を受けてくれてからというもの、あのギルドで文字通り動かず、飲まず、食わず、ただオレが来るのを待っていたのだと…。死ぬ気!?
 とりあえず空腹で動けない彼を近くの料理屋まで連れて行き、好きなだけ食べてもらって元気を取り戻させた、というのが事の顛末だ。
 因みにそこで支払ったお金は、ノアさんから出かけ側に貰っていたお小遣い。それがもうほぼ全てこの人の食費代に消えてしまった。
 ごめんなさいノアさん…。ノアさんが働いて稼いだ大事なお金をこんな一瞬で消してしまって…。今日ちょっとはお金入るはずだから…!
 クズ夫のような言い訳のセリフに心が抉られる心地がした。まあ、人助けが出来たんなら良かったけど…。

 チラリ、視線を横に向けると、料理屋を出て危なげなく歩けるようになったその人がオレを見てニコッと明るく笑う。
 フードが浅くなったことで見えた彼の印象を例えるなら、正に好青年という言葉が相応しい。
 シャーブな輪郭に、爽やかで清涼そうに整った甘めの顔。人懐っこさの垣間見える笑顔は、それを見た誰もが心を許してしまうんじゃないかと思う愛嬌に溢れていた。しかし同時に、ふとした時の仕草や発言が洗練された知性を感じさせもして…。
 そんな特徴も相まり、キラキラと日光を反射して輝く金の髪と、透き通る空を模したような青い瞳は、どこぞの絵本に出てくる王子様のようだと思った。
 …王子様がこんな街中に身一つで居ていい筈もないだろうけど。

 でも、何かそれなりに身なりは良い感じなんだよな。腰に刺してる剣だって、鞘や柄の装飾がやけに凝っている。そこら中で安価に売られているような、量産型の剣じゃないってことだけは確かだった。
 もしかして、本当にどこかの御令息だったりして…。
 じっと見ていると、同じようにこちらを見ていた青年が興味深そうに呟いた。

「しかし、『はぐれザル』というからどんな猿が来るのかと思っていたが、人間みたいな見た目をしているんだな。そんな猿も居るとは知らなかった。世界は広いな…」
「人間ですけど!?」
「えっ?」

 「なんだ人間か」とあからさまにほっとされて少し複雑な気分になった。オレずっと今まで猿でもあり得ると思われてたの??

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はエリア……エリーだ!エリリンとでも呼んでくれ」
「エ、エリリン……」

 ぎ、偽名だ…。今明らかに他の名前を言いかけてた。でも待てよ?そっちが偽名を使ってきてるんなら、オレも欲望のまま読んで欲しい名前を言えばいいのでは!?

「オレはユーリ。ゆ、勇者とでも呼んで…っ!」

 これは合法で勇者呼びしてもらえるチャンス…!と、ちょっとドキドキしながら名を呼ばれる瞬間を待っていると、

「その呼称は犯罪者と勘違いされるからやめた方がいいぞ?」
「……はい…」

 さっきまでの猿と人間の区別に対する許容の広さは何だったんだよ…。
 真顔で諫めるような正論をぶつけられて、ちょっとだけショックを受けるオレだった。




「それにしても勇者か。…懐かしいな。幼い頃は勇者の絵本ばかり繰り返し読んでいたものだ」
「えっ、オレも!ボロボロになるまで読んでた!もしかして表紙がこう…白っぽいやつじゃない?中心に勇者の絵が描かれてて、」
「俺が読んでいたのもそれだ!冒険をしながら行く先々の人を助け、最後には諸悪の根源である魔王を倒す!そして世界に平和をもたらし、皆に称えられる勇者…。正に英雄そのものだ。世の男児が憧れないわけがない!」
「うんうんっ!勇者ごっことかしなかった!?オレいつも勇者役だった!」
「勇者ごっこ?何だそれ楽しそうだな!どんなものなんだ?」

 ま、まさかこんなところで同志に出会えるだなんて…!!
 目的地への移動中、賑わう街を進みながら、オレ達はあれやこれやと互いの思い出話に花を咲かせる。
 子供の頃は村で勇者の本を好いていたのなんてオレだけだったし、勇者に対してオレと同じような熱量を持っている人は正直この世界には居ないとすら思っていた。その考えは成長してからの方が顕著で、まだあんな子供みたいなものを好いてるんだ、なんて馬鹿にされるのが嫌で、段々自分から話題にも出さなくなっていった。
 しかし今、オレが散々願った理想の相手がここに…!
 オレの話す事全てを肯定してくれて、また逆に、彼から聞かされる全ての言葉に頷きたいくらいに思考がマッチしていた。それはまるで、昔からの付き合いがあった兄弟かのように。

 同じ物を好いている相手と同じ熱量で話せるのって、こんなにも楽しかったんだ…!え、何、超良い人じゃんこの人!!一気に心の距離が近づいた気がするのは、決して勘違いなどではない。

 しかしそんな楽しい時間も、彼の曇り顔で終わりを迎える。

「そんな勇者も、今や犯罪者の代名詞……。俺は悲しいぞ…」
「そ……っ、」

 それは正に、オレ達のこと…!
 思わず言葉に詰まってしまったのを誤魔化すように、過剰に咳払いをした。

 実は、オレとザジ、ヤヒロ、フィンクの4人は、まだ冒険を始めたばかりの頃、大聖堂の神官を殴ったことと、建物を破壊してしまったことで、今も罪に問われてしまっているのである。
 …正直オレとしては、確かに殴ったのも施設ちょっと壊しちゃったのも申し訳なかったなとは思うけど、後悔はしていない。結果王様から直々に勇者の称号を貰えたりして寧ろ上手くいったとさえ思っている。噂に色々と尾ひれがついて大量虐殺者なんて呼ばれたりもしているのは本当に何で??って感じだったけど、今更訂正したところで誰も信じないだろうし、と皆諦めモードで…。
 でも、そんなオレ達が現代の勇者パーティーとなってしまった事で悲しんでいる勇者ファンがいたのかと思うと、同じ勇者ファンの一人として途端に罪悪感に襲われる。こんな野蛮な勇者でごめんなさい…!でもオレが殴った神官は本当に最低な奴だったんだよ許して…!

「だが王が縋りたかったのも分かる。その犯罪者達は物凄く強かったらしいからな。……そうまでしてでも魔王を倒して、呪いを解きたかったんだろう」

 心の中で必死に謝り倒すオレだったが、彼が独り言みたく呟いたその言葉に過剰に反応してしまう。

「え!?魔王倒したら呪いも解けるの!?」
「!!あっ、いや、今のは別に王の身内が魔族の呪いにかかってるとかそんなことを言っているわけじゃなくてな!?」

 焦って何かを言っているようだったが、衝撃の事実を知った今、その早口に耳を傾ける余裕はなかった。
 え、呪いが解けるんなら、今オレが最大級に悩まされてるこの発情も解決するじゃん!…つまり魔王を最低二回は倒さなきゃないけないってことか。魔物を抑えてもらうのと、呪い解いてもらうのと…。
 そんな風に指折り数えていると、周囲への注意力が散漫になってしまっていたらしい。
 いつの間にか、顔が分かる程の距離まで近づいていた神官に気づけていなかった。

 オレはバッ!と慌てて外套のフードを深く被り直す。教会にとっては極悪犯罪者と名高い勇者なので、見つかると面倒なことになるのは必至なのだ。
 …しかしそんな心配を他所に、オレは特に神官の眼中には入っていなかったようだった。顔に目を向けられることもなく、ただただすれ違う。…何かオレだけ自意識過剰な奴みたいじゃない…?安心が8割なのは間違いないのだが、残り2割の恥がじんわりと体温を高くした。

 って、あ、やば!今度はこっちの事忘れてた!変な奴だと思われたかも…!咄嗟に隣を確認すると、
 ──そこには、オレよりもっと深くフードをかぶり、腰が引けた様子で身を屈める青年が居た。

 互いに視線が合う。

「…あ、いや、オレ神官とちょっと色々あって気まずくて…」
「そ、そうか。俺は…ちょっと、騎士に見つかりたくなくてな…」

 少しの沈黙の後、どちらともなくふはっ、と笑いが零れる。

 うん、やっぱりなんだか、気が合いそうだ。

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