勇者追放

椿

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一章

12【ノアside】

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「……分かるか?つまり勇者さんは俺きっかけで、俺のために、俺の!ために!教会に喧嘩を売って勇者になったんだ。……俺だけの勇者さんってことだ!!」
「……ェ、ア、…エ??」
「神子様、この子キャパオーバーしてまーす」

 何?『俺だけの勇者さん』って部分がこの話の一番大事なところなんだが?しっかりしろ。
 数秒思考を整理するように唸っていた少年神官は、憔悴したような顔で、しかし気丈にも「な、何故神子様は、その、ご無事で、…??」と俺に続きを促した。結構真面目に話聞いてるな君。

「俺は丁度この時に『未来予知』の異能に目覚めて、あのまま町に居たら殺されるのが『視えた』から逃げた。……5年後、この場所で勇者さんとまた出会える未来も『視えた』から、俺は……、」

 通常俺が見る未来は最初の内はいくつも分岐していて、その時が近づくにつれて徐々に一つへ収束していく。……勿論、勇者さんか俺がこの町に居ない未来もあった。そうならないように、理想の未来を現実のものにするために、俺は俺が出来る事を全部やった。それが努力すれば掴み取れるものだと分かっていたからだ。
 非人間時代のような、手が届きもしない幻を必死に求めていた時とはやる気も充実感も全く違う。……勇者さんと笑い合う未来を想うだけで、俺はどんな事でも喜んでやれた。

「俺は……、金持ちに取り入って。教養身に着けて外見磨いて。コネ使って教会に予知能力の有用性プレゼンして。『神託を賜ることが出来る神子』っつー最強権力ゲットするだろ?神託って言えば大体の人が思い通りに動いてくれるだろ?勇者さんのパーティーに、「魔王と戦ったら勇者さん死ぬから外したほうがいいよ」っていかにも慈愛深い神子~って感じで伝えるだろ?それから、」
「……エッ!ちょ、待っ、……わっ、私が一味に伝えたあの予知結果神託は虚偽のものだったのですか!?」
「虚偽ってより誇張表現?正直魔王の周辺は上手く視えなくて、……勇者さん死にはしないんだけど、っていうか絶対に俺が死なせないんだけど、……何か魔王と面倒な事になってそうだったんだよな」

 未来予知の結果がどうであれ、勇者パーティーに伝える内容は最初からアレと決めていた。案の定、勇者さんの仲間達は勇者さんの身を案じるが故に彼を手酷く突き放してくれて、

「傷心中の勇者さんを昏睡させて俺が淫紋刻んで、それが発動したタイミングで身体から落としたのでした。めでたしめでたしラブラブ……」
「う……っ、うああ……、」
「泣いちゃった」

 安心と恐れと悔しさが混じったような、非常に複雑な顔で静かに涙を流す少年神官。嗚咽の合間には「…でも゛、ずぎでず、ぞんげいじでまず……!!」と絞り出すように言われた。どういう感情だ。
 椅子も俺の下で「旦那様、良い人っすぅ…!」と男泣きをしている。お前にはもう話しただろ。まあでも勇者さんを称えるところは見る目があるなと思ったので、頭を撫でてやった。すると「撫でられるのも好ぎぃ゛……ッッ!!♡」と野太い声でビクンビクン痙攣されて、更に座り心地が悪くなった。正直に言っていい?椅子になりたいって志願してきたのお前だけど、椅子向いてないと思うよ。
 はあ、はあっ、と息を乱す椅子未満から腰を上げた俺は、手近にある小石を広い、少しの間手の内で弄ぶ。

 そう、俺は努力して、文字通り死に物狂いで勇者さんの隣に居る未来を掴み取った。だから、

「──不穏な芽は摘んでいかないと、なっ」

 大きく腕を振りかぶって、持っていた小石を近くの物陰へ飛ばす。ゴッ!という激しい音がして、直後何かが倒れたのが分かった。
 長身の神官が「ナイスショッ!」と声かけをしながら引き摺って来たのは、日中に勇者さんの財布をスろうとしていた中年の男である。勇者さんには落とし物として渡した財布だったが、実は一度この男の手に渡っていたのだ。勿論勇者さんの私物に許可なく触れるどころかそのまま盗ろうとするなんてその時点でまともな人間の思考ではないので、神子パンチで沈めましたけど。
 ……その時少しだけ変な未来が視えた気がしたので、それを確かめるために神官達にはこのスリを泳がせるよう伝えていたのだ。わざわざ捕まえて俺が勇者さんから遠く離れてまで出向かなくても、放っておけばこの場所に来るのが『視えて』いたから。今夜の用事はそれだった。
 個人に対する未来を鮮明に視たい時は、その対象に触れるのが一番だからな……、


 触れた瞬間、思いっきり後悔した。


 ガッ!ガッ!といきなり男を蹴りつけ始めた俺に、長身の神官が戸惑った風に問いかける。

「どうしたんですか」
「最ッ悪、コイツ勇者さんのストーカーだった…っ!!」

 過去は見れないが、多分勇者さんが以前スリにあったと言っていたのも犯人はコイツだろう。いつから付きまとっているのやら。欲しかったのは金ではなく、勇者さんの手が触れた私物。そして今後もそれを収集しようと計画を立てており、未来では実際に勇者さんの下着をゲットして好き勝手使用していた。

「俺だって物盗るのは流石にヤバいかなって我慢してんのに…っ!?この…っ、キモストーカーがっ!!」
「我慢って言った」
「計画してとか…っ、キモ過ぎんだろっ!!」
「ブーメラン。すごく、ブーメラン」

 何やら鬱陶しい合いの手が入るが、全て耳を通り過ぎる。暫く蹴りつけて満足した俺は、運動によって乱れた呼吸を落ち着かせて、

「スリとストーカーの罪で終身刑にしよう」
「いや流石にそれは横暴では」
「神子様の言う事は絶対だろ」
「「はーい!」」
「ちょっと……、」
「越権行為??いやいや我神子~~~!!」
「「みこ~~!!」」

 拳を掲げた俺に、少年神官と椅子が元気よく返してくれる。唯一長身の神官だけは渋っていたが、3人でジッと見つめていると最後には「…みこぉ~」と力なくノッてきた。権力って偉大だ。


「……身分を明かして、戦力になることをきちんとお伝えした方が良かったのでは?」

 筋肉質な椅子と少年神官が犯罪者を縛っているところで、「予知能力とか、治癒魔法とか、他国でも通用する最上級の権力とか、…神子様結構力も強いし……」と長身神官が指を折って問う。
 確かに、その方がもっとスムーズに勇者さんに勧誘してもらえたかもしれない。しかしだ。

「分かってないな。か弱い方が一番近くで守ってくれるし、守らなきゃって俺の事だけ見ててくれるだろ。勇者さんには俺だけに夢中になって欲しいんだよ。だからわざわざ他に目が向かないようにお前達に弱者助けさせてたんだろうが」
「みみっちい……」
「用意周到と言え」


 瞼を閉じて尚色濃く視えるのは、5年前のあの日から切望していた未来。


「これでずっと一緒ですね。俺だけの、勇者さん……♡」


 空に浮かぶ月が、今この世で最も幸福な者の笑顔を照らし出していた。


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