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一章
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「…………お礼って、本当にこれだけでいいんですか?」
「はいっ!物凄く助かります!!ありがとうございます!!」
「……まぁ、勇者さんが喜んでくれるならそれが1番ですけど…」
ボソッと背後で「視違えたか……」と聞こえた気がしたが、オレは今望みが現実になろうとしている事に夢中で、聞き返そうなどとは考えなかった。
「この身分証明書でギルドに登録するので、『勇者パーティー』募集してください!」
「………とんでもねーの連れて来やがりましたねお客様……」
「?」
時間を置いて再び冒険者ギルドの受付に戻って来たオレに、前回も対応してくれたその前髪の長い受付君は頬を引き攣らせる。
その視線(前髪で見えないが)を何となく追って後ろを振り返ると、にこっと笑顔のノアさんが。……うーーん美しい!空気も澄んでるっ!!
あ、そうか。美人過ぎて目を奪われてるのか。
勝手に納得して生暖かい目で受付君を見ていると、彼は何かを察したのか、オレにしか聞こえないくらいの小さな音で舌を打った。え!オレ客なのに!
『それとあと一つ方法があるにはありますけど──』
あの時受付君に言われたあと一つの方法というのが、この神殿都市ステラの住人にギルド登録を代行してもらうというものだ。まあ普通は見ず知らずの他人相手にそんな事してくれる人なんて居ないから、受付君も「まず無理だと思いますけど規約上は…」ってことで伝えてくれただけだったんだろう。オレもそれについては全くあてにしていなかった。というかあの丘に居る時点でほぼ忘れかけてた。
ノアさんが「何でもやる」と言ってくれたのは、本当に奇跡みたいなタイミングだったのだ。冒険者ギルドに連れてきて事情を説明したら、驚きつつではあったものの快く了承してくれたし……、良い人っっ!!もう何度でも頭下げちゃうし拝んじゃう。それは早々に止められてしまったけど。
受付君はノアさんをチラチラ気にしながらも、最終的には諦めたような仕草で「分かりました……」と登録手続きを進めてくれた。
指先を軽く振ってペンを持ってくると、宙に浮いたそれが用紙へと滑らかに文字を綴りだす。その間にまた別の資料を指で取り寄せて…、別の人に何やらサインを貰って…、と同時進行で事が行われているようだった。
……この人、魔法使うの手慣れてるな。しかも凄く精度が高い。……オレやフィンクだったら、遠隔操作で文字書くなんて絶対出来ないからな。
魔法使い枠で仲間になってくれたりしないかな…。多分オレより年下だと思うけど、こんなカッチリした場所で働いてるんだから真面目な性格してそうだし、……ちょっと態度悪いとこがあったのは気になるけど、……あの一見横暴なヤヒロしかり、こういうタイプは結構面倒見良さそうな気がするんだよなぁ…。
繊細な魔法操作をジッと眺めながらそんなことを考えていると、不意に今更な疑問が湧いた。
そういえばオレ、受付君の名前知らない。
「あのオレ、ユーリっていっ」
「名義は『はぐれザル』にしておきますね」
「何で!?」
「冗談です」
ふっ、と控えめな吐息と共に、一瞬だけその柔らかな表情が見えた。……あ、やっぱり。笑うとちょっと雰囲気が幼くなって、何というか、弟感が強くなるというか…、庇護欲が増すというか……。
「名前、何ていうの?」
「………セクハラですか?」
「えっ違う!!でも嫌だったならごめんなさい!!」
距離感間違えたかも!!馴れ馴れしくし過ぎた!?
あわ、あわ、と狼狽えるオレを、受付君はその暗い前髪の下からジッと観察するように見る。
「……何故名前?私は受付をしているだけの一般人ですが」
「え、な、仲良くなりたいから」
「………ナンパですか?」
「なん…っいやそうなるのか!?」
「あと、後ろの人どうにかしてもらえませんか」
「後ろ??」
振り向くと、首を傾げたノアさんがにこっと煌めく笑顔を見せてくれる。オレもつられてにへ…っとだらしなく頬を緩ませた。そのまま受付君の方へ向き直る。
「へへ……え?ノアさんが何?」
「………もういいです」
オレと会話をしている間にも着々と作業は進んでいたようだ。呆れたような溜息の後、「確認して下さい」と掲載用の募集用紙を見せられた。えっ、もう出来たの!?仕事早…っ!
受け取った紙にははっきりと『勇者パーティー募集』の文字が。…募集人もちゃんとユーリになってるし!よかった!はぐれザルじゃない!!酷く当たり前の事ですら感動してしまう。
「これで大丈夫です!……誰が来てくれるかなぁ…!」
期待を胸に満たしながら、オレは確認済みの用紙をうきうきで受付君へ戻した。しかし、彼はオレが差し出すその用紙を見つめたまま動かない。それを不思議に思っていると、
「………シエルです。名前。まあ金輪際使う機会はないと思いますが、…一応」
小さなその声は、不思議な程はっきりとオレの耳に届いた。彼はそのまま素早く用紙を奪い取って、気恥ずかしそうに背中を向ける。
じわじわと嬉しさが実感できたオレは、その衝動のままに彼の名を呼ぼうと口を開いて、
「シ──、!?」
突如背後から伸びてきた両手が、音を口内に押し戻すようにオレの鼻から下全部を覆った。驚いてその手の主を振り返ると、──ゾッとするくらいの真顔でこちらを見下ろすノアさんと目が合う。勝手に笑顔に見慣れてしまっていたからか、珍しいその表情に無意識にビクッと肩が揺れた。
しかしノアさんがそんな無機質な顔をしていたのはほんの一瞬で、次の瞬間にはへなへな…と眉を下げた困り顔でオレを見る。
「すみません勇者さん。……ここ、少し居心地が悪くて…」
その言葉と同時、今まで意識していなかった室内の様子がオレの視界に入った。……なんとまあ、此処に居る大多数の人間の視線がノアさんをジロジロと不躾に突き刺している。街を歩くだけで求婚されるようなノアさんがこのギルドの中だけでは目立たずいられるだなんて、どうしてそんな甘えた思い違いをしていられたんだオレは。
「…っすぐ出ましょう!」
具合が悪そうにするノアさんの手を引いて、オレは早々と冒険者ギルドの受付を後にする。受付君──シエルの名前を聞けたにも関わらず、挨拶もしないまま出てきてしまったが、また次来た時に謝ればいいだろう。
ノアさんは外に出るとホッ、と落ち着いた様子で控えめに笑んだ。先程怖い顔になっていたのは、きっと具合が悪いのを我慢していたからだ。……折角大切な身分証を預けてくれたのに、自分の事ばっかりに夢中になって彼の不調に気付くことも出来なかったなんて。本当に申し訳ない事をしてしまった。自分が情けない。
視線が勝手に地面を向いてしまうのを寸でのところで留めて、まずはノアさんに謝罪だろ…!とオレは隣に目を向ける。
「あのっ、無理をさせてしまってすみ……あれ?」
そこにノアさんの姿は無かった。予想外の事に一瞬呆けたオレだったが、直後、背後でドサッ、と重い物が落ちるような音に反射的に振り向いて、
「勇者さん、これ落としましたよ」
「わあっ!?」
背後、鼻の先がぶつかりそうな至近距離に居たノアさんに、オレは飛び上がって驚く。どうやらオレが落とした財布を拾ってくれていたようだ。中身などほぼ無いに等しいそれをノアさんから受け取って、どこまで迷惑かければ気が済むんだオレ…!という積み上がっていく自責の念に、今すぐ泡を吹いて倒れたくなる。
……なんて思っていると実際にすぐ後ろで誰かが倒れていたみたいだ。さっきの音はそれか!神官達が早速親切にその人をどこかへ運んでやっているが、大丈夫だろうか。でもそうか。倒れたら神官直々に介抱されてしまう。それは拙い。倒れるのはやめとこう。
「ありがとうございます!……あはは、少し前にスリにあったりして、中身すっからかんなんですけど……、」
情けなさを誤魔化すように笑った後で、余計な事を言ったと即座に後悔した。これじゃあノアさんの行為に意味がないと言っているようなものじゃないか。咄嗟に何かフォローしようと言葉を探すが、こういう時に気の利いた一言が出て来た試しがない。オレが人知れず焦っていると、ノアさんは「まあ」と目を丸くして、
「それは災難でしたね。……ですが、その時の勇者さんのお金は貧しい誰かの空腹を満たす為に使われたのかもしれません。手が離れたところでさえも誰かを救うだなんて、流石、僕の大好きな勇者さんです」
スられた事でこんなポジティブワード出てくることある??オレあの時、ザジとヤヒロに死ぬ程扱き下ろされたけど???
その白く細長い指先で、スリ、と慰めるように手首を擦られて、全身にムズムズとした何とも言えない擽ったさが広がった。ストレートに告げられた好意の言葉も、面映い気持ちになって視線が泳ぐ。
だっ、大丈夫!分かってるし!ノアさんは皆にやってるノアさんは皆に言ってる…!!
火照ってしまいそうになる顔を何とか隠そうと俯いていると、少しの沈黙の後、彼は少しだけ拗ねたような口ぶりで告げた。
「パーティーメンバーを集めていたんですね。言って下されば良かったのに。……僕で良ければいつでも仲間になりますよ、……なんて」
「えっっ!?いいのっ!?!?」
「!?」
興奮のままにオレは、既に指先同士が合わさっていたその手を握って距離を詰めると、ギョッとしたノアさんが一歩後退る。
あ、やば、調子乗った…!
我に返って接触を解こうとすると、気を遣ってくれたのか、慌ててノアさんがぎゅ、と遠ざかる手を握り返してくれた。
春が芽吹くような色の瞳が、オレだけを映して息をするように大きく瞬く。
「……でもっ自分から言っておいてなんなんですが、………ぼ、僕っ、か弱いですよ!?」
「ぜっ、全然いいよそんなの!オレが守ります!」
そしたら今度は足手纏いにならなくて済む、……なんて考えてしまったのは一旦隅に置いて。
幼馴染達はみんな強かった。だからこそレベル違いのオレはパーティーを追い出されてしまった。……それ自体は、パーティーとして正しい判断だと思う。1人だけ弱いメンバーが居たらそいつが足を引っ張るのは当然だし、それだけパーティーも危険に晒される。今から魔王と戦うんだって時に、そんな足手まといを敢えて連れて行く必要もない。
そして、……弱さを押してまで共に冒険を続けたい相手に、オレは選ばれなかったというだけの話。
オレは皆の強さに、甘えていたんだと思う。……でも、まだやり直せる。
「……一番大事なのは、一緒に旅を楽しめるかどうかの相性だと思います。実は、落ち着いた場所に着いたらノアさんを一番に誘おうと思ってたんです。先に言ってくれて嬉しかった」
「──えっ」
心の奥から溢れる喜びが、オレの頬を柔く緩ませた。
「だってオレとノアさん、絶対に相性良いと思ったから!」
またここから始めよう。例えノアさんが弱くても、オレが守る。冒険をしたいと思う人を、一緒に居たいと思う人を諦めなくていいように、メンバーの弱さなんて関係なくなるくらいオレがもっともっと強くなればいい。
誰も見捨てない。……オレも、見捨てさせない。そしたら魔王も倒せて、世界は平和になって……。
今度こそ、新しいパーティーでオレは──、
「はいっ!物凄く助かります!!ありがとうございます!!」
「……まぁ、勇者さんが喜んでくれるならそれが1番ですけど…」
ボソッと背後で「視違えたか……」と聞こえた気がしたが、オレは今望みが現実になろうとしている事に夢中で、聞き返そうなどとは考えなかった。
「この身分証明書でギルドに登録するので、『勇者パーティー』募集してください!」
「………とんでもねーの連れて来やがりましたねお客様……」
「?」
時間を置いて再び冒険者ギルドの受付に戻って来たオレに、前回も対応してくれたその前髪の長い受付君は頬を引き攣らせる。
その視線(前髪で見えないが)を何となく追って後ろを振り返ると、にこっと笑顔のノアさんが。……うーーん美しい!空気も澄んでるっ!!
あ、そうか。美人過ぎて目を奪われてるのか。
勝手に納得して生暖かい目で受付君を見ていると、彼は何かを察したのか、オレにしか聞こえないくらいの小さな音で舌を打った。え!オレ客なのに!
『それとあと一つ方法があるにはありますけど──』
あの時受付君に言われたあと一つの方法というのが、この神殿都市ステラの住人にギルド登録を代行してもらうというものだ。まあ普通は見ず知らずの他人相手にそんな事してくれる人なんて居ないから、受付君も「まず無理だと思いますけど規約上は…」ってことで伝えてくれただけだったんだろう。オレもそれについては全くあてにしていなかった。というかあの丘に居る時点でほぼ忘れかけてた。
ノアさんが「何でもやる」と言ってくれたのは、本当に奇跡みたいなタイミングだったのだ。冒険者ギルドに連れてきて事情を説明したら、驚きつつではあったものの快く了承してくれたし……、良い人っっ!!もう何度でも頭下げちゃうし拝んじゃう。それは早々に止められてしまったけど。
受付君はノアさんをチラチラ気にしながらも、最終的には諦めたような仕草で「分かりました……」と登録手続きを進めてくれた。
指先を軽く振ってペンを持ってくると、宙に浮いたそれが用紙へと滑らかに文字を綴りだす。その間にまた別の資料を指で取り寄せて…、別の人に何やらサインを貰って…、と同時進行で事が行われているようだった。
……この人、魔法使うの手慣れてるな。しかも凄く精度が高い。……オレやフィンクだったら、遠隔操作で文字書くなんて絶対出来ないからな。
魔法使い枠で仲間になってくれたりしないかな…。多分オレより年下だと思うけど、こんなカッチリした場所で働いてるんだから真面目な性格してそうだし、……ちょっと態度悪いとこがあったのは気になるけど、……あの一見横暴なヤヒロしかり、こういうタイプは結構面倒見良さそうな気がするんだよなぁ…。
繊細な魔法操作をジッと眺めながらそんなことを考えていると、不意に今更な疑問が湧いた。
そういえばオレ、受付君の名前知らない。
「あのオレ、ユーリっていっ」
「名義は『はぐれザル』にしておきますね」
「何で!?」
「冗談です」
ふっ、と控えめな吐息と共に、一瞬だけその柔らかな表情が見えた。……あ、やっぱり。笑うとちょっと雰囲気が幼くなって、何というか、弟感が強くなるというか…、庇護欲が増すというか……。
「名前、何ていうの?」
「………セクハラですか?」
「えっ違う!!でも嫌だったならごめんなさい!!」
距離感間違えたかも!!馴れ馴れしくし過ぎた!?
あわ、あわ、と狼狽えるオレを、受付君はその暗い前髪の下からジッと観察するように見る。
「……何故名前?私は受付をしているだけの一般人ですが」
「え、な、仲良くなりたいから」
「………ナンパですか?」
「なん…っいやそうなるのか!?」
「あと、後ろの人どうにかしてもらえませんか」
「後ろ??」
振り向くと、首を傾げたノアさんがにこっと煌めく笑顔を見せてくれる。オレもつられてにへ…っとだらしなく頬を緩ませた。そのまま受付君の方へ向き直る。
「へへ……え?ノアさんが何?」
「………もういいです」
オレと会話をしている間にも着々と作業は進んでいたようだ。呆れたような溜息の後、「確認して下さい」と掲載用の募集用紙を見せられた。えっ、もう出来たの!?仕事早…っ!
受け取った紙にははっきりと『勇者パーティー募集』の文字が。…募集人もちゃんとユーリになってるし!よかった!はぐれザルじゃない!!酷く当たり前の事ですら感動してしまう。
「これで大丈夫です!……誰が来てくれるかなぁ…!」
期待を胸に満たしながら、オレは確認済みの用紙をうきうきで受付君へ戻した。しかし、彼はオレが差し出すその用紙を見つめたまま動かない。それを不思議に思っていると、
「………シエルです。名前。まあ金輪際使う機会はないと思いますが、…一応」
小さなその声は、不思議な程はっきりとオレの耳に届いた。彼はそのまま素早く用紙を奪い取って、気恥ずかしそうに背中を向ける。
じわじわと嬉しさが実感できたオレは、その衝動のままに彼の名を呼ぼうと口を開いて、
「シ──、!?」
突如背後から伸びてきた両手が、音を口内に押し戻すようにオレの鼻から下全部を覆った。驚いてその手の主を振り返ると、──ゾッとするくらいの真顔でこちらを見下ろすノアさんと目が合う。勝手に笑顔に見慣れてしまっていたからか、珍しいその表情に無意識にビクッと肩が揺れた。
しかしノアさんがそんな無機質な顔をしていたのはほんの一瞬で、次の瞬間にはへなへな…と眉を下げた困り顔でオレを見る。
「すみません勇者さん。……ここ、少し居心地が悪くて…」
その言葉と同時、今まで意識していなかった室内の様子がオレの視界に入った。……なんとまあ、此処に居る大多数の人間の視線がノアさんをジロジロと不躾に突き刺している。街を歩くだけで求婚されるようなノアさんがこのギルドの中だけでは目立たずいられるだなんて、どうしてそんな甘えた思い違いをしていられたんだオレは。
「…っすぐ出ましょう!」
具合が悪そうにするノアさんの手を引いて、オレは早々と冒険者ギルドの受付を後にする。受付君──シエルの名前を聞けたにも関わらず、挨拶もしないまま出てきてしまったが、また次来た時に謝ればいいだろう。
ノアさんは外に出るとホッ、と落ち着いた様子で控えめに笑んだ。先程怖い顔になっていたのは、きっと具合が悪いのを我慢していたからだ。……折角大切な身分証を預けてくれたのに、自分の事ばっかりに夢中になって彼の不調に気付くことも出来なかったなんて。本当に申し訳ない事をしてしまった。自分が情けない。
視線が勝手に地面を向いてしまうのを寸でのところで留めて、まずはノアさんに謝罪だろ…!とオレは隣に目を向ける。
「あのっ、無理をさせてしまってすみ……あれ?」
そこにノアさんの姿は無かった。予想外の事に一瞬呆けたオレだったが、直後、背後でドサッ、と重い物が落ちるような音に反射的に振り向いて、
「勇者さん、これ落としましたよ」
「わあっ!?」
背後、鼻の先がぶつかりそうな至近距離に居たノアさんに、オレは飛び上がって驚く。どうやらオレが落とした財布を拾ってくれていたようだ。中身などほぼ無いに等しいそれをノアさんから受け取って、どこまで迷惑かければ気が済むんだオレ…!という積み上がっていく自責の念に、今すぐ泡を吹いて倒れたくなる。
……なんて思っていると実際にすぐ後ろで誰かが倒れていたみたいだ。さっきの音はそれか!神官達が早速親切にその人をどこかへ運んでやっているが、大丈夫だろうか。でもそうか。倒れたら神官直々に介抱されてしまう。それは拙い。倒れるのはやめとこう。
「ありがとうございます!……あはは、少し前にスリにあったりして、中身すっからかんなんですけど……、」
情けなさを誤魔化すように笑った後で、余計な事を言ったと即座に後悔した。これじゃあノアさんの行為に意味がないと言っているようなものじゃないか。咄嗟に何かフォローしようと言葉を探すが、こういう時に気の利いた一言が出て来た試しがない。オレが人知れず焦っていると、ノアさんは「まあ」と目を丸くして、
「それは災難でしたね。……ですが、その時の勇者さんのお金は貧しい誰かの空腹を満たす為に使われたのかもしれません。手が離れたところでさえも誰かを救うだなんて、流石、僕の大好きな勇者さんです」
スられた事でこんなポジティブワード出てくることある??オレあの時、ザジとヤヒロに死ぬ程扱き下ろされたけど???
その白く細長い指先で、スリ、と慰めるように手首を擦られて、全身にムズムズとした何とも言えない擽ったさが広がった。ストレートに告げられた好意の言葉も、面映い気持ちになって視線が泳ぐ。
だっ、大丈夫!分かってるし!ノアさんは皆にやってるノアさんは皆に言ってる…!!
火照ってしまいそうになる顔を何とか隠そうと俯いていると、少しの沈黙の後、彼は少しだけ拗ねたような口ぶりで告げた。
「パーティーメンバーを集めていたんですね。言って下されば良かったのに。……僕で良ければいつでも仲間になりますよ、……なんて」
「えっっ!?いいのっ!?!?」
「!?」
興奮のままにオレは、既に指先同士が合わさっていたその手を握って距離を詰めると、ギョッとしたノアさんが一歩後退る。
あ、やば、調子乗った…!
我に返って接触を解こうとすると、気を遣ってくれたのか、慌ててノアさんがぎゅ、と遠ざかる手を握り返してくれた。
春が芽吹くような色の瞳が、オレだけを映して息をするように大きく瞬く。
「……でもっ自分から言っておいてなんなんですが、………ぼ、僕っ、か弱いですよ!?」
「ぜっ、全然いいよそんなの!オレが守ります!」
そしたら今度は足手纏いにならなくて済む、……なんて考えてしまったのは一旦隅に置いて。
幼馴染達はみんな強かった。だからこそレベル違いのオレはパーティーを追い出されてしまった。……それ自体は、パーティーとして正しい判断だと思う。1人だけ弱いメンバーが居たらそいつが足を引っ張るのは当然だし、それだけパーティーも危険に晒される。今から魔王と戦うんだって時に、そんな足手まといを敢えて連れて行く必要もない。
そして、……弱さを押してまで共に冒険を続けたい相手に、オレは選ばれなかったというだけの話。
オレは皆の強さに、甘えていたんだと思う。……でも、まだやり直せる。
「……一番大事なのは、一緒に旅を楽しめるかどうかの相性だと思います。実は、落ち着いた場所に着いたらノアさんを一番に誘おうと思ってたんです。先に言ってくれて嬉しかった」
「──えっ」
心の奥から溢れる喜びが、オレの頬を柔く緩ませた。
「だってオレとノアさん、絶対に相性良いと思ったから!」
またここから始めよう。例えノアさんが弱くても、オレが守る。冒険をしたいと思う人を、一緒に居たいと思う人を諦めなくていいように、メンバーの弱さなんて関係なくなるくらいオレがもっともっと強くなればいい。
誰も見捨てない。……オレも、見捨てさせない。そしたら魔王も倒せて、世界は平和になって……。
今度こそ、新しいパーティーでオレは──、
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