勇者追放

椿

文字の大きさ
上 下
5 / 34
一章

しおりを挟む
「あの、勇者さん。僕の泊まってる宿でいいなら少し歩いたところにありますが……」

 街中を歩いている途中、先程の青年──ノアさんが何故かモジモジとしながら宿屋の話題を投げかけて来た。え、もしかしてオレが宿泊先に困ってるの気付いて紹介しようとしてくれてる!?……なんって良い人なんだ…!聖人か??……でもオレそもそもお金持ってないんだよな。

 それに、今は宿探しよりも優先すべきことがあった。

「すみません、待てないんです」
「っそ、そうですか!そうですよね!!……勇者さんって案外積極的な方なんですね…♡」
「?」

 積極的??何が??意図を聞こうとしたその時、視線の先で子供が盛大に転ぶのが見えた。咄嗟に駆け寄ろうとして、…しかしその前に神官の1人が手を差し伸べ、治癒魔法で擦り傷を治療してやっている。迅速に行われるその手助けを、オレは動き出そうとした変な姿勢のまま唖然と眺めた。そんな風な事をもう3回は繰り返している。

 この町には、いたる場所に同じような神官服を纏った神官たちが居た。神殿を中心として出来た都市というだけあって、単に住人に神官が多いだけなのかもしれないけど。
 元々、神が近くに存在するという潜在意識もあってこの町の犯罪率は低いらしい。しかしそれとは別に、細かな治安維持活動を神官達が常に行っていることで町の安心は更に強固なものになっているようだった。あ、ご老人の荷物持ってあげてる神官も居る。優しい人が多い良い町だなあ……。それはそれとして神官と関わるのは個人的に気まずいので、外套のフードは外せないけど。

 そんな中でも、唯一問題点を挙げるとするならば、

勇者さんあなた、守って…!」

「ノアーー!結婚してくれーー!!」
「みこっ…ノア君!おれと!」
「いやいや私とっ!」

「お引き取り下さい!!」
「ハッキリ言う勇者さんもカッコいい……」

 ……問題点を挙げるとするなら、ノアさんがめちゃくちゃ神官にモテることだ。2、3歩歩く度に老若男女問わずから求婚されている。しかも結構情熱的な感じで。こんな光景今まで見たことないよ!最初に会った神官のように逆上してくる人はおらず、少し庇ったら引いていくのでまあそこは良かったけど……。大変だなこの人も。
 演技のためオレの腕にくっついているノアさんに視線を向けると、「ありがとうございます」とお礼を言って微笑んでくれた。て、照れる。

 きめ細やかな肌。それぞれ洗練された美しさを持つパーツに、神が緻密に並べたのであろう均等に整った配置。そんな彼の顔を表現するのには、正に『端正』という言葉が相応しい。言葉遣いも丁寧で優しければ、物腰も柔らか。オレより少し目線が高くて身体も引き締まっていそうだが、ザジみたいに男臭くガッチリしている感じでも無くて、どちらかと言えば儚い美男子って表現の方が似合う。
 ……何より、オレの事を勇者でカッコいいって…!!う、嬉しい!!フィンクはオレに懐いてくれてはいたけど、それは餌をくれる便利な奴ぐらいの認識だったからか、カッコいいとか言ってくれたことないし、ってか多分思ってもないし。
 また治癒魔法も少しなら使えるらしく、さっきの攻撃のダメージもオレが気絶している間に治してくれたらしい。優し……っ。ヤヒロだったらこうはいかない。寧ろ自分が何でも治せるからって積極的に怪我を負わせてくる方だ。ヒーラーがそれやったら終わりだからね!?

 綺麗で、人の良いところを見つけてはサラリと褒めてくれて、怪我をしたら優しく治療してくれて……。……これは「自分だけにこんなことを…!?好きだ!!」と勘違いする人が出てきても仕方がない。うん、仕方ない……、と求婚者達を思い出しながら同情していると、ついさっき「買いたいものがある」と近くの露店を覗き込んでいたノアさんから不意に問いかけられた。

「勇者さん勇者さん。この2つの香油なんですけど、勇者さんはどちらの香りがお好きですか?」
「ん、……どっちも良い匂いだけど、オレはこっちの果物っぽい方が好きです」
「! 実は僕もそう思ってました。……僕達、気が合いますね?」

 店主を気遣ったのか、コソッと耳打ちした後悪戯っぽくはにかまれる。

「ではこれを買います。……ふふ、勇者さんの好きな匂い、知れて嬉しいです」
「う…っ!!」

 動悸っ!!!
 危ない…!オレもノアさんを困らせるあの神官達と同類になってしまうところだったあっ!
 支払いのために店主の元へと向かうノアさんの背中を見ながら、オレは胸の鼓動を落ち着けるために深呼吸を繰り返した。

 今まで出会ったことが無いタイプの人だ。ずっと気が合うと思っていたザジ達とは全然違う感じだし、まだ会って少ししか経ってないのに不思議と居心地よく感じるのは彼の才能なのかもしれない。ひ、人タラシだ…。……落ち着け!ノアさんは皆に言ってる。俺だけじゃない。絶対に俺だけじゃない…!勘違いするな!!

 自分への言い聞かせの途中、不意に目の前に杖が転がってきた。近くには、ばら撒かれた自身の荷物を前に呆然と膝をつく老人の姿。


「──あの、手伝います!」
「あぁ、ありがとう……。助かります」

 同じように膝をついて気付く。目が合っているのに合わない。……この人、視えてないんだ。
 オレは散らばったそれらを確認しながら元の鞄の中に入れて、杖と一緒に手渡す。

「これ、杖です。財布と飲み水と、後は書類が1枚落ちてました。財布は開いてなかったので中身はそのままだと思いますけど、一応中とか確認しておきますか?」
「……おぉ、何と親切な御方でしょう。神のご加護があらんことを……。……ああでも一つだけ。この紙に汚れはありませんか?大切な物で」
「はい、綺麗ですよ。ハルグさん、という方が神殿の神子、様?に謁見するための証書、という風な事が書かれてます」
「良かった、ありがとう。……これがなければ神子様に目を治療してもらえないところでした」
「へえ……?」

 オレがよく分かっていないままで返事をしたのが分かったのか、お爺さんは「もしや、神子様をご存知でない?」と、視えない筈の目をキラリと光らせた。

「神子様は神託を賜ることが出来る唯一のお方にして、教皇様と並ぶ教会の最高権力者。そして神を祀るこの都市の統治者でもあります。……それなのに決して偉ぶらず、こうやって度々平民にも高度な治癒魔法を施して下さることもあるんですよ。その慈悲深さは正に神の御子…!噂によると彼の御方のお姿は月の光のような神々しさがあるらしく…、私なんか、この目が治った時最初に見るのは絶対に神子様が良いと思いましてね、他の治療を全て断ったくらいです!うははは!」

 急に饒舌に話し出したお爺さんの勢いに押されながら、知らない情報にへえ、と興味をそそられる。神子様かあ。どんな人かオレも見てみたいけど、……教会関係者ってとこがちょっと、アレだな…。治癒魔法が得意っていうんなら仲間に勧誘出来たらよかったんだけど。……流石に身を弁えなさすぎか。このお爺さんにそんな事言ったら「無礼な!!」とか怒られそうだ。そんな想像にオレは密かに笑いながら、彼が立つ素振りを見せたので手を貸そうとして、


「勇者さん」

 ──上から、月の光のような、

「ノア、さん、」

 細く、今にも消えてしまいそうな儚い美しさを持った白銀の髪がサラリと揺れた。オレを見下ろしてにこっ、と明るく笑ったノアさんが、こちらに手を差し出す。

「すみません、お待たせしてしまいました。行きましょうか」
「あ、ちょっと待って下さい、お爺さんが、」

 ノアさんに奪われていた視線を戻すと、お爺さんは既に神官達の手を借りながら神殿の方へ歩みを進めていた。
 こ、この一瞬で…!親切が手厚い…!
 しばし呆然と眺めていると、オレがお爺さんに差し出そうとして掲げられたままだった手をノアさんが掴み、そのまま引き上げてくれる。
 急な起立によろめいて、オレは数歩酔っ払いオヤジのような足取りで地を踏んだ。それを少し恥ずかしく思いながら、もう普通に歩けるから手を離してもらって大丈夫、とノアさんに伝えようとしてオレは前を向く。

 ──幸せで堪らないという表情で微笑むノアさんと、目が合った。

「行きましょう、勇者さんっ」

 ノアさんの手が触れた場所が、早まる鼓動と共にジンジンと熱を持って疼く。
 手を離してもらおうと思っていた筈なのに、それを請う言葉は、終ぞオレの口からは出てこなかった。



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

嘘をついて離れようとしたら逆に離れられなくなった話

よしゆき
BL
何でもかんでも世話を焼いてくる幼馴染みから離れようとして好きだと嘘をついたら「俺も好きだった」と言われて恋人になってしまい離れられなくなってしまった話。 爽やか好青年に見せかけたドロドロ執着系攻め×チョロ受け

精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる

風見鶏ーKazamidoriー
BL
 秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。  ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。 ※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

捨て猫はエリート騎士に溺愛される

135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。 目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。 お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。 京也は総受け。

推し変なんて絶対しない!

toki
BL
ごくごく平凡な男子高校生、相沢時雨には“推し”がいる。 それは、超人気男性アイドルユニット『CiEL(シエル)』の「太陽くん」である。 太陽くん単推しガチ恋勢の時雨に、しつこく「俺を推せ!」と言ってつきまとい続けるのは、幼馴染で太陽くんの相方でもある美月(みづき)だった。 ➤➤➤ 読み切り短編、アイドルものです! 地味に高校生BLを初めて書きました。 推しへの愛情と恋愛感情の境界線がまだちょっとあやふやな発展途上の17歳。そんな感じのお話。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました!(https://www.pixiv.net/artworks/97035517)

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

処理中です...