笑って下さい、シンデレラ

椿

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6日。1週間も終わりかけである金曜日の朝。
僕はまたしても窓に張り付いて、新君宅の玄関を早い時間から監視していた。

うーん…、昨日も一昨日も新君が家を出る時間はバラバラだったから、予測しにくいんだよなあ。まあだとしても昨日みたいにこうして見張っていれば、偶然を装って一緒に登校(という名の尾行)出来るし、

「真白」
「何?」

背後からの母親の声に、僕は振り返ることも無く雑な返事をする。今の僕は新君を待つことで手いっぱいなのだ。母の相手なんかしてられない。
それにまだ遅刻寸前って感じの時間でもないし、昨日みたいに無理矢理追い出されるなんてことも、

「まーしーろー?」
「もーだから何。今忙しいから話しかけな──、」




追い出されました。

理由としては「隣人をストーカーする自分の息子ヤバすぎ。前科が付く前に止めたい」という至極まともなものでした。心配させてごめん母さん。でも僕が新君宅の玄関を見張ってたのは純粋な新君に対する想いが溢れた結果というかだからこれは犯罪とかそういうのに繋がるあれじゃなくて。
母親に言えば「やってるやつは皆そう言う」とドン引いた目で見られそうな言い訳を心の中で羅列しつつ、後ろ髪を引かれる思いで凄―くゆっくり新宅の前を通り過ぎていると、

何の幸運か、またしても丁度いいタイミングで新君が家から出てきた。

嘘でしょ!?二度あることは三度あるって本当だったのか!?ラッキーー!!
どうしよ!本当は後ろを付いて行きたかったけど、この前の追われる経験もあれはあれで良かったからな…。よし。今日はゆっくり新君の前を歩いて学校までの新君の歩数とか数えようそうしよう。

決意を固めて、ほんの少しでも後姿が凛々しく見えるように背筋を伸ばしていると、背後からザッ、ザッ、と速足で足音が迫って来る。
それに違和感を抱いた時には既に、背後に居たはずの新君は僕の真横に並んでいた。

「……え??」
「……『え』ってなんだおい」

何時の時間帯でも変わらないその美貌が、少しだけ不機嫌に歪められる。
は、話しかけられた!?!?
こっちとしてはもうただそれだけのことでプチパニックである。

「や、ごめん!えと、おはよ!」
「…はよ」
「……あ、じゃあ、ここら辺で」
「ここら辺で!?」

追い抜かれるものとばかり思っていたから、僕の言葉を繰り返して驚く新君に僕の方がもっと驚いてしまう。

新君は「…そうじゃないだろ」と小さく呟いて、肺の中の空気が全部出切るんじゃないかという程の大きなため息を吐いたかと思うと、

「行くぞ。学校」
「え、」
「…~~っ、ここ!!」

苛立っているのか、赤い顔で自身の隣のスペースを指さした新君に僕は一瞬呆けて、
しかしすぐにその意図を悟り、ドッと鼓動が早くなった。

い、いいい、良いんですか!?新君の隣に並んで登校しても許されるんですか!?もしかしなくても人目が無いとこまでですね!?勿論分かっていますとも!!それでも最高に嬉しいです!!
ああ、無宗教だけど神様ありがとう!!いや違うな。感謝するのは顔も声も知らない神に対してじゃない。今隣に居る僕の彼氏というか幼馴染というか唯一神というか尊い存在の新君だ!!新君、この世に生まれてきてくれて本当にありがとう…。


「そう言えば、昨日はタオルありがとう!えっと、汚しちゃってごめん。あの後体育だったんだよね?他のタオルとか持ってた?」

いそいそと新君の横に並び、いつか言うぞ!と昨日の夜散々練習していた感謝の言葉を、まるで世間話のついでのような感じでサラリと告げる。
お、おお!練習した甲斐があった!凄い自然だ!自然なお礼!自然な気遣い!会話を途切れさせないための自然な問いかけ!う~ん、自然!!

完璧な会話の導入だ!と僕が自己満足している傍ら、僕からの問いを受けた新君は数秒だけピシリと石のように固まってから、

「…当っ、たり前だろ!お前の汗ついたやつとか使えるわけねーから!!新しい奴使ったに決まってんだろ!!普通そうするだろ!!普通な!?」
「そ、そうだよね!ごめん!」

当たり前過ぎることを聞いてしまったからか、またまた新君を苛立たせてしまったようだ。耳まで真っ赤にして怒られて、流石の僕も反省する。
他人の汗とかやっぱり嫌悪感ある人はあるよな。僕は勿論新君の汗だったら全然OKっていうかむしろご褒美だけどねっ!!!

「昨日サッカーやってるとこ見てたけど、新君ってスポーツ昔から上手いよね!」
「別に普通。……ていうか勝手に見るな」

新君の返しがそこそこ辛辣だったりするけど僕は特に気にならないし、初日の沈黙登校から比べると、会話のやり取りが出来ているということだけでも物凄い進歩である。

何なんだ今日は!さては凄い良い日だな!!
…もしかすると、今日なら『アレ』を受け取ってもらえるんじゃないだろうか?うん、そんな気がする!!

恋は盲目とはよく言ったものだ。好きな人と数言会話のやり取りが出来たというだけのそんな雑な理由で、あらゆる事が上手くいくんじゃないかと舞い上がったりしてしまうのである。

「あのさ新君!」
「何」


「日曜日、僕とデートに行きませんか!?」


勇気を出して新君に差し出したのは、実は新君への告白が成功したその日に浮かれて購入した映画のチケット。
その時はまさか、新君側には全く気持ちが無く、恋人になれる期間が限定されているなんて思ってもみなかったから、そんな僕に休日を使わせるのも申し訳ないと思ったりしてすぐに渡すことが出来なかったんだけど…。
い、今なら!こう、せめて友達と出かける~みたいな感覚で気軽に了承してくれたりしないかな!?だって会話も出来たし!!完全なる他人から、友達レベルくらいにはなれている筈!

「数秒言葉のやり取りが出来ただけで友達面すんな!?」という脳内を過った秀真からのツッコみは一旦頭の隅に追いやっておいた。時には冷静さを捨て、勢いに任せるのも大事だよね!

僕の持つ二枚のチケットを、新君が興味深そうに眺める。

「……、これ何の映画ヤツ?」
「!
最近公開された映画で!新君アクションとか好きって(盗み)聞いたから、その、僕も見たくて!一緒にどうかなって…」
「ふーん…」

多少は興味を持ってくれたらしく、チケットを見つめたまま何かを考えるように口元を手で覆う新君。

もしかして、新君は映画を一人で見たい派かな?断られてしまうかな?

期待と不安で胸を一杯にして回答を待つこの時間が、僕にとっては永遠にも思える程長く感じた。

しかし実際にはそこまで時間を置かない内に、新君の手がチケットの方へとゆっくり伸ばされて。受け取ろうとしてくれているその姿勢に、僕も思わずぱあっ、と表情を明るくさせた、

──直後、

「あーらたっ!おはよ!」
「「!!」」

急に新君の背後から肩を掴んで登場したのは、もうお馴染み、新君の友達の鼠入君。新君にこんな気安い態度を取る人間を僕はまだ彼しか知らないので、人物に対しての驚きは無かったのだが、やはり突然の出来事だったため僕達は二人そろってビクゥッ!!と大げさな程肩を揺らしてしまう。
そしてその拍子、僕の手元への意識が疎かになったからか、持っていた映画のチケットがヒラリヒラリと地面に落下していってしまった。

ああ!新君へのチケットが!!

すぐさましゃがんで大切なその紙きれを拾い、「新君にあげるものなんだから!」と付いているのかいないかもわからない土埃を一生懸命払うが、鼠入君が僕のその忙しない行動に目を向けないわけも無かった。

「映画のチケット?何?二人で行くの?」

目敏くブツを捉えた鼠入君は、肩を組んだまま新君へと問いかける。
だからやっぱり距離が近くて大変羨まし……、く、ない…。いやもういい加減認めよう。正直クソ羨ましい!!僕も新君と肩組みたいーー!!名前呼び捨てで呼び合いたいーー!!

鼠入君に対する少しの嫉妬心を込めつつ、「うん!そうですけど何か!?もしかして新君と映画とか観に行ったこと無い~~!?」とマウントじみた答えを僕が返そうとしかけて、

「──そんな訳無いだろ」

新君のその一言で、もう何も言えなくなる。

「あ、そう?俺の勘違いか」

凍える指でチケット二枚分をしっかり減らさず持ち続けている僕は、在りし日の如くそのまま先を行く二人の背中をボンヤリと見送った。


断られてしまった。

やっぱり駄目か。そりゃそうだよ。僕達じゃ映画鑑賞後の会話もそこまで弾まないだろうし、行くなら一人か、…例えば鼠入君みたいに僕よりもっと親しい人と行った方が楽しめるよな。一瞬チケットを受け取ってくれようとした風にも見えたんだけど……いや、あれもしかして「自分の分だけ頂戴」って意味だったのかもしれないな。あ、絶対それだわ。何だ。

最初からぬか喜びだったらしい。
偶にポジティブだけど、僕だって人間だ。好きな人にデートの誘いを断られてしまえば落ち込みもする。
肩を落としてため息を吐きつつ、僕は完全に不要なものとなってしまった可哀想なチケットたちを眺めた。

うーん…。もうチケットは買っちゃってるし、二人でデートは出来ないにしても新君が楽しんでくれれば僕はそれが一番嬉しいから、一枚は新君にプレゼントしよう。

……二枚とも渡したらその内の一枚が鼠入君の方に流されそうで嫌だからっていうのと、僕も同じ映画を見ていつかそれが話のネタになれば良いな、っていう下心もありきの選択なんだけどね。

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