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エピローグ Side 翔
エピローグ Side 翔【1】
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俺には、ずっと忘れられなかった人がいた――。
高校時代の同級生で、可愛い容姿で控えめな性格だった女の子。
モテるのに異性が苦手で、男子の前ではいつもビクビクしていて。けれど、ふと見せるどこか凛とした雰囲気を纏う横顔に、無性に惹きつけられた。
そんな志乃への想いを自覚していたにもかかわらず、結局は告白もできずに高校を卒業し、初恋を燻ぶらせたまま何年もの月日を重ねた。
恋人がいなかった……とは言わない。ただ、本当の意味で心が惹かれたのはたったひとりで、そのせいで誰とも長続きしたことがなかった。
卒業して五年後に一度だけあった同窓会には、彼女の友人の赤塚いわく仕事で欠席し、再会という淡い期待は叶わなかった。
だからこそ、友人たちの協力のおかげで志乃と再会できたときは、喜びと感動で頬が緩みそうになったほどだ。
同時に、あの頃の面影を残しながらも美しくなった彼女への想いが再燃するのを自覚し、絶対にこのチャンスを逃さないと心に誓った。
紆余曲折を経て、ようやく実った想い。
とはいえ、異性にトラウマを抱えている志乃には軽く触れることしかできず、己の欲と戦う日々は続いた。
同居を始めた頃から何度も彼女に触りたくて、そのたびに鋼の意志で自身を止めた。しかし、恋人という関係性になれた瞬間から浮き立った心が暴走しそうになり、欲に負けそうになったことは一度や二度じゃない。
ようやく志乃へのキスが叶ったときには幸せで、そしてまたしても欲情する心と体を叱責する日々を送るはめになったのも、今では少しだけ笑えてしまう。
彼女のためとはいえ、どんな極上の料理よりも甘美なご馳走を前にして耐え抜いた自分を褒めたいくらいだ。
そんな日々を経て志乃を抱いたあの夜、あまりの感動に思わず泣きそうだった。けれど、彼女の吐息も表情もすべて覚えていたくて、失いそうな理性を必死にとどめ、自身の目と記憶に焼きつけた。
志乃が美容師として復帰すると言い出したとき、とうとうこの日が来たか……と少しばかり寂しくもなった。それでも、彼女のことを誰よりも応援していたいのも本心で、俺はその背中を精一杯押した。
うちで働いていた頃の志乃は、慣れない仕事を一生懸命頑張る姿が微笑ましくて、タケから何度『顔が緩んでるぞ』と呆れられたかわからない。
彼女のそういうところが見られなくなるのは名残惜しかった反面、転職後にどんどん生き生きしていく姿に惚れ直したのは俺だけの秘密だ。
プロポーズは特別な日にしたいと思っていた。
再会した日、志乃の誕生日、付き合った記念日。候補はたくさんあれど、俺が選んだのは十月十五日。
なぜその日にしたのかを、きっと彼女は知らないだろう。
まさか夢を語り合った日付まで覚えていた……なんて、さすがに未練がましくて言えるわけがない。言い訳するのならば、記憶力はそれなりにいい方で、その上でたまたま覚えやすかった日だからだ。
高校時代、偶然耳にした志乃の誕生日が自分と二ヶ月違いであることを知り、夢のことを話したのがちょうど俺の誕生日の半年後だった。日付がすべて十五日というのがまた記憶に残り、十年経った今もしっかりと覚えている。
ちなみに、お互いの夢を話すに至った経緯は、放課後の図書室で俺がプログラミングの書籍を手にしていたから。図書委員で残っていた彼女が探していた本を見つけてくれ、気がつけば誰にも話したことがなかった目標を打ち明けていた。
あの日の夕日に照らされた志乃は、息を呑むほどに美しかった。心のすべてを奪われるようで、彼女の表情から一瞬たりとも目が離せなかった。
記憶に焼きついたままの俺だけの思い出の日を、志乃にとっても特別な日になるようにしたくて。そんな邪な考えのもと、プロポーズをしたのだった――。
高校時代の同級生で、可愛い容姿で控えめな性格だった女の子。
モテるのに異性が苦手で、男子の前ではいつもビクビクしていて。けれど、ふと見せるどこか凛とした雰囲気を纏う横顔に、無性に惹きつけられた。
そんな志乃への想いを自覚していたにもかかわらず、結局は告白もできずに高校を卒業し、初恋を燻ぶらせたまま何年もの月日を重ねた。
恋人がいなかった……とは言わない。ただ、本当の意味で心が惹かれたのはたったひとりで、そのせいで誰とも長続きしたことがなかった。
卒業して五年後に一度だけあった同窓会には、彼女の友人の赤塚いわく仕事で欠席し、再会という淡い期待は叶わなかった。
だからこそ、友人たちの協力のおかげで志乃と再会できたときは、喜びと感動で頬が緩みそうになったほどだ。
同時に、あの頃の面影を残しながらも美しくなった彼女への想いが再燃するのを自覚し、絶対にこのチャンスを逃さないと心に誓った。
紆余曲折を経て、ようやく実った想い。
とはいえ、異性にトラウマを抱えている志乃には軽く触れることしかできず、己の欲と戦う日々は続いた。
同居を始めた頃から何度も彼女に触りたくて、そのたびに鋼の意志で自身を止めた。しかし、恋人という関係性になれた瞬間から浮き立った心が暴走しそうになり、欲に負けそうになったことは一度や二度じゃない。
ようやく志乃へのキスが叶ったときには幸せで、そしてまたしても欲情する心と体を叱責する日々を送るはめになったのも、今では少しだけ笑えてしまう。
彼女のためとはいえ、どんな極上の料理よりも甘美なご馳走を前にして耐え抜いた自分を褒めたいくらいだ。
そんな日々を経て志乃を抱いたあの夜、あまりの感動に思わず泣きそうだった。けれど、彼女の吐息も表情もすべて覚えていたくて、失いそうな理性を必死にとどめ、自身の目と記憶に焼きつけた。
志乃が美容師として復帰すると言い出したとき、とうとうこの日が来たか……と少しばかり寂しくもなった。それでも、彼女のことを誰よりも応援していたいのも本心で、俺はその背中を精一杯押した。
うちで働いていた頃の志乃は、慣れない仕事を一生懸命頑張る姿が微笑ましくて、タケから何度『顔が緩んでるぞ』と呆れられたかわからない。
彼女のそういうところが見られなくなるのは名残惜しかった反面、転職後にどんどん生き生きしていく姿に惚れ直したのは俺だけの秘密だ。
プロポーズは特別な日にしたいと思っていた。
再会した日、志乃の誕生日、付き合った記念日。候補はたくさんあれど、俺が選んだのは十月十五日。
なぜその日にしたのかを、きっと彼女は知らないだろう。
まさか夢を語り合った日付まで覚えていた……なんて、さすがに未練がましくて言えるわけがない。言い訳するのならば、記憶力はそれなりにいい方で、その上でたまたま覚えやすかった日だからだ。
高校時代、偶然耳にした志乃の誕生日が自分と二ヶ月違いであることを知り、夢のことを話したのがちょうど俺の誕生日の半年後だった。日付がすべて十五日というのがまた記憶に残り、十年経った今もしっかりと覚えている。
ちなみに、お互いの夢を話すに至った経緯は、放課後の図書室で俺がプログラミングの書籍を手にしていたから。図書委員で残っていた彼女が探していた本を見つけてくれ、気がつけば誰にも話したことがなかった目標を打ち明けていた。
あの日の夕日に照らされた志乃は、息を呑むほどに美しかった。心のすべてを奪われるようで、彼女の表情から一瞬たりとも目が離せなかった。
記憶に焼きついたままの俺だけの思い出の日を、志乃にとっても特別な日になるようにしたくて。そんな邪な考えのもと、プロポーズをしたのだった――。
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