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九章 雲となり雨となるとき

雲となり雨となるとき【1】

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「本当に買っちゃったの?」

「うん。ダイニングチェアだと思う存分くつろげないから」


 十一月も終わる、土曜日の昼下がり。諏訪くんの家に届いたものを見て目を丸くする私に、彼はなんでもないことのように笑った。


「だからって、オーダーメイドなんて」

「しっくりくるものがなかったし、欲しかったからいいんだ。畳める設計にしてもらったから邪魔にならないし、別に他の部屋で使ってもいいし」


 あの日を機に、毎週末ヘッドスパをしてあげるようになった。
 諏訪くんが喜んでくれて嬉しいし、私にとっても練習になる。彼になにかしてあげたいということもあり、一石三鳥だと思っていたけれど、まさかオーダーメイドで専用のチェアを買うとは思っていなかった。


「そりゃあ、諏訪くんの家は広いから、置く場所には困らないだろうけど……」

「だからって志乃にずっとヘッドスパをしてもらうつもりはないし、負担に感じる必要はないよ。それよりさ、その『諏訪くんの家』って言うの、そろそろやめない?」

「え?」

「俺としてはもう付き合ってるんだし、同居じゃなくて同棲の感覚なんだ。でも、志乃はいつも『諏訪くんの家』って言い方するから寂しいんだけど」


 拗ねたような表情で私を見る諏訪くんに、単純な鼓動が高鳴る。こういう顔をするときの彼は、なんだか可愛くてずるい。


「でも……私は家賃だって払ってないし……」

「恋人からそんなもの取る気はないし、俺が志乃と一緒にいたいからいいんだよ。だいたい、志乃は毎日おいしいご飯を作ってくれるし、俺を思いやってくれるだろ」


 それで充分だ、なんて言う諏訪くんは、本当に私にはもったいないくらい優しくて素敵な人だ。自分のことを触れ回るには苦手なのに、彼とのことだけはみんなに自慢したくなる。
 もっとも、会社でも付き合っていることは打ち明けていないけれど。


「諏訪くんって、すごく甘やかしてくれるよね」

「志乃だけだよ」


 言い終わると同時に、唇にふわりとくちづけられた。
 不意を突かれたキスはもう数え切れないほどされているのに、未だにたじろいでしまう。
 そのたびに柔和な笑みを浮かべる諏訪くんを見ると、幸せだなぁ……なんて絆されたような気持ちになるのだ。


「せっかくだし、この椅子使ってみない? 新しいアロマオイルを買ったから、リクエストがあればブレンドするよ」

「志乃に任せる。俺、志乃がブレンドしてくれるやつが好きなんだ」


 そんな風に言われるほど、大したことはしていない。
 暖かい日や疲労がたまっていそうなときはミント系ですっきり……とか、寒くなってきたから甘めの柑橘系やラベンダーで……というくらいだ。


 けれど、彼は毎回ブレンドやヘッドスパの技術を褒めてくれる。
 それが嬉しくて、美容師への未練が日に日に膨らんでいた――。

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