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八章 恋は盲目でも、
恋は盲目でも、【5】
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出勤すると、社内では昨日のトラブルが解決したという話で持ち切りだった。それだけ、みんなが心配していたんだろう。
『心配しなくていいよ。トラブルは解決したし、村野社長とも和解できたから』
家を出る前にそう言った諏訪くんは、詳しくは語らなかったけれど。児嶋さんいわく、諏訪くんが村野社長に真摯に頭を下げ、早急にバグを解明したのだとか。
その後、諏訪くんが先方に残ってほぼひとりで復旧作業を行い、児嶋さんは社内に戻って遠隔で操作していたらしい。
深夜一時頃に会社に戻ってきた諏訪くんは、児嶋さんと篠原さんを帰らせ、ひとり社内に残ったようだった。
「さすが社長だなー」
「学生時代に起業したってだけでもすごいけど、初期の頃のアプリやシステム開発はほとんどひとりでしてただけあるよね」
「副社長もすごいけど、やっぱり社長は別格だよな」
エンジニアたちはそのすごさが肌でわかるからか、諏訪くんのことを口々に褒め、そこから〝社長のかっこいいところ〟と題したくなるような会話が続いた。
木野さんたち事務員の面々は、口は挟まないものの相槌を打っている。そんな社員たちを前に、彼がいかに尊敬されているのかがよくわかった。
褒められているのは諏訪くんで、私はただそれを聞いているだけ。
けれど、恋人がこんなにも素敵な人だと改めて実感でき、心の中では誇らしげになる私がいた。
今夜は、諏訪くんのリクエストでハンバーグを作った。
チーズ入りのハンバーグにデミグラスソースをかけた、少し贅沢な一品だ。
彼の味覚はどこか子どもっぽいところがあって、たとえばエビフライや唐揚げといったメニューを筆頭に、カレーやハンバーグなんかも好物らしい。
前に作ったグラタンやビーフシチューも気に入っていたようだけれど、群を抜いてハンバーグが好きだと話していた。
今日はさらに手間をかけてチーズも入っているから、喜んでくれるだろう。チーズインハンバーグが好きなこともリサーチ済みだ。
数十分後に帰宅した諏訪くんは、すぐにハンバーグを見て瞳を緩め、チーズ入りだと知るといっそう嬉しそうにした。予想通りの反応に、私も笑顔になる。
「家でこういうのが食べられると思わなかった」
「喜んでくれてよかった」
「ありがとう。でも、俺は志乃の笑顔に一番癒されるから、志乃がいてくれれば充分だけど」
ふわりとたわませた瞳で私を捉え、甘い笑みを向けてくる。
疲労困憊しているかと思いきや、彼は今夜も私の心を捕らえて離さない。ドキドキと高鳴る鼓動を隠すように俯きつつも、素直に喜んだ私の頬が綻んでしまう。
諏訪くんは、それ以上はなにも言わずに笑顔でハンバーグを味わっていた。なんとなくむずがゆい雰囲気の中、彼と他愛のない会話をしながら夕食を平らげた。
「そうだ、諏訪くん。よかったら、ヘッドスパしない?」
「え?」
唐突に提案した内容が不思議だったらしく、諏訪くんはきょとんとしている。
多忙な彼にしてあげられることはないかと考えたとき、ヘッドスパが思い浮かんだ。
手元には普通のシャンプーやトリートメントしかないけれど、それでも少しは疲れが取れるはず。他の人に触れるのはまだわずかに躊躇してしまうものの、諏訪くんならその心配もない。
「諏訪くんの家の洗面台、すごく広いでしょ。前からヘッドスパできそうだなって思ってたの。ダイニングチェアを持って行ってみたら高さもなんとか合いそうだし、頭がすっきりすると思うからどうかな?」
首を傾げれば、彼が喜びと申し訳なさを同居させたように笑った。
「それは嬉しいけど、志乃だって疲れてるだろ。昨日は俺の帰りを待ってあまり眠れてないだろうし、そんなに気を遣わなくてもいいよ」
「気を遣ってるわけじゃなくて、諏訪くんのためになにかしたいなって思ったの。だから、むしろやらせてほしいっていうか……」
食い下がる私に、諏訪くんがふっと口元を緩める。
直後、「じゃあ、甘えようかな」と口にした彼は、その面持ちに喜色を浮かべていた。
『心配しなくていいよ。トラブルは解決したし、村野社長とも和解できたから』
家を出る前にそう言った諏訪くんは、詳しくは語らなかったけれど。児嶋さんいわく、諏訪くんが村野社長に真摯に頭を下げ、早急にバグを解明したのだとか。
その後、諏訪くんが先方に残ってほぼひとりで復旧作業を行い、児嶋さんは社内に戻って遠隔で操作していたらしい。
深夜一時頃に会社に戻ってきた諏訪くんは、児嶋さんと篠原さんを帰らせ、ひとり社内に残ったようだった。
「さすが社長だなー」
「学生時代に起業したってだけでもすごいけど、初期の頃のアプリやシステム開発はほとんどひとりでしてただけあるよね」
「副社長もすごいけど、やっぱり社長は別格だよな」
エンジニアたちはそのすごさが肌でわかるからか、諏訪くんのことを口々に褒め、そこから〝社長のかっこいいところ〟と題したくなるような会話が続いた。
木野さんたち事務員の面々は、口は挟まないものの相槌を打っている。そんな社員たちを前に、彼がいかに尊敬されているのかがよくわかった。
褒められているのは諏訪くんで、私はただそれを聞いているだけ。
けれど、恋人がこんなにも素敵な人だと改めて実感でき、心の中では誇らしげになる私がいた。
今夜は、諏訪くんのリクエストでハンバーグを作った。
チーズ入りのハンバーグにデミグラスソースをかけた、少し贅沢な一品だ。
彼の味覚はどこか子どもっぽいところがあって、たとえばエビフライや唐揚げといったメニューを筆頭に、カレーやハンバーグなんかも好物らしい。
前に作ったグラタンやビーフシチューも気に入っていたようだけれど、群を抜いてハンバーグが好きだと話していた。
今日はさらに手間をかけてチーズも入っているから、喜んでくれるだろう。チーズインハンバーグが好きなこともリサーチ済みだ。
数十分後に帰宅した諏訪くんは、すぐにハンバーグを見て瞳を緩め、チーズ入りだと知るといっそう嬉しそうにした。予想通りの反応に、私も笑顔になる。
「家でこういうのが食べられると思わなかった」
「喜んでくれてよかった」
「ありがとう。でも、俺は志乃の笑顔に一番癒されるから、志乃がいてくれれば充分だけど」
ふわりとたわませた瞳で私を捉え、甘い笑みを向けてくる。
疲労困憊しているかと思いきや、彼は今夜も私の心を捕らえて離さない。ドキドキと高鳴る鼓動を隠すように俯きつつも、素直に喜んだ私の頬が綻んでしまう。
諏訪くんは、それ以上はなにも言わずに笑顔でハンバーグを味わっていた。なんとなくむずがゆい雰囲気の中、彼と他愛のない会話をしながら夕食を平らげた。
「そうだ、諏訪くん。よかったら、ヘッドスパしない?」
「え?」
唐突に提案した内容が不思議だったらしく、諏訪くんはきょとんとしている。
多忙な彼にしてあげられることはないかと考えたとき、ヘッドスパが思い浮かんだ。
手元には普通のシャンプーやトリートメントしかないけれど、それでも少しは疲れが取れるはず。他の人に触れるのはまだわずかに躊躇してしまうものの、諏訪くんならその心配もない。
「諏訪くんの家の洗面台、すごく広いでしょ。前からヘッドスパできそうだなって思ってたの。ダイニングチェアを持って行ってみたら高さもなんとか合いそうだし、頭がすっきりすると思うからどうかな?」
首を傾げれば、彼が喜びと申し訳なさを同居させたように笑った。
「それは嬉しいけど、志乃だって疲れてるだろ。昨日は俺の帰りを待ってあまり眠れてないだろうし、そんなに気を遣わなくてもいいよ」
「気を遣ってるわけじゃなくて、諏訪くんのためになにかしたいなって思ったの。だから、むしろやらせてほしいっていうか……」
食い下がる私に、諏訪くんがふっと口元を緩める。
直後、「じゃあ、甘えようかな」と口にした彼は、その面持ちに喜色を浮かべていた。
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