上 下
16 / 83
二章 災い転じて同居が始まる

災い転じて同居が始まる【8】

しおりを挟む
 約束の時間の五分前に迎えに来てくれた諏訪くんに、敦子は「志乃をよろしくね」とまるで母親のように言い、彼は真剣な顔つきで頷いていた。
 その光景を見ていた私は、少しだけくすぐったいよな面映ゆいような気持ちになりつつも、こうして思いやってくれる友人がいて幸せだと思った。


 諏訪くんは、レンタルスペースまで車を走らせ、荷物を積み込んでくれた。


「あの……ごめんね。こんな高そうな車に、いっぱい荷物積ませちゃって……」


 車種はよくわからないけれど、スタイリッシュなブラックの車体は見るからに高級そうだし、左ハンドルに加えて車内のデザインも洗練されている。
 いわゆるスポーツカータイプらしい車には、どう考えてもこんな大荷物は似合わない。


「そんなこと気にしなくていいよ。それより、香月って車に興味ない?」

「うーん、特には……。自分が運転するなら軽がいいし、そうじゃなくても乗れればなんでもいいかなって。地元と違ってこっちは交通量が多くて怖いし……」


 前を向いたままクスッと笑った彼が、「そっか」と相槌を打つ。


 その後も他愛のない話をしていると、諏訪くんが重厚な門構えのマンションの地下駐車場に車を停めた。


「あの、諏訪くん……ここが寮なの?」

「うん。荷物は一気に運べないから、あとでまた取りに来よう」


 怪訝に思いつつも、彼があまりにも普通に答えたからそれ以上は尋ねられない。


「ひとまず、最低限の荷物だけ持って降りて」


 地下にある駐車場に車を停めた諏訪くんは、助手席に回ってくるとドアを開けてくれた。周囲を見渡せば、高級そうな車がずらりと並んでいる。
 疑問がいっそう大きくなり、少しだけ不安に思いつつも彼についていくと、エレベーターに促された。


 港区みなとくの一角にあるこのマンションは四階建てのようで、諏訪くんがモニターの傍にカードキーをかざせば『Ⅳ』のパネルが光る。すぐに四階に着き、ドアが開いた。


 エレベーターを中心に左右に廊下が広がっていて、両方の突き当りにドアが一枚ずつある。彼は私のキャリーバッグを持ち、「こっちだよ」と左に向かって歩き出した。


 慌てて後を追いながらも、違和感が大きくなっていく。
 部屋の前で足を止めた諏訪くんは、センサーにさっきのカードキーをかざし、ドアを開けて微笑んだ。


「どうぞ」

「あの、ここって……」

「ほら、早く」


 疑問を紡ぐ暇もなく急かされ、私は広い玄関に尻込みしそうになりながらも「お邪魔します」と小さく言い、脱いだパンプスを揃える。
 最奥のドアまで行くように告げられ、ゆとりのある廊下を進んだ。後ろから伸びてきた手がドアを開けると、モデルルームのようなリビングが視界に飛び込んできた。


「ここ、寮じゃない、よね……?」


 確信を持ちながらも戸惑っていた私に、彼がにっこりと笑みを湛える。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

恋も魔力も期限切れですよ。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:291pt お気に入り:774

人気欲しさにBL営業なんてするんじゃなかった

BL / 連載中 24h.ポイント:6,276pt お気に入り:247

王太子の仮初めの婚約者

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14,137pt お気に入り:1,712

副社長と出張旅行~好きな人にマーキングされた日~【R18】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:62

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:45

処理中です...