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一章 縁は異なもの味なもの……?

縁は異なもの味なもの……?【1】

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 春の気配が薄らいだ、五月の第三月曜日の昼下がり。


「うーん……今どき、資格もないんじゃねぇ……」


 メガネをかけた五十代前半くらいの男性が、眉間の皺をいっそう深くした。


「あ、いえ……美容師資格なら持ってます」


 控えめながらも主張すれば、ふっと鼻で笑われてしまう。さっきからどうにも蔑まれている気がするのは、きっと思い違いのはずだ。


「だったら、事務職じゃなくて、美容師の資格が活かせるところに絞れば? 今は美容系の職って多いよねぇ」


 微妙に伸ばされる語尾に、バカにされている気がしてならない。気のせい、気のせい……と自分自身に言い聞かせて早十分、気分はどんどん降下していく。


「そうなんですけど、できれば別の職種も経験してみたくて……。美容師はサービス業で大変ですし……」


 本音は伏せつつも、サービス業以外がいいと暗に込める。すると、男性は呆れ混じりの笑みでため息を漏らした。


「別にどの職種だって大変だと思うけどねぇ。とりあえず、資格がなくて未経験者でも募集してるところ……この三件だねぇ。選り好みもできないだろうしねぇ」


 貼りつけていた笑顔は、すっかり消えてしまっている。お礼を言う声にも力がなくて、泣きたい気持ちでハローワークを後にした。



 賑やかな街には、汗ばむほどの陽気が降り注いでいる。行き交う人たちみんなが楽しそうに見えるのは、今の私がなにもかも上手くいっていないからだろうか。


 香月志乃しの、二十六歳。身長一五四センチ、体重は至って標準。


 二重瞼の瞳に、左の目尻はあまり目立たない程度のホクロがひとつ。鼻と口は小さく、顔は普通だと自負している。肩につくくらいのロブの髪は、毛先の動きを出すために緩くパーマをかけ、ハニーベージュに染めている。


 胸が少し大きいのがコンプレックスだけれど、それ以外の容姿に特徴はない。
 総評するのなら、〝アラサーに片足を突っ込んだどこにでもいる女性〟だ。


 ただし、家なし、職なし、再就職先の目途もなし――という三重苦を除いて……だけれど。





 日がすっかり暮れた、二十時過ぎ。


「ただいま~! あー、お腹空いたぁ……」


 1LDKのアパートに、高校時代からの親友――赤塚あかつか敦子あつこの声が響いた。


「おかえり。晩ご飯できてるよ」

「さすが志乃! ムカつく上司と違って天使に見える!」

「居候させてもらってるんだもん、これくらいしないと」

「それは言わないの!」


 彼女はムッとした顔を見せたあと、「晩ご飯はなに?」と笑った。


「今日はチキンカレーです」

「やっぱり! カレーのいい匂いがしてるもんね」


 敦子がメイクを落とす間にカレーを温め直して盛りつけ、冷蔵庫に入れておいたサラダを出す。程なくして、洗面所から戻ってきた彼女とローテーブルを挟んで、「いただきます」と手を合わせた。


 肩の力を抜いたように「おいしい」と連呼する敦子に、重苦しかった心が癒される。


「ところで、志乃はどうだった? ハローワークに行ったんでしょ?」


 中小企業の経理部で働く彼女は、ひとしきり愚痴を零したあとで話を振ってきた。

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