37 / 57
ピザパーティー de らんでぶ~
第四話
しおりを挟むなるほど、確かにそうかもしれない。
これまで灯里は人前で怒りを表現したことがなかった。何かがあっても、すぐに堪えて我慢する癖がついている。
今日の食堂で陽太に体を乗り移られる直前に思わず叫んだ言葉も、本当に咄嗟に出てきたもので意図してではない。あの言葉は以前営業をしていたとき、大野に対して何度も思っていたことだった。あの頃から溜め込んでいた怒りだったんだと思う。
そもそも父の、身勝手で不機嫌そうな表情が怖かったので、人前で怒りをあらわにすることは相手を傷付けるうえに恥ずかしくてみっともないものだと考えていた。だから「怒り」は誰に対しても向けてはいけないものと無意識に思い込み、心の中に静かにしまい込んできたのだった。
「はいはい、声、出していこー」
陽太はまるで野球のキャッチャーのように、グーに握った右手を左の手のひらで受け止める動作を数回やってみせると、
「昨日、遊覧船で叫んだときみたいのでいいんだよ。おじさんのバカヤロウ、とかなんとか。声出して怒りをぶつけなよ」
と、言ってきた。
では遠慮なく。
灯里はすーっと口から息を吸い込み、
「大野のバカー」
と言うと生地をぽてん、とボウルに打ち付けた。第一声だからか、やはり遠慮がちになってしまう。
それを見た陽太は、
「はい、だめ~」
とダメ出しをし、生地を手に取ると、
「はい、お手本行きま~す」
大きく腕を振りかぶり、
「こんっのお、くっそぉ、じじい~!」
ばっちーん!
かなりいい音を立ててボウルに投げつけた。陽太のほうこそ、怒りをため込んでいるのではないかと思うくらいだ。
「これくらい、気合いれてね」
そう言って、ボウルの中の生地を取り出すと灯里に手渡した。
気合、ねえ。まあ、確かに昨日、湖の上で叫んだあとは気分がかなりすっきりした。あれほど吐き出したはずなのに、まだ怒りが出て行っていないということ?
昨日は父への怒りの言葉だった。
だったら今日は。
「大野っって、ほんとーにしつこい!」
「いやだって言ってるのに誘ってきて、本当に嫌だった!」
「お前の代わりにお得意様に頭を下げるなんて、二度とやってやるかっつーのっ!」
「バカ大野ー、ふざけるな~!」
灯里が発した言葉は大野に対する営業時代の怒りだった。あのとき直接言いたかった、かなり年季が入った言葉たち。
ああ、やっぱり相当ため込んでいたようだ。こんな怒り、何年も何年もなんで吐き出せなかったのだろう? こうして出してしまえば、気持ちも体も軽くなるのに。後生大事にため込んだりせず、さっさと捨ててしまえばよかったのに。
「怒りを手元に置いておくことで、本当の自分の気持ちに、ふたをしてたのかもね」
そう陽太に言われて灯里もなんとなくだが理解ができた。
本当の自分の気持ち。
怒りはカモフラージュで、自分の本当の想いは怒りではないところにあるのだそうだ。
陽太の家族をうらやましいと思った心。もっと自分を解ってほしい、気付いてほしい、大切にしてほしい、向き合ってほしい。
そんな切ない気持ちに、できれば気がつきたくなかったからかもしれない。
これだけ打ち付け、捏ねればもう十分だろうというところまでやり切った甲斐があり、表面が滑らかになったところで、ようやく生地を発酵させる工程に入った。
それにしてもまさかパンダにピザ生地づくりとアンガーマネジメントの講義を受けることになろうとは夢にも思わなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【ショートショート】おやすみ
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。
声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる