パンダ☆らんでぶ~

藤沢なお

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ピザパーティー de らんでぶ~

第四話

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 なるほど、確かにそうかもしれない。

 これまで灯里あかりは人前で怒りを表現したことがなかった。何かがあっても、すぐにえて我慢する癖がついている。

 今日の食堂で陽太ひなたに体を乗り移られる直前に思わず叫んだ言葉も、本当に咄嗟に出てきたもので意図してではない。あの言葉は以前営業をしていたとき、大野おおのに対して何度も思っていたことだった。あの頃から溜め込んでいた怒りだったんだと思う。

 そもそも父の、身勝手で不機嫌そうな表情が怖かったので、人前で怒りをあらわにすることは相手を傷付けるうえに恥ずかしくてみっともないものだと考えていた。だから「怒り」は誰に対しても向けてはいけないものと無意識に思い込み、心の中に静かにしまい込んできたのだった。

「はいはい、声、出していこー」

 陽太はまるで野球のキャッチャーのように、グーに握った右手を左の手のひらで受け止める動作を数回やってみせると、

「昨日、遊覧船で叫んだときみたいのでいいんだよ。おじさんのバカヤロウ、とかなんとか。声出して怒りをぶつけなよ」

 と、言ってきた。

 では遠慮なく。

 灯里はすーっと口から息を吸い込み、

「大野のバカー」

 と言うと生地をぽてん、とボウルに打ち付けた。第一声だからか、やはり遠慮がちになってしまう。

 それを見た陽太は、

「はい、だめ~」

 とダメ出しをし、生地を手に取ると、

「はい、お手本行きま~す」

 大きく腕を振りかぶり、

「こんっのお、くっそぉ、じじい~!」

 ばっちーん!

 かなりいい音を立ててボウルに投げつけた。陽太のほうこそ、怒りをため込んでいるのではないかと思うくらいだ。

「これくらい、気合いれてね」

 そう言って、ボウルの中の生地を取り出すと灯里に手渡した。

 気合、ねえ。まあ、確かに昨日、湖の上で叫んだあとは気分がかなりすっきりした。あれほど吐き出したはずなのに、まだ怒りが出て行っていないということ?

 昨日は父への怒りの言葉だった。
 だったら今日は。

「大野っって、ほんとーにしつこい!」

「いやだって言ってるのに誘ってきて、本当に嫌だった!」

「お前の代わりにお得意様に頭を下げるなんて、二度とやってやるかっつーのっ!」

「バカ大野ー、ふざけるな~!」

 灯里が発した言葉は大野に対する営業時代の怒りだった。あのとき直接言いたかった、かなり年季が入った言葉たち。

 ああ、やっぱり相当ため込んでいたようだ。こんな怒り、何年も何年もなんで吐き出せなかったのだろう? こうして出してしまえば、気持ちも体も軽くなるのに。後生ごしょう大事にため込んだりせず、さっさと捨ててしまえばよかったのに。

「怒りを手元に置いておくことで、本当の自分の気持ちに、ふたをしてたのかもね」

 そう陽太に言われて灯里もなんとなくだが理解ができた。

 本当の自分の気持ち。
  怒りはカモフラージュで、自分の本当の想いは怒りではないところにあるのだそうだ。

 陽太の家族をうらやましいと思った心。もっと自分を解ってほしい、気付いてほしい、大切にしてほしい、向き合ってほしい。
 
 そんな切ない気持ちに、できれば気がつきたくなかったからかもしれない。

 これだけ打ち付け、ねればもう十分だろうというところまでやり切った甲斐があり、表面が滑らかになったところで、ようやく生地を発酵させる工程に入った。

 それにしてもまさかパンダにピザ生地づくりとアンガーマネジメントの講義を受けることになろうとは夢にも思わなかった。
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