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日光 de らんでぶ~
第一話
しおりを挟む火曜日、社内の食堂でA定食のアジフライを食べていると、例の新人オペレーターこと灯里の元上司である大野が、向かいの席に座り話しかけてきた。
「久しぶりだな」
突然のことで灯里は緊張したが、悟られまいと自然な態度をとることにした。
「まさか大野さんが、こちらにいらしてたなんて知りませんでしたよ」
「俺だって、宮下がここで働いてるなんて知らなかったよ。それもアシスタントSVやってんだって? やだなあ、俺の元部下が今度は俺の上役かよ、笑える」
何が可笑しいのかわからないが、大野は口元をゆがめ、お盆の上のグラスをつかむと、水を一気に飲んだ。
彼の昼食はB定食の親子丼。見ると食べかけのようなので、灯里の姿に気がつき途中で席を移動してきたようだ。大野は以前と変わらない様子で、灯里を苗字で呼ぶ。それすら不快なことだったが、お客さまに間違った案内をしたうえ、それをまるで灯里が指示を出したように振る舞った意図がわからない。
「なんかさ、迷惑かけちゃったようで、うちのチームのASVが謝ってこいってうるさいんだよね」
大野は箸を持ったまま、灯里の後方にいる誰かを指差した。その時、灯里が、あ、やだな、と感じた思いは見事に命中し、
「やだな大野さん。誰がうるさいんです?」
振り返ると、この春、灯里と同じくASVに昇格した多田さんだった。彼女はまだ食べている途中にもかかわらず席を立つと大野の横に歩み寄り、
「大野さんが悪いんですよ。宮下さんに迷惑かけたんだから。ちゃんと謝りましたか?」
「え、俺、謝んなきゃいけないの?」
二人は楽し気に話を始めた。
多田さんは去年、大卒で入社してきた正社員だ。いずれはSVになることも確定しており、仕事ができる云々関係なしに、ひととおりの業務を覚えることを目的に昇格が決まっているらしい。あまり説明をするのが上手ではない、とオペレーターの間で噂があるようだが、なにせ正社員だ。仕方がない。
それまで灯里のほうは特に彼女を意識したことがなかったのだが、四月のASV研修で一緒になったときに「宮下さんてASVになるのに二年もかかったんですかあ?」と、少々馬鹿にするような口ぶりで言ってきたので以来あまりいい印象を持っていない。
灯里はさっさと食べて席を立とうと食事のスピードをあげることにした。
「こいつ、前に営業やってたときの俺の部下でさ。当時は色々面倒みてやったんだよ。最初の頃、取引先の客の名前を読み間違えたりして。すげえ恥ずかしかったんだよね」
「へえ、そんなことがあったんだあ。名前、間違えちゃだめですよねえ」
二人は灯里の前で好き勝手に喋っている。灯里はそれを前にして、ああ、と気付いた。
馬鹿みたいだ。
ちょっと期待してしまったが、大野は謝る気などさらさらない。なんでこの会社に転職してきたかは知らないが、前職での上司風を吹かせ、多田の前で恰好をつけたいだけなのだ。それで恐らく多田もそれをわかっていて単に面白がっているだけのように見える。
あー、もう、いやだ。
この二人の気持ち悪いコミュニケーションのダシにされるのは、ごめんだ。
灯里は席を立つと、
「お先に失礼します」
とだけ言い、食器の返却口へ向かった。もちろん食べきれなかったアジフライとキャベツ、味噌汁がまだそこには残っていた。
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