16 / 57
おうち de らんでぶ~
第四話
しおりを挟む「俺もさ、かあちゃんの話、していい?」
ふいに陽太が、遠慮がちに聞いてきた。灯里に気を遣っているようだ。
「うん。いいよ」
陽太は器をテーブルに置くと話し始めた。
「かあちゃんはさ、看護師なんだよね」
陽太の母親は、自分の父親(陽太の祖父)が持病を持っていて入退院を繰り返すのを見て育ったせいもあり、看護の道に進むことにしたそうだ。灯里の父親と再会する少し前にその父親は亡くなってしまい、だから陽太は祖父のことを何も知らないという。
そして灯里の父と不倫関係になった末、身ごもった陽太をひとりで産み育てることに決めたのだが、それも母親(陽太の祖母)が陽太の面倒をみて何かと手助けをしてくれたおかげで仕事と両立することができたらしい。今は、勤め先の病院で主任看護師をしているとのことだった。
「ばあちゃんもいい人でさ。よくかあちゃんには内緒で、映画館や遊園地にも連れて行ってくれたんだよね」
その祖母も既に他界したという。
灯里と陽太は異母姉弟。共通なのは父親が同じということだけ。
そういえば、もんじゃ焼きの作り方をおじさんに教えてもらったと言っていたけれど。
「ああ、うん。俺、おじさんが本当の父親だって知らなくて。たまに遊びに来る面倒見のいいおじさんだとずっと思ってたんだよね」
陽太は続けて話した。
「だから子どものとき『しまん』に連れてってもらって、何かお願いしなさいって、かあちゃんに言われたときも、おじさんが本当のお父さんになってくれますようにってお願いしたりしてさ。だから、おじさんが死んじゃったあと、実は本当の父親だって聞いてなんか嬉しかった」
「そう、なんだ……」
灯里は複雑な気持ちになる。灯里は正直、父親が苦手だった。
父は仕事が出来る人間だったようだが家では我が儘な人だった。気に入らないことがあるとすぐ不機嫌になって黙り込むし、女はどうせ結婚して子どもを育てるのが幸せなんだから仕事なんてしなくていいなど、今どき時代錯誤なことを平気で言う昭和な人だった。
でも恐らく、陽太の前ではそんな姿を見せたことなどないだろう。自分の一番いい姿だけを見せてきっと気のいいおじさんでいたに違いない。
なんだかなあ。
ずるいよなあ。
それならお母さんと離婚して、陽太のところで家庭を築けばよかったのに。そしたら、もしかして死なずに今でも幸せだったかもしれない。それで私とお母さんは今頃二人してお父さんのグチを言いながら、一緒にご飯を食べていたかもしれないのだ。二人がいない今、灯里は煮え切らない怒りのマグマだまりを抱えたまま過ごしている。
「ところで、いつから私がその、あなたの異母姉だって気がついてたの? 最初から知ってたの?」
陽太は初めてここで会ったときから、灯里のことを『お姉さん』と呼んでいた。昨日からずっと気になっていたのだ。
すると陽太はリビングの仏壇に視線を合わせて言った。
「あの写真見て、そうなんだってわかった」
リビングの仏壇には、両親と灯里の三人で撮った写真が飾られてある。
「お姉さんが俺を拾ってくれた夜、そこのベランダにぶらさがってから夜中に俺、でかくなってこの部屋に入ったんだよ。で、ソファーで横になってたら眠くなってさ。目が覚めたときにあの写真が目に入って、よーく見たらおじさんが写ってんじゃん。で、隣にはあの葬儀のときにいたお姉さんも一緒に映ってて。ああ、って気がついた」
あの写真は美大の入学式に大学の講堂前で撮ったものだ。その時は珍しく父も休みを取ってくれた。……そうか、あれが家族三人で撮った最後の写真なんだ……。
陽太はお粥を食べ終えると、温かいお茶をいれてくれた。
「なんかさ、仕事とかでいろいろ疲れてんでしょ? 片付けておくからゆっくりしなよ。あ、でも待って。寝る前にどこにアニメを録画してあるのかだけ教えて」
灯里はテレビのリモコンの操作方法と、陽太が見たいというアニメの録画場所を伝えると先に横になることにした。顔を洗って化粧を落とす。
疲れてしまった、もう眠ろう。
シャワーも明日でいいや。
楽しみにしていたアニメをこのあとまとめて見られるのが嬉しいらしい。陽太は、ふんふんと鼻歌(アニメのオープニング曲)を歌いながら食器を洗っている。お気楽だなあ。
でもそういえば。
これまで気にならなかったことが、ここで浮上してきた。
どうして『パンダ』なのか?
一番最初に疑問に思うべきところなのに、これまではぜんぜん気にもしていなかった。何も違和感がなかったと言えば嘘になるが、たいして疑問に思っていなかったのだ。でもパンダは異世界から来たわけではなく、中身は『ヒト』なのだ。私と半分血がつながっている『沢城陽太』という名の弟。
どうしてパンダの姿をしているのだろう?
そんなことを考えているうちにだんだんまぶたが重くなり次第に意識が薄れていった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
パラダイス・ロスト
真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。
※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。
月不知のセレネー
海獺屋ぼの
ライト文芸
音楽レーベル株式会社ニンヒアの企画部に所属する春川陽子はある日突然に新創設部署「クリエイター発掘部」の部長代理を任されることになった。
彼女に与えられた使命は二人の盲目のクリエイターのマネジメント。
苦労しながらも陽子は彼らと一緒に成長していくのだった。
ボカロPと異世界転生モノ作家の二人がある楽曲を作り上げるまでの物語。
神崎家シリーズSS集
松丹子
ライト文芸
ブログに掲載していたSSを集めてみました。随時転載していきます。
今後、ブログに新しいSSを掲載した場合にはこちらにも掲載する予定です。掲載順ではないため、お手数ですが更新日時を参考ください。
(掲載時、近況ページで何を公開したか記載します)
※書式等そのまま掲載しています。
※各作品のネタバレを含むものもあるのでご注意ください。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
遠距離になって振られた俺ですが、年上美女に迫られて困っています。
雨音恵
ライト文芸
これは年下の少年が年上女性に食われる恋物語。
高校一年の夏。念願叶って東京にある野球の名門高校に入学した今宮晴斗(いまみやはると)。
地元を離れるのは寂しかったが一年生でレギュラー入りを果たし順風満帆な高校生活を送っていた。
そんなある日、中学の頃から付き合っていた彼女に振られてしまう。
ショックのあまり時間を忘れて呆然とベランダに立ち尽くしていると隣に住んでいる美人な女子大学生に声をかけられた。
「何をそんなに落ち込んでいるのかな?嫌なことでもあった?お姉さんに話してみない?」
「君みたいないい子を振るなんて、その子は見る目がないんだよ。私なら絶対に捕まえて離さないね」
お世辞でも美人な女性に褒められたら悪い気はしないし元気になった。
しかしその時、晴斗は気付かなかった。
その女性、飯島早紀の目が獲物を見つけた肉食獣のようになっていたことを。
それからというのも、晴斗は何かと早紀に世話を焼かれる。それだけでなく野球部マネージャーや高校の先輩のお姉さま方も迫ってくる。
純朴な少年、今宮晴斗を賭けたお姉さま方のハンティングが始まる!
表紙イラスト:くまちゅき先生
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる