パンダ☆らんでぶ~

藤沢なお

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おうち de らんでぶ~

第三話

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「あ~、疲れた~」

 帰宅したのは夜の十一時過ぎ。

 灯里あかりはリビングのソファーにドサッと座ると両手を上げてうーんと伸びをした。

 今日は午前中から浅草を歩きまわり、昼時ひるどきには陽太ひなたの素性を聞かされて、出社直後にはやっかいな仕事を行うはめになり……と、エネルギーの消耗が激しい一日だった。陽太も今日は午後から一言も喋ることなく、大人しくしていた。

(お姉さん、鞄からはずして)

 と帰宅直後に言ってきたのでチェーンを外してやると、また大きな方のパンダ姿に変わり、キッチンで何やら作り始めたようだ。


 ──しばらくすると、遠くの方から自分を呼ぶ声が聴こえてきた。

「──お姉さん、起きて」

 陽太に体を揺さぶられて、はっと目を開けると十二時を回っていた。ソファーでうたた寝してしまったようだ。テレビからは、灯里が見ようと思っていた深夜アニメのオープニングが流れている。
 
 しまった。録画するのを忘れてた。
 
 急いでリモコンの録画ボタンを押すと、

「あーこのアニメ、続きが気になってたんだよなあ」

 陽太がつぶやいた。

 春から秋の半年間で放映予定の、学園モノのアニメだ。まだ先週から後半の話が始まったばかりなので、

「いつから見てないの?」

 と灯里が聞くと、

「ん~、たぶん一カ月くらい前? えっと確か、祭りの前日にヒロインが町のゴロツキにさらわれて……ああ、主人公が先輩をぶん殴ってたな、そのあと見れてない」

「うわー、そこからさらに面白くなるのに。録画しておいたのがまだ残ってるけど、続き見る?」

「見たいっ。見る見る!」

 じゃあ、とリモコンを操作しようとしたところで、

「ひとまずお姉さん、ごはん食べない?」

 陽太が親指を立ててダイニングを差す。テーブルの上にある器からは、湯気があがっているのが見えた。

「昼のもんじゃから何も食ってないじゃん。アニメは後でいいから。ほら、食おーぜ」

 今日……あ、もう昨日か。遅番だったので夕食用にパンを買っておいたのに食欲がわかず、休み時間は休憩室でぼんやり過ごした。そういえばお腹が空いている。

 灯里はダイニングのテーブル席に着くと、器の中身を見て陽太に尋ねた。

「お粥?」

「うん。もう遅いから消化にいいやつつくった」

 卵でとじた粥状の白飯しろめし、その上には鶏のささみと椎茸と刻んだねぎが乗っていた。

「もし塩が足りないようなら、醤油とか適当にかけて」

 レンゲで粥をひとくちすくい、口に運ぶと、ふわっと優しい味が広がる。

 うわあ、なんだか懐かしい。

 急に何かの想いが込み上げてくると胸が詰まって一杯になり、涙がこぼれた。お粥を食べながら突然泣き出した灯里に、

「えーっ!」

 陽太は驚いて、

「な、なに、どうしたの?」

 と、おろおろしだした。灯里もなんで自分が泣いているのかよくわからなかったがそれでも、

「ん、おいしい」

 鼻をすすりながら食べ続ける灯里に、陽太はひとまず安心したようで、自分もお粥を食べ始めた。

 しばらくの間、無言で食べ続けていたが、灯里がぽつりと話し出す。

「昔、中学生のときにね……」

 中学三年の冬。
 初めての受験を前に灯里はインフルエンザにかかってしまった。熱は下がったが体がだるい。それでも一週間後にせまっている私立受験のために、少しでも勉強しておきたい。出校停止期間をこれ幸いと受験勉強にあてて、ぼーっとする頭をなんとか集中させるためにガムや飴でまぎらわせながら、少しでも多くの英単語を覚えようとしていた。

 口の中が苦くて食欲もなく、お茶とヨーグルトぐらいしか喉が通らなかった灯里に、見かねた母が夜食にお粥を作ってくれた。

「あの時は、しらすと大葉の上に、梅干しがのっかってたな」

 灯里が思い出して言うと、

「いい、お母さんだったんだね」

 陽太がそう返してくれた。

「うん、そうだね」

 灯里は母のことを思い出した。

 母は物静かな人だった。読書が好きで灯里あかりが学校から帰ってくるといつも何か本を読んでいるような人だった。女子大を卒業後、就職することなくすぐに父と結婚した母は、一度も働いたことがないことをコンプレックスに感じていたようだった。そのせいか灯里には将来、何か手に職をつけることを望んでいた。美大に進むことを決めたときも絵だけで食べていくことは難しいかもしれないので、せめて少しでも仕事につながるようにとデザイン科の受験を勧めてきたくらいだ。

 灯里としても、特別に何かこだわりがあるわけでもなく絵の勉強ができればどこでもいいと考えていて、さらにデザインにも興味はあったので都内でデザイン科のある大学への進学を決めたのだった。逆に美大進学に反対だった父親を説得してくれたのも母だ。母は、女性が仕事をしている姿に何か憧れのようなものを抱いていたようだ。

  そうやって絵の勉強を続けることができたことには感謝しているのだが、それを仕事にするというのは、また別の話。今の灯里は、自分の興味とかけ離れた仕事に就いている。
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