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おうち de らんでぶ~
第二話
しおりを挟むその新人オペレーターは、前職では灯里の先輩だった。
慣れない営業職のうえに、体育会系のその先輩ともどうにも反りが合わず、二年半の間なんとか我慢と、灯里なりに接し方を工夫する努力を試みてはみたのだが、続けることができずに退職した。
先輩とは、単純に性格が合わなかっただけだ。灯里からしてみれば、自分から彼に対して特に失礼な態度をとったという記憶もなく(向こうからはあったけど)、辞めるときに挨拶に行ったときも、まあ、ゆっくり休め、とだけ言われて以来会っていない。確か灯里よりも五、六歳、年が上だったはず。まさかこのコールセンターに転職してきていたとは知らなかった。
灯里は山崎SVに話を聞いてもらうと、頭を下げて謝った。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「あなたが謝ることではないわ。でもなんでこんなわかりやすい嘘をついたのかしらね」
彼が言い張る『宮下ASVより指示受けあり』の文言が、嘘であるのは明らかだった。何故なら昨日の夕方、その男性が電話をしてきた時間に、灯里は会社にいなかった。既に退勤した後のことだからだ。
さらに彼の言い分では『電話の途中で宮下ASVの指示を仰いだ』ということらしいが、通話録音を聞くと話の途中に保留ボタンを押すようなことは一度もなく、誰かに指示を仰ぐこともないまま、電話を終わらせているのだ。
そのうえ、お客様である男性に、わざとであろう「上司の宮下が言うには」とか、「宮下から指示を受けております」と灯里を印象づけるように会話を進めていることも録音から聴きとれた。
「困ったわね。宮下さんに事実確認をしてから対応しようと午後まで待っていたのよ。なのにその新人くんときたら、逆に午前中で早退しちゃったらしくて。あれかしら? 嘘をついて気まずくなって、宮下さんに会うのが怖くなっちゃったのかしらね」
彼なら十分あり得そうだと灯里は思った。営業で得意先を訪問していた頃も、自分が苦手な顧客との打ち合わせの直前で姿を消すことがあった。しかも灯里に一言も言わずに。
初めてそれをやられた時には彼に何かあったのではないかと心配したのだが、帰社すると何食わぬ顔で自席に座っており、資料作成が忙しくてと言い訳をされた。
ところがそれは、その一回だけではなかった。同じようなことを繰り返し彼がする度に先方へのフォローをするのは灯里だった。仕事の支障になるし、先方との信頼関係にも影響が出る。
三度、同じことをされたときは、さすがに灯里もいい加減頭にきていたので、彼よりも上席の上司に相談をしてみたのだが、結局、何も変わらないまま。挙句にその上司には、先輩のフォローをするのも後輩の務めだぞなど訳のわからないことを言われ、灯里はこの組織で仕事を続けることに、さらにやる気をなくしたのだった。
「それでまずは、お客様にお詫びと説明をしないといけないのだけれど、対応をお願いしても大丈夫?」
昨日の彼の通話録音を聞き終えると、山崎SVが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫です」
灯里は自席のPCを立ち上げ、お客様へ電話をかけた。その男性は始めこそ、「あんたの教育が悪いから間違った案内をしたのではないか、おかげでこっちは時間をロスすることになった」などなど、ひととおり苦情を言ってきたが、灯里の真摯な態度が伝わったようで、次第に口調が和らいでいった。
そして、契約内容も以前のまま変わらず、これまでどおり利用できる旨を伝えると安心したようで、最後は穏やかに電話を終えることができた。
灯里の隣で会話を見守っていた山崎がにこやかに、おつかれさまと声をかける。
「ご理解いただけてよかったわ、お客様の方はこれで片付いたわね」
そうなのだ。問題なのは新人オペレーターである元先輩。困ったな……と憂鬱に思った灯里に、
「まあ、あまり深く考えない方がいいわよ。新人くんが何を考えてるのかはわからないけれど。それは彼の問題であって、宮下さんには関係のないことなんだから」
それだけを灯里に伝えると、山崎SVは前方の自分の席に戻っていった。
大人だなあ。
灯里は彼女の後ろ姿を見て思う。
山崎SVは灯里より一回りほど年上だ。こんなふうに明確な指摘をしてくれるところが頼もしく、灯里にとっては有難かった。
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