ハニー・ゲーム

影津

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VS録画ゲーム 開始

VS録画ゲーム 開始2

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 デスゲームの中にゲームマスターがいることもあるのは映画で知っている。だけど、死のリスクを犯してまで自分がゲームに参加するだろうか。

 ほんまKAINAが、一瞬遅れてたじろいだのも、タイタンフレッドがため息をついたのも、怪しく見える。テカプリは無表情だし、氷河も顔色が悪い。

 なんにしても、この最後のゲームでは誰も信用できなくなった。

「なぁ、一人しか生き残られへんやと? んなもん最初から知ってたわ。脱出させてくれる気もあるか怪しいわな」

 ほんまKAINAが自慢げに語る。

「いよいよ俺とお前の同盟も終わりか」とタイタンフレッド。

「やっぱり二人グルだったの?」

 サードが問うと二人はせせら笑うだけだ。

「二人で一つの動画を撮影した可能性もあるな」とテカプリが確信したとばかりに言う。

「ユーチューバーは、コラボ動画作ったりするって言いたいんかいな? ちゃうちゃう。コラボは一度もしてへん。ただ、関係してたって知ってるだけや。でも、うちがタイタンフレッドはんに直にこれやってくれとか頼んだことなんか一度もないで。逆もないわ」

「二人はこの後のゲームでもきっと協力関係になるね……」氷河がテカプリに尋ねる。

「まぁ、僕らはサードも入れて三人で協力し合えばなんとかなるんじゃないかな」

 協力してどうにかなるのか疑問に思う。さっきの赤い紙を拾うゲームではキリンAを死なせてしまった。サードは心の中でごめんと呟く。手を最後まで握っていたのはサードだ。まだ、手の温もりを反芻はんすうすることができる。

「本当にこれで最後のゲームなのかな。しかも、本当に一人だけしか生き残れないの?」

 答えは聞きたくないが、聞かずにはいられない。こんなふざけたゲームを終わらせて欲しい。これ以上人が死ぬのは耐えられない。

 テカプリも氷河も顔を見合わせて押し黙ってしまった。

 映像の続きが再生された。

〈ね、驚いた? ほらほら泣きそうな顔しないで。寛大にも僕は君たちの中の誰か一人を許すって言ってるんだ。君たちにゲームで自分を顧みるチャンスを与えたんだ。ハニー・ゲームは、君たちが撮影した動画や拡散した動画の悪意そのものだ。僕はまだこのゲームで殺し合いを強要していない。何故だか分かるかい。もう一度言うが君らには、チャンスを与えたんだよ。この時点で自分の撮影した動画や拡散した動画が思い当たらないようなら、君たちは死ぬべきだ。最後のゲームのルールを説明する。『録画アプリを君たちのスマートウォッチにインストールした。それを使ってお互いを撮影しろ。ただし、撮影していることに気づかれてはいけない。撮影者は誰を何度撮影してもいい。合計撮影時間を十分にすること。十分の動画を撮影したら、フィールド内のパソコンに映像を保存しろ。それと引き換えに、君たちは脱出のヒントを得られる。例の動画も観ることができる』撮影された者は自分の撮影した時間が減る。撮影されたことに気づいた被写体は撮影者にスマートウォッチを向けることにより、相手のスマートウォッチに内臓された小型AEDを作動させて、撮影を強制的にやめさせることができる〉

「ちょっと、私たちで戦わせたいわけ?」

 映像はサードの話など聞いていない。あらかじめ撮影された動画だから当然だった。

〈このゲームには君たちハニー・プレーヤーのほかにハニー・ガールたちも参加する。僕の隣で踊っていたお姉さんたちだが、彼女らはゲームの妨害役だ。君たちハニー・プレイヤーの姿が目に入り次第、様々な手段で殺しにかかってくる。もちろん、それだと君たちが不利だから、君たち同士でも殺し合えるように、フィールドにアイテムを用意した。舞台フィールドは学校だ。ゲームの制限時間はない。最期の一人になるまでゲームは終わらない〉

 そこで映像は一時停止する。テロップが流れる。

『映像を交換しています』

「録画を何本も撮って、適切なものに交換してるようだね。サード、誰が生き残ったでメッセージが変わるんだ」

 テカプリは少し緊張気味に言った。

 停止していた映像がぷつりと切れて、画面は真っ暗になる。新しい映像に変わり、急にキラー・ハニーが手にしたクラッカーを鳴らしはじめた。

〈あさってのピクルスとみかんのここ♡も死んだのか。どんな酷いゲームプレイをしたのやら。僕が直接見られたらよかったのに。じゃあ、もう『壁方寺へきほうじ学院高等学校』の生徒は一人もいないんだね。ある意味誰も知らないフィールドで戦うことができる。健闘を祈る……なんて応援なんかするか。巨悪の根源たるYou Tuberに死を!〉

 映像が今度こそ本当にぶちっと切れた。乱暴な言い方だった。キラー・ハニーがキレていた。キレたいのはみんなだった。

 突然、リビングキッチンに振動が伝わった。壁の一つがぱっくり割れてドアになって開いた。

「やっぱりドアがあるんじゃねぇか」

 タイタンフレッドが腹いせに開き切っていないドアを肘で殴る。

 眩しい光に照らされてタイタンフレッドが目を覆った。追従するほんまKAINAがあっと声を上げる。サードも目を疑った。

 夜の運動場だ。だが、すぐに違和感を覚える。夜空にプラネタリウムみたいな球体の天井がある。それもでかい。

「屋内だね」

 氷河がそう言ってあまり離れないでとサードに寄り添う。テカプリが一歩踏み出し、足元の砂を指でつかんで調べている。

「本当に学校のグラウンドに見える。でも、この砂だって敷き詰めたんだろう」

「じゃあ、あの校舎は?」

 サードは不安を覚えて問う。

 四階建ての普通の学校が建っている。屋内にこんなものを建てられるだろうか。

 背後で扉が閉まる。慌ててタイタンフレッドが飛び出す。あの場所でじっとしていたら閉じ込められたかもしれない。扉が完全に閉じると、掃除用具入れに擬態した絵になった。ここがフィールドの端なのだろう。

「進しかねぇ」

 タイタンフレッドが先導する。

 グラウンドを横断し、校舎の窓に寄り添って愕然とした。テカプリ、氷河、サードは教室を覗き込む。本物そっくりの工作室だった。

 黒板は消し忘れたチョークの痕が残り、壁には生徒の自画像画もある。

 校舎に入った。玄関ホールもある。年季の入ったロッカーが並んでいる。

 思い思いの方向を向いて細部に見入ってしまう。サードとテカプリは前に躍り出て工作室の精巧さに見惚れた。工作室だけじゃない。職員室もある。職員室への扉にテカプリは手をかけようとして、ふとタイタンフレッドとほんまKAINAが見当たらないことに気づいた。氷河は遅れて工作室を覗き込む。それから、タイタンフレッドもほんまKAINAが突然走り出した。

 なにごとかと思い、氷河が待てと声をかけるが二人は廊下の突き当りまで走り去って見えなくなった。一度ほんまKAINAが振り返りピースをした。

「う、うわああ! ちくしょう! あのエセ関西人ハーフ! 僕を撮影してたんだ。今の僕に笑っただろ。いよいよ敵対だ!」テカプリが憤る。

 呆気にとられたサードは、ふと自身のスマートウォッチが光っているのに気づいた。勝手にカメラを起動している。氷河の隣に立っていたから氷河を撮影したことになっていたようだ。

「ちょ、氷河を勝手に撮影してんの?」

 サードはスマートウォッチをタップして録画を停止させようとした。

「あ、別に大丈夫。慌てないで。僕はタイタンフレッドを撮影するから」

 氷河が飄々と言う。

「あいつを? 待って待って、ごめん、二分も撮影したことになってる」

 テカプリが自身のスマートウォッチをチェックする。

「勝手に撮影するとなると厄介だな。ゲームスタートの合図もなかったし」

 氷河がサードの手を引いて職員室に導く。サードは先生の机の下にしゃがんで隠れるよう言われたので、素直に隠れる。

「あ、氷河くんはサードをどうする気だ!」

「静かに。これはかくれんぼと同じだよ。普通に突っ立っていたら撮影されると思った方がいい。それに、撮影キャンセルはタップしたらできる。また撮影したいときはタップ。長押しでオート撮影になるみたいだよ。オートは至近距離でこうして三人密集しているとお互いを撮影してしまうからやめた方がいい」

「これはチーム戦なのかい?」

「いえ、個人戦です。僕はサードを守りますので、テカプリさんが死んでもかまいません」

 氷河の真剣な眼差しにサードは戸惑った。

「な、なんだって!」

「冗談です」

「じょ!? 冗談って言っていいことと悪いことが」

 テカプリが取り乱すのを尻目に氷河は茶目っけたっぷりに微笑んだ。

「制限時間がないとはいえ、僕らも人間だから、食事なしでは餓死してしまう。きっと、ゲームが長引いたときに引き分けにするわけにはいかないと、キラー・ハニーは別の映像を用意してきます」

「どうしてそう思う?」

 テカプリが訝しく思ったのか眉根を寄せる。

「犯人の立場になって考えてみて下さいよ。犯人はああ見えて苛立ってる。本当はこんなゲームをしたくないのかもしれない。きっと、もっと純粋な理由でゲームは開催されているんだ」
 サードは考えを巡らせて、キラー・ハニーが紳士的に見えて全然紳士じゃないことには思い当たる。なんと言うか、スーツを着ているがその中身は私たちと変わらないような――。

 年上だとしても二十五歳から三十歳。それか同年代の可能性もある。そのことに思い当たるとサードは身を強張らせた。

「悪い、サード。僕はほんまKAINAくんを探しに行く」と一番に立ち上がったのはテカプリだった。その顔は悲しげだった。悔しそうでもある。

「もし、僕の映画に混入した映像で犯人が怒っているのだとしたら。僕を恨む気持ちも分かる。だけど、一番悪いのは第一の動画を撮影したほんまKAINAくんだ」

「何か思い出したの?」

「……いや」

「嘘。顔に嘘って。汗もかいてるじゃん」

 サードは隠れるのをやめ、テカプリを小突いた。

「あまり心象はよくないだろうね。だけど、君も同じような動画を撮影しているはずだ。自分のことが嫌にならないかい?」

「全然」

「……今はそうかもしれないけど。僕らは『迷惑動画を拡散』してると思う」

「迷惑動画? どれのこと」

「どれって」

「私はネット上で回って来た動画に映ってる人の住所を、突き止めるだけだよ」

 テカプリが絶句する。それから、絞り出したような声で言う。

「きっと、その中に壁方寺学院高等学校の生徒がいるんだ」

 サードにはやっぱり心当たりがない。いや、ありすぎてどれのことか分からない。そう、ありすぎるのだ。ただ、迷惑動画を撮ったことはないはずだった。それを拡散したことならあるかもしれないが。

 テカプリが、じゃあと職員室を出て行く。

「もうちょっと調べてから出て行けばいいのに」

 氷河が職員室の机を漁って言う。運動会のプログラム表が出て来た。表紙には『壁方寺学院高等学校』の文字がある。キラー・ハニーの言ったとおり、この建物は壁方寺学院高等学校を模して造られたようだ。

「ここが? 知らない学校の中じゃ隠れるの難しいわね」

「そうでもないよ。誰も知らない。もし、あさってのピクルスかみかんのここ♡が今も生きていたら、状況は変わったかもしれないけどね」
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