ハニー・ゲーム

影津

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カメラ・ゲーム

カメラ・ゲーム2

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 テカプリは自身も痺れたのか、身体中をさすって怪我がないことを確かめてから、あさピクと氷河を優先して後退させる。サードはてっきりテカプリが手を引いて誘導してくれると思ったが、そんなことはなかった。

 サードは口から白い泡を飛ばすマスクマンを一瞥して後方に下がる。

 黒いマスクにピエロみたいな水色の涙を流し、口周りは赤いペイントが施されているマスクは意外と怖くないが、中から覗く悲痛な苦悶の表情と、血走った目で何か訴えかけていることに気づいて、サードは戦慄する。キルビルみたいな黄色と黒のジャージから覗く手が真っ赤になっている。

 マスクマンの呻き声に耳を塞ぎたくなった。ようやく電流は収まったのかマスクマンの四肢が力なく投げ出される。

「収まったのか?」とテカプリ。

 四人が恐れおののいている中、歩み出たのはあさピクだ。つっけんどんな態度でテカプリを小突いた。

「お兄さん『成山大学』の人なんでしょ。人工呼吸とかできないの?」

 成山大学と言えば難関私立大学のトップスリーだ。てか、本名は話したら駄目なのに学校名は話していいんだ。よく分からない――。サードは深く考えず、生欠伸をするのはいつものことだ。あさピクが睨んできたので、サードも負けずに睨み返す。

「さっき話した通り、僕は情報学部でそういう実技は専門外だ」

「頼りにならない」

 冷たく言い放ったあさピクは、マスクマンに人工呼吸を繰り返す。サードもこの動作を見てはじめて事態の深刻さに気づいた。

「え、それマジで死んでんの?」

「死んでたら無意味だよ」とずっと沈黙していた氷河が呟き、あさピクの人工呼吸の後に心臓マッサージを手伝うと名乗り出た。そのぎこちなさから、二人は同じ学校の生徒ではないとサードは思った。

 氷河は色白でよく見ると人好きのする顔だ。サードの好みではないという意味ではあさピクと似たりよったりだが。

 あさピクは自身のロングヘアを邪魔だとばかりに肩越しに振り乱して、息を継ぐ。

 眉は綺麗に剃られ、鼻は少し上を向いている。心なしか他人を馬鹿にしているように見える。男子からは知的だと思われそうだ。褐色の肌も相まって、色白のサードとはどう頑張っても相入れない。

 テカプリはやり場に困って、出口はないかと見て回っている。

 突然、部屋の中央にスクリーンとプロジェクターが天井から降りて来た。一同身構えてスクリーンの見える位置に集まる。あさピクだけはそれらを気にしつつも人工呼吸をやめなかった。そのかいあって、意識を失っていたマスクマンが目を覚ました。

「俺……何がどうなったんだ」

「あんた、それどころじゃないかもしれないわよ」

 今までの献身的な態度は消え失せ、あさピクもスクリーンの見える位置に腕を組んで立つ。

 マスクマンはすっかり大人しくなり、その場に座り込んでいる。

 突然流れ出したのは軽快だが怪しげともとれる洋楽のような楽曲で、ここにもしピエロがいれば躍り出しそうだ。同時にスクリーンに黄金に輝くハチミツの入った瓶が映し出される。ズームアウトしていき、円柱形のハチミツ瓶にはスーツ姿の男性の胴体があると分かる。さしずめハチミツ頭のサラリーマンといったところか。その男が躍っている滑稽な映像を見せられる。

「手指を使ったパントマイム風のダンスみたいね」とあさピク。

「これはヴォーグダンスだ。なかなか上手い。彼はエンターテイナーだな」とテカプリが言うが、サードにはちっとも分からない。なんとなく、大人の色気みたいなものがあることだけを感じ取った。

 僅か一分にも満たないダンスが終わると、ハチミツ頭は自身の頭に乗っているハニーディッパーに指を当て、顔の部分にあたるハチミツ瓶にこすりつける仕草をする。ハチミツを自分で食べているような動きだ。

〈こんばんは。ハニープレイヤーのきみたち。きょうも楽しくぅー、たにんの不幸をあじわっちゃおう! じゃあさっそく、ハニー・ゲームを楽しんでね。このゲームはみんなの『すき』が詰まった楽しいことでいっぱいだよ。ルールをせつめいするね。『赤ランプがついているカメラにさつえいされずに、めいろを抜けろ』。ただし、僕がいまきみたちを見るために使っているカメラは気にしなくていいよ。ひとの不幸をさつえいするのは、おもしろいからね。赤ランプのカメラはテレビ局が使うおおがたのカメラだから、みわけるのはかんたん。バラエティばんぐみに出ると思って、楽しくにげまわってね〉

 唐突にプロジェクターが止まり、スクリーンも上に上がっていく。

「これって。あたしたち犯罪に巻き込まれてるのは、確実ってことだよね」あさピクは目を怒らせて言った。テカプリはあっと、声を上げる。

「この前の変な事件と似てるなぁ。神奈川県の地下駐車場で高校生二人が二頭のクマに襲われて死亡したんだ。覚えてない? 先月の話だ。事件現場は副都心だからクマが出るわけがない。変な事件だったのに、誰もその後の調査をしないんだ。結局事故ってことになったんだよ。え、ほんとに誰も知らない?」

 サードは『人が死ぬ話』が苦手だ。暗いニュースは意識して見ないようにしている。事故も同様だ。

 座り込んでプロジェクターの後ろから映像を観ていたマスクマンが、大儀そうに腰を上げた。もったいぶった様子で仁王立ちする。

「言いたいことがあるなら早く言ってよ」

 サードはイラっとして促す。向こうが年上だろうが関係ない。偉そうに虚勢を張る男は大嫌いだ。

「確か、あの事件でクマに頭を噛み砕かれた犠牲者の一人の腕には、ハチミツが付着していたんだぜ。クマに給餌する高校生なんているわけがねぇ。農業学部の大学生だってそんなことはしないだろうぜ。おまけに、二人は同じ青のツナギを着ていた。二人とも『壁方寺へきほうじ学院高等学校』の生徒だったらしいが、それで仮に同じ服装だったことの説明はついても、わざわざクマの好きな色の青を着てたのはおかしいよな。誰も疑問に思わないまま事件がたった一か月で風化したのも気持ち悪りぃし」

 そう言ってマスクマンがあさピクに歩み寄る。刑事か探偵にでもなったかのように厳かな咳払いをする。演技がかっている。

「なぁ、あんた。何か知ってんじゃねぇの? 壁方寺学院高等学校の生徒さんよ」

 あさピクの健康的な褐色の顔色が土気色になっている。

「はぁ? 知るわけないでしょ。クマの事件があったのは、あたしより上の二年生の生徒だよ」

 その会話にテカプリが割り込む。

「君は壁方寺学院高等学校の生徒さんだったんだ! 驚いたね。ということは、このゲームは学生さんが参加するイベントか何かかな。ちなみにあさピクは何部なんだい? あ、ちょっと待って、当てるよ。きっと、運動部だろうから、テニス部?」

 うざくなってきたのか、あさピクは早口に話しまくるテカプリの膝を蹴った。

「中学までは女子サッカー部よ。今は家庭科部」

 文武両道なんだー。人は見かけによらないんだとサードは感心した。

「話の邪魔すんじゃねぇよオタク野郎」

 マスクマンがテカプリに唸るように言うので、テカプリはむっと、鼻息荒く息を吐き出す。

「一番は君が謎なんだよ。学生だけが誘拐されたとしたら、そういう趣味の変質者がある目的で僕らを集めたと分かるんだ。でも、おそらく君は学校には行っていない。社会人なのか、ニートなのか。思うに今現時点では無職なんだろ? 違うのか」

 マスクマンは目を見開いて驚きの表情を見せた。図星だと分かったテカプリが気分をよくして、話を続ける。

「よし、こうしよう。本名は名乗ることが許されていない。このことは、マスクマンくんが感電したことからも確実に禁止されている事項だろう。電気ショックの発生源はおそらく、このスマートウォッチ。AEDの小型化の話は聞いたことがあるけど、実用化はされていないはずだ。仕組みはAEDに一番近いと思うんだけどね。この文化祭みたいな出し物の主催者はかなりのテクノロジーを有しているってことだ。あと、金も」

 これには、一同がお互いを見つめ合って頷いた。氷河が質問するように手を上げる。

「誘拐犯は企業ってことですか?」

「おお、鋭いね。その可能性もある。だから、慎重に言われたとおりにカメラに映らないように行動しよう」

「カメラってどれのことよ」

 サードは疑問に思ったことを、頭で考えるよりも先に質問する。みな、天井を見まわしたがカメラは見当たらない。

「それより出口が先でしょ」

 あさピクが部屋をしらみつぶしに調べ始める。それに追従するように見せて質問するテカプリ。

「なぁ、君はほかのみんなと違って、クマに襲われた生徒のいた学校の出身者だ」

「だから、あたしは下の学年だって」

 あさピクは鬱陶しそうな顔をする。

「同じ学校の生徒が何度も事件に巻き込まれるのは、確率として低いと思うんだよ。きっと、何か彼らと共通点があるんだよ」

 テカプリの指摘に黙り込むあさピク。よほど聞かれたくないことがあるのかもしれない。

 サードは手持無沙汰になったので、スマホがどこに行ったのか考える。スマホがないまま長時間過ごすことになるのが確定した今、早く溜まっている通知を見たかった。
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