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 大広間はダンスホール兼、立食パーティー会場になっていた。多くの貴族が聖女クリスティーヌの歌声に聞き惚れて食事を楽しむことを忘れてしまっている。歌声は天井まで響いてシャンデリアがときどき震えているわ。そして、私たちの耳を包み込むように降りてくる歌。確かに上手い。だけど、そこに感情の一つも込められていない。誰もそのことに気づかないのかしら。

 芸術は心に訴えるもののはず。ほら、肝心のリュカ王子は立食するのも、歌を傾聴するのも面倒になって退屈しているじゃない。自分で主催したんだから、聖女の歌の演目を削ればよかったのにね。まあ、国家行事の一つだから仕方がないのかもしれないけれど。

 待って、これ国家行事よね。私、社交界デビューだけでなく国家行事に参加することになるんだわ。騎士ミレーさまは王子の傍で歌声に感動して泣いている。あの巨体で涙もろいのね。クリスティーヌの空虚な歌のどこに心を奪われているのか。

「あの、ハーモニーは素晴らしいですね王子!」

 あれは、ソロよ。一体誰とハモるって言うのよ。呆れたわ。音楽に疎い人なのね。これじゃあ、私がピアノで一音鳴らすだけで心打たれて即倒しかねないわ。

 クリスティーヌの歌が終わると盛大な拍手が起こった。リュカ王子は乾いた拍手を送って聞いていなかったことをごまかしている。偽りの王子を演じているわ。なるほどね、あれは確かに疲れる。

 聖職者たちが退席し、楽譜や楽器を持って入れ替わる演奏者たち。私もそこに入れてもらう。事前に打ち合わせと練習は参加した。演奏家の中で私にとやかく言う人はいない。音楽は実力主義だもの。彼らの中には聖女さまの歌に反感を持つ人もいた。芸術的ではないとか、歌声はテクニックでどうにでもなるが、歌に込められた魂がないとか好き放題に言っている人々が多かった。それもそのはず、演奏家たちは全員が貴族ではなかったから。音楽家の家系として名のある名家もあれば、それを上回る演奏力のある貧しい人もいた。王家が彼らに衣装を貸し出して身分に関係なく今回雇用しているの。
  
 だから、逆に言うと私は自分の腕だけでこの人たちについて行かないといけない。

 ダンス用の音楽に変わる。私も合わせて明るく弾んだリズムで弾く。

 メインのダンスとあって王子と踊りたい女性たちが群がる。王子は、一人の女性を指名して、いきなり壁際につれて行った。そして、その人を驚かせるように壁に手をドンと置く。なに、あの態度。演奏家の何人かは手を止めた。私も危うく止めかけた。落ち着いて弾かないと。あれは王子のお遊びよ。

「俺はあまりダンスは得意な方ではないんだ。エスコートしたいところだけど、君がしてくれるのかい?」

 何その誘い方!!! 誘われた方は王子の腕と壁の間に挟まれて怯えているじゃない。次々にダンスを遠慮する女性たち。そうなるわよね。王子、誰でもいいから相手を見つけて踊ってくれないかしら、二曲目に入っちゃう。私、この二曲目で出番が終わるのよね。

「リュカ王子さま。ぜ、せひ、私と踊っていただけませんか?」

 遠慮がちに現れたクリスティーヌ。

「聖女だ」「聖女さま、先ほどの歌声素晴らしかったですわ」など、周囲の人々は聖女の眩しさにやられて、王子への道を譲る。

「なんだ、君か」

 言うなり王子はクリスティーヌを乱暴につかんだ。そして、大広間の中心へ躍り出た。リュカ王子、普通に踊るのかしら? 私の背中に冷や汗が伝う。ドレスが貼りつく感触が気持ち悪い。やだ、私、嫉妬してる? クリスティーヌはここぞとばかりに、微笑んでみせた。リュカ王子は流し目でどこを見ているのかしらないけれど、音楽に身を任せてステップを踏む。上手い。クリスティーヌがついてこれず、ぐらりと揺らぐ。すると王子はその身体を、がしっと乱暴に引き寄せる。

「おお」という周囲のどよめき。

 危ないと誰もが思ったのだろう。この、聖女と野獣と言えなくもない二人はたちまち、舞踏会の中心になっていく。

 胸に針のような痛みが走る。よろめくクリスティーヌを巧みに操るように、ときに強引で荒々しいステップは私の心を蹂躙《じゅうりん》していく。ふと、リュカ王子がこちらを見てせせら笑っていることに気づいた。

 リュカ王子ガ、私ヲ試シテイル!

 戦慄して危うく鍵盤を間違えるところだった。危ない。リュカ王子は情熱的で狂おしいダンスを私に見せつけて、私がどう反応するのか見たいんだ。
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