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 お母さまの幸せは長く続かなかった。私が四歳を迎えたころ、魔族の活動が活発になって国内のあちこちで襲撃がはじまった。お母さまは魔王軍の勢力拡大が原因と知っていた。

 魔物が魔族に支配されるように魔族は魔王に支配される。魔王軍に加わるようにお母さまの以前暮らしていた森の魔物や魔族たちに、国外の魔物たちが要求した。お母さまも例外じゃなかった。お母さまは度重なる勧誘を受けていた。魔族は手紙なんて甘い勧誘の仕方はしない。お父さまの領地を焼いたり、隣町を襲撃しはじめた。これ以上は危険だと判断したお母さまは森に帰る決心をする――。

「思い出した。最後のピクニックよ」

 幼い私の芽生えた記憶を必死に手繰り寄せる。



 私は四歳。お母さまは悲し気な顔で丘へとやってきた。人間として過ごす最後のピクニックだった。お父さまは、お母さまを引き留めてできることならいっしょに逃げようと提案した。だけど、お母さまはこの後、すぐに森に行くと言って聞かなかった。

 私は何のことか分からないままサンドイッチを口にほおばって、ときどきこぼしてお母さまを困らせた。お母さまの困り顔が面白くて何度もわざとサンドイッチをこぼしていると、遠くから黒く大きなものが走ってくるのが見えた。お母さまを連れ戻しに来た木の大群だった。黒い森がそのまま動いていた。

「あれは私の!」

 お母さまのお父さまに当たる魔物の木が追ってきた。その長い木の幹が腕のようになって伸びて来た。

「逃げて。狙いは私だけよ!」

 私はお母さまからてこでも離れなかった。そのせいで、お父さまが襲われた。お母さまは手から炎の魔法を放って木を次々退かせた。手負いのお父さまに逃げるように言うお母さま。私はお母さまと二人で走った。お母さまの息が上がっている。

 やっぱりあの夢は本物だった。私とお母さまが逃げ惑う夢。欠けていたのはお父さまと、お腹の大きなお母さま。不確かだけれど、あのときのお母さまのお腹の中にはおそらくクリスティーヌがいた。

「アミシアお願いだから逃げて! これを、私だと思って大事に持っていて」

 お母さまが私にルビーの首飾りをかけてくれた。お母さまが泣き腫らした目で笑った。黒い木の魔物に取り囲まれて、真っ黒になって見えなくなった。それが最後に見たお母さまの姿だった。

 お母さまは魔物たちに殺された。お母さまのお父さまにあたる黒い木は人間と結ばれたお母さまを勧誘するつもりなんてなかったんだ。今にして分かった。だけど、クリスティーヌがお腹にいたことには気づかなかったのね。魔族として認められないクリスティーヌが森か、はたまた人里でどのように暮らしたのか想像し難いわ。

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