57 / 88
57.
しおりを挟む
お母さまの幸せは長く続かなかった。私が四歳を迎えたころ、魔族の活動が活発になって国内のあちこちで襲撃がはじまった。お母さまは魔王軍の勢力拡大が原因と知っていた。
魔物が魔族に支配されるように魔族は魔王に支配される。魔王軍に加わるようにお母さまの以前暮らしていた森の魔物や魔族たちに、国外の魔物たちが要求した。お母さまも例外じゃなかった。お母さまは度重なる勧誘を受けていた。魔族は手紙なんて甘い勧誘の仕方はしない。お父さまの領地を焼いたり、隣町を襲撃しはじめた。これ以上は危険だと判断したお母さまは森に帰る決心をする――。
「思い出した。最後のピクニックよ」
幼い私の芽生えた記憶を必死に手繰り寄せる。
私は四歳。お母さまは悲し気な顔で丘へとやってきた。人間として過ごす最後のピクニックだった。お父さまは、お母さまを引き留めてできることならいっしょに逃げようと提案した。だけど、お母さまはこの後、すぐに森に行くと言って聞かなかった。
私は何のことか分からないままサンドイッチを口にほおばって、ときどきこぼしてお母さまを困らせた。お母さまの困り顔が面白くて何度もわざとサンドイッチをこぼしていると、遠くから黒く大きなものが走ってくるのが見えた。お母さまを連れ戻しに来た木の大群だった。黒い森がそのまま動いていた。
「あれは私の!」
お母さまのお父さまに当たる魔物の木が追ってきた。その長い木の幹が腕のようになって伸びて来た。
「逃げて。狙いは私だけよ!」
私はお母さまからてこでも離れなかった。そのせいで、お父さまが襲われた。お母さまは手から炎の魔法を放って木を次々退かせた。手負いのお父さまに逃げるように言うお母さま。私はお母さまと二人で走った。お母さまの息が上がっている。
やっぱりあの夢は本物だった。私とお母さまが逃げ惑う夢。欠けていたのはお父さまと、お腹の大きなお母さま。不確かだけれど、あのときのお母さまのお腹の中にはおそらくクリスティーヌがいた。
「アミシアお願いだから逃げて! これを、私だと思って大事に持っていて」
お母さまが私にルビーの首飾りをかけてくれた。お母さまが泣き腫らした目で笑った。黒い木の魔物に取り囲まれて、真っ黒になって見えなくなった。それが最後に見たお母さまの姿だった。
お母さまは魔物たちに殺された。お母さまのお父さまにあたる黒い木は人間と結ばれたお母さまを勧誘するつもりなんてなかったんだ。今にして分かった。だけど、クリスティーヌがお腹にいたことには気づかなかったのね。魔族として認められないクリスティーヌが森か、はたまた人里でどのように暮らしたのか想像し難いわ。
魔物が魔族に支配されるように魔族は魔王に支配される。魔王軍に加わるようにお母さまの以前暮らしていた森の魔物や魔族たちに、国外の魔物たちが要求した。お母さまも例外じゃなかった。お母さまは度重なる勧誘を受けていた。魔族は手紙なんて甘い勧誘の仕方はしない。お父さまの領地を焼いたり、隣町を襲撃しはじめた。これ以上は危険だと判断したお母さまは森に帰る決心をする――。
「思い出した。最後のピクニックよ」
幼い私の芽生えた記憶を必死に手繰り寄せる。
私は四歳。お母さまは悲し気な顔で丘へとやってきた。人間として過ごす最後のピクニックだった。お父さまは、お母さまを引き留めてできることならいっしょに逃げようと提案した。だけど、お母さまはこの後、すぐに森に行くと言って聞かなかった。
私は何のことか分からないままサンドイッチを口にほおばって、ときどきこぼしてお母さまを困らせた。お母さまの困り顔が面白くて何度もわざとサンドイッチをこぼしていると、遠くから黒く大きなものが走ってくるのが見えた。お母さまを連れ戻しに来た木の大群だった。黒い森がそのまま動いていた。
「あれは私の!」
お母さまのお父さまに当たる魔物の木が追ってきた。その長い木の幹が腕のようになって伸びて来た。
「逃げて。狙いは私だけよ!」
私はお母さまからてこでも離れなかった。そのせいで、お父さまが襲われた。お母さまは手から炎の魔法を放って木を次々退かせた。手負いのお父さまに逃げるように言うお母さま。私はお母さまと二人で走った。お母さまの息が上がっている。
やっぱりあの夢は本物だった。私とお母さまが逃げ惑う夢。欠けていたのはお父さまと、お腹の大きなお母さま。不確かだけれど、あのときのお母さまのお腹の中にはおそらくクリスティーヌがいた。
「アミシアお願いだから逃げて! これを、私だと思って大事に持っていて」
お母さまが私にルビーの首飾りをかけてくれた。お母さまが泣き腫らした目で笑った。黒い木の魔物に取り囲まれて、真っ黒になって見えなくなった。それが最後に見たお母さまの姿だった。
お母さまは魔物たちに殺された。お母さまのお父さまにあたる黒い木は人間と結ばれたお母さまを勧誘するつもりなんてなかったんだ。今にして分かった。だけど、クリスティーヌがお腹にいたことには気づかなかったのね。魔族として認められないクリスティーヌが森か、はたまた人里でどのように暮らしたのか想像し難いわ。
0
お気に入りに追加
202
あなたにおすすめの小説
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです
ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」
宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。
聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。
しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。
冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。
【完結】薔薇の花をあなたに贈ります
彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。
目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。
ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。
たが、それに違和感を抱くようになる。
ロベルト殿下視点がおもになります。
前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!!
11話完結です。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる