上 下
54 / 88

54.

しおりを挟む
 この赤い本は間違いなく、お母さまの私物よ。日記が記されているもの。お父さまはきっと、これがお母さまの私物であると知って大事に取っていたんでしょうけど、中の重要性には気づいていなかったのね。

 にしても、日記の直前にもルビーの首飾りが詳しく描かれているわ。上から見下ろした図、横の図。素材は純金。彫刻を施したのは『宝石細工師ハロルド』。宝石の産地はさすがに記載がないけれど、宝石加工もハロルドが行っている。ハロルドについては後で調べとくことにする。何かの役に立つかもしれないし。それより早くお母さまの手記を読むのが楽しみだから、早く読み進めよう。


 
 一月二十日。
 この世界は暗いのが当たり前だと思っていた。私は闇で生まれ闇で育ったから。この薄暗い森が私を包み、獣や魔物の声がお互いを罵り合うのが世界の常だと思っていた。だから、私も小さい頃から父と呼べる黒く太い木がその太い幹で私を苛立たしくぶつのも、ただ苛々していたからと、納得していた。

 事実、私の身体に穴が空くほどの殴打が当たったというのに、血肉は元通りに修復された。私は白い髪の魔女に産み落とされ、黒い巨木の父が雷雲に祈りを捧げ魂を与えられた。
 


「ちょっと、お、お母さまって、やっぱり人じゃなかったのね」

 半ば信じがたい。だけど、その童話的な生い立ちに不穏さを感じつつも、恐れは感じない。お母さまの語り口は非常に淡々としていて、黒いインクの文字は柔らかかった。話は、まだ続く。



 私が生まれた日と同じ今日、私は人里を訪れて運命の出会いをした。同じ魔の者とて、弱肉強食の世界。私はゴブリンやダークエルフを倒すすべを身に着けていたけれど、それでも運悪く彼らは私の血肉を欲した。

  魔界の瘴気が溢れる辺境では、植物はほとんど育たない。魔物同士で戦い、相手を肉を食らうことで食事にありついていた。狙われた私は、全力で逃げた。黒い木のお父さまはダークエルフに私が追われても見向きもしなかった。

 お父さまは私にこれを試練だと思えと突き放した。這う這うの体で森を抜けると、人間が作った街道にたどり着いた。ここには、人間という生き物がいる。彼らは問答無用で私たち魔族を傷つける。だから、ここへ来たということは死を選んだということ。 

 私はダークエルフの矢で射られかけ、木立に隠れた。夜の街道を馬車が通っている。その馬車の御者は首がなかった。私はてっきり魔族の仲間と思って駆け寄った。だけど、その馬車に乗り込んで分かったの。

「や、やめてくれえええ! 殺さないでくれええ!」と、叫ぶのは若い青年。彼は人間だった。

 彼の御者は魔族の首なし族ではなかったわ。魔物に襲われ首をなくしたただの死体だったの。馬車は恐怖した馬が行く宛てもなく彷徨っていたに過ぎなかった。そして、馬車の中で私に訴えかける人間の若い男は、私を恐怖の対象として見ていることに気づいた。

「こ、殺さないわ。あなたこそ、私を殺さないで。お願い、かくまって」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

処理中です...